第二の土地02
街には一泊してすぐに出発した。
大きな街には魔物はめったに近寄らない。
その為、魔物討伐隊は基本的に村と村を渡り歩く。
村と村の距離は結構離れている場合が多い。
当分は野宿が続くだろう。
「珍しいわね、紅い刃だなんて」
「銘がある長剣の刃を使った短剣なんだそうです。込められた魔力もすごく自然なものなのに軽くて違和感がなくて使いやすそうなんです」
「あたしもいい剣があれば替えたいわ」
「何か今の剣に不都合でもあるんですか?サナ」
「不都合というよりも、魔物相手にしているでしょ?だから普通の剣より魔法剣の方がいいのよね。ただ、全く同じ2本の魔法剣なんてないのよ」
サナは双剣である。
長剣も使えるらしいが、得意なのは2本のショートソードによる攻撃だ。
全く同じ魔法剣というのは存在するにはするが、それは安物だ。
いいものを望むのならば、全く同じ魔法剣というのは見つけるのにとても難しい。
「リーズに聞いてみたことがあるのよ。魔法剣作れる?って」
「魔道士はあくまで魔法を使うだけだよ。剣を望むなら、一流の鍛冶師を探した方がいい」
「って、こう言われたの」
リーズは苦笑する。
レイもリーズの言いたいことは分かる。
リーズの言う通り魔道士はあくまで魔道士なのだ。
剣に魔法を込めることは可能でも、それは剣本来のものと綺麗に混ぜ合わせることが出来ない。
魔法剣が欲しいのならば、魔力の流れを感じ取ることができる一流の鍛冶師に作ってもらうのが一番だろう。
「ですが、サナ。噂でも魔法剣についての噂はあるでしょう?それを見つけてみようとは思わなかったのですか?」
「名剣がそんなにひょいひょい見つかるもんじゃないわよ。あっても、大抵剣士じゃ取れないような魔法がかけられている場所にあったりするもの」
「それじゃあ、サナの剣探しもかねて、噂を耳に入れたらそこに寄ってみるかい?」
「いいの?」
「色々物騒になりそうだから、いいものを揃えられるような揃えた方がいいだろうからね」
色々物騒になりそう。
その言葉に、サナは一瞬真剣な表情になったがすぐに笑みを浮かべた。
魔物の大量発生は人的介入があるかもしれない。
それが分かったからこそ、この大量発生が決して自然におさまるものではない可能性が高くなった。
「ガイは新しい剣が欲しいと思ったことはないんですか?」
レイはひょこっとガイの顔を覗き込む。
ガイが持っているのは長剣だ。
「オレは今の長剣で十分だ」
ガイの長剣からは特に魔力も感じないところを見ると、魔法剣というわけではないのだろう。
それでも、レイが見ても使い込まれた感じは分かる。
長い間ずっと使ってきたものなのか、だから使いやすいのか。
「魔法剣よりも、オレに必要なのはこれくらいの強度を持つ剣だ」
「確かに、ガイには魔法剣なんて無意味どころか邪魔よね」
「え?どういうことですか、サナ?」
魔法剣が無意味になることなんてあるのだろうか。
「ガイが1度魔法剣使った時にね、思いっきりガイがその魔法剣を振ったら割れてしまったのよ」
「割れた?」
「そう、折れたでなくて、割れたの。剣先からぴしっと真っ二つにね」
その剣は魔法剣の中でも安物だったけれどね、とサナは付け加える。
安いものであってもかなり高価な魔法剣。
だが、店で手に入るような一般的なものは基本的に材質が脆い。
かといって強度の強い材質を使うほど、魔力を組み入れにくくなるのだ。
そうなると魔法の組み合わせ云々よりも、鍛冶師の腕にかかってくる。
「恐らく魔力と気の反発だよ。ガイもサナも剣士だから気を巡らせている。脆い剣じゃ、ガイの気に耐えられないんだね」
「気?」
リーズの言葉に首を傾げるレイ。
魔法に関しては詳しいが、剣術体術の話になるとさっぱりだ。
”気”というのを聞いた事があるとは思うが、何のことだかレイには良く分からない。
首を傾げたレイにガイは苦笑して、レイの左手をぐいっと引っ張り、自分の右手とレイの左手を合わせる。
「気はこういうものだ。実際感じた方が早い」
「ガイ?」
合わさった手の平にじんわりと温かいものが伝わってくる。
レイは驚いたようにガイを見る。
手の平に感じるのは体温とは違う温かい何か。
「殺気も”気”の一種よ、レイ」
なるほど、となんとなく理解する。
強い殺気ならばレイも感じることができる。
あまりに濃い殺気の場合は、空気そのものが震え、ぴりっとした雰囲気を肌で感じる。
「でも、気を巡らせているってどういう意味なんですか?」
レイはガイとサナを見るが、自分と特に雰囲気も変わらないように見える。
感じ取れるのは魔力だけであり、気がどんなものなのかが感覚的にさっぱりだ。
「説明するよりこういうのは見たほうがいいわよ。ガイ」
「ああ」
ガイはレイから手を離し、自分の長剣の柄に手をかける。
周囲に木々がたくさんある。
ガイはその1つに目を留め、振りぬいても剣先が届かない程の距離を開け、刃をゆっくりと鞘から抜き放つ。
ふっと視線を真っ直ぐ沿え、少しだけ体をかがめて剣を構える。
剣の構えなど全く分からないレイでも、その構えがとても自然なものであることを感じた。
さんっ!
ざわっと一瞬風が吹いたかのようにガイが剣を振りぬく。
その剣の軌跡をレイの目は捉えることができなかった。
瞬きの間に剣が振り抜かれていたような感じだ。
ぱちんっとガイが刃を鞘におさめると同時に、ずずっと木がずれる。
「え?」
そんなに太くはない木とはいえ、剣を振りぬいただけで切れるような太さではない。
しかも、剣先すらも木には触れていなかったのだ。
だが、その木は根の近くから綺麗にすっぱり切られ、どすんっと音を立てて倒れた。
残ったのは樹齢が分かる切り株だけである。
「うっそ……」
魔法でこのくらいのことはレイにだってできる。
でも、魔法で木を切ってもレイは驚かない。
そこには魔力を感じるから、それは当たり前だという感覚があるのだ。
レイは切り株の方に近づき、切り株をじっと見る。
別に種も仕掛けもない、普通の単なる切り株だ。
「そんなに珍しいか?」
レイは大きく頷いた。
「魔法で木を切るくらいなら、別に珍しくないんですけど、魔力も何も感じなかったのに木が切られてしまうのを見たのがすごく不思議な光景な気がして…」
「気を剣先までめぐらせれば簡単な事だ。オレからすれば、魔法で切ってしまうほうが不思議に思える」
「そうですか?でも、ガイ、すごいです…」
再び切り株に視線を落とす。
木を一本切り倒すにはかなりの力が必要になる。
レイはふっと思いつく。
「このくらいの威力があるなら、魔法の結界も破れるんじゃないんでしょうか」
「まぁ、簡単な風の結界なら綺麗に真っ二つだろうね」
リーズが驚かずにさらっと肯定する。
魔法の結界にも何種類かがある。
一番簡単なのは風の結界であり、魔物の大量発生が起きてからは大きな街では風の結界が張られていることがある。
簡単なものとはいえ、人や魔物の進行を防ぐことはできるし、物理攻撃は基本的には全部シャットアウトできるものだ。
「気を刃として斬ると離れたものでもこうして斬る事ができる」
ガイは簡単に言うがそれは簡単な事ではない。
普通の人はレイのように気がなんなのかすら分からない。
殺気くらいはかろうじて分かる人もいるだろうが、ガイのように刃として扱うなど考えもつかないだろう。
「これって誰にでもできるものではないんですよね?」
「そうね。レストアでもガイ程気の扱いが上手い剣士はいないわよ」
「サナは?」
「あたしはこのくらいならできるけど、ガイほどじゃないわよ」
サナは切り株の方を見てこのくらいならできると言った。
これがこのくらい。
なにか基準が違うのではないのだろうか、とレイは思ってしまう。
「レイにこれをできるようになれとは言わない。だが、剣士がこういう事もできるということは頭に入れておいたほうがいい」
「はい、そうですよね」
レイが今まで出会った剣士でガイのようなことをした剣士はいなかった。
剣士が魔道士に敵わないとは思わない。
だが、スピードと繰り出す攻撃の重さがあるから、剣士は魔道士にも負けないと思っていたのだが、ガイのように気を使うのならばまた違うのかもしれない。
敵は魔物だけとは限らない。
それをガイも口にはしないが、レイは分かっている。
「明日1度レイの腕がどんなものなのかを見る。1度手合わせだ」
「え?ガイと…ですか?」
レイは驚いたようにガイを見る。
「嫌か?」
「あ、いえ、そうではなくて……」
レイは首を横に振る。
嫌だなんてとんでもない。
こちらは教えてもらう立場なのだから、文句など言えない。
「笑わないでくださいね、ガイ」
「何をだ?」
「…多分、私、ものすごく剣の扱いが下手ですから」
ぽそぽそっと思わず声が小さくなるレイ。
自分が剣をまともに振るえないのは分かっているつもりなのだ。
だが、それは胸を張っていえるようなことではないため、声が思わず小さくなってしまう。
「誰だって最初は初心者だ」
ガイはそう言うが、レイはガイとサナの剣の扱いを目で見ている為、彼らから見た自分の剣術レベルが物凄く劣っているものだと自覚している。
笑われるほど物凄く下手なのだということを、ガイは想像してくれるだろうか。
はぁ…とレイはため息をひとつつくのだった。
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