旅の目的07
ルカナに案内されて向かった先は、殆ど何も残っていない荒野と言っていい場所だった。
近くに村があったらしき跡がある。
廃墟とも言えない、元は家の柱だっただろう木くずが散らばっている。
大量発生した魔物立ちは、家屋までも粉々に壊してしまったのだろう。
魔物にも種類がある。
力で物を壊す、巨大な獣のような魔物。
口から炎や氷を吐き出す、魔法と同等の効果を示す力を持つ魔物。
どの魔物にも共通している点は、異形のものであるという事だ。
「魔力の残り香は感じるけど、少し妙だ」
リーズは周囲を見渡してそう呟く。
レイもその意見には同感だ。
魔物に荒らされた村としておかしくない状況であり、魔力も魔物がいたという事しか感じられないように思う。
「まるで、なにか大きなものがいた殻でもあるような感じですね」
「殻……確かにその表現が一番的確だね」
じっと見て魔力をここまで感じ取る事ができる感覚を持つのは、この場ではレイとリーズくらいだろう。
案内してきたルカナは首を傾げている。
サナとガイには専門外の事なので分からないが、彼らは剣士だ。
感覚でこのあたりが普通ではない事は分かっているらしい表情をしている。
レイは何か他に変わったところはないか、周囲を見回す。
そこで、ふと気づく。
「リーズ、魔力の色が……」
「色?レイ、魔力の色がどうかし…」
レイとリーズは同時に気づく。
その瞬間、みしりっと何かが歪んだ音がした。
サナが剣を抜き構え、ガイは長剣を構えて駆け出す。
ずんっと空気が重くなる。
何も変わりが見えなかったはずの魔力の流れに、どこからか歪みが生じる。
慌てたのは状況が全く分からないルカナただ1人だ。
駆け出したガイの方向にある”もの”に気づき、レイは叫ぶ。
「ガイ!空間だけをお願いします!」
そこだけ魔力の”色”が違う。
先ほど少しだけ見えた、違う魔力の”色”だ。
「ああ」
レイの言葉に短く了解の意を伝えるガイ。
何もない空間を見据えるガイの目には別の何かが見えているのか、それとも感覚で何かを感じているのか分からない。
本来ならば魔道士にしか分からないはずの魔力の違いを、ガイはその感覚で感じ取る。
そして、長剣を何もない空間に対して振り下ろした。
ギィン!
何かが割れたような音が響く。
何もないかに思われたその空間、まるでそこに壁でもあったかのように、空間がぱっくりと割れ、驚いた表情の魔道士姿の男が現われる。
「馬鹿な…」
本来、普通の剣で空間を斬ることなど出来ない。
魔物というのは物理攻撃が効く魔物と、効きにくい魔物がいる。
だから、ガイやサナが持っている剣は普通の剣ではないだろう。
それでも、普通の剣でなくても空間を斬るなどできるはずがないのだ。
それをガイはやってのけた。
「剣士相手に油断しているとこうなることもあるんだよ」
ふっと空間転移を使って男の背後にリーズが移動する。
男が気づいた時はもう遅い。
リーズは魔法で男を縛り上げ、同時に男の魔力も封じ、地面に転がる男の背中を杖を押さえつける。
「動いたのが間違いだね。さて、何をしようとしていたのか話してもらおうか?」
リーズの目がすぅっと細くなる。
その場の空気が一瞬凍ったかのように冷たいものになる。
それほどの迫力が今のリーズにはある。
リーズの表情が見えなくても、男はそれを感じたのか顔が歪む。
この冷たい空気も、リーズの冷たい表情も、地面に横たわっている状態の男の背中をリーズが杖で押さえている状況も、サナとガイは動じずにじっと見ている。
レイはルカナの方をちらりっと見る。
今何が起こっているのか判断できないでいるのか、顔色を真っ青にしている。
(普通にしているとすごく穏やかそうに見えるリーズだけれど、こんな表情もするってのをはじめてみれば、やっぱりすごく驚くよね)
レイは意外と平気だったりする。
旅をして禁呪集めなどをしていれば、命の危険もあるし、凍るような殺気を向けられることだってあったのだ。
だが、そういう状況に慣れていない人にとっては、この状況は混乱と恐れを招くものなのかもしれない。
そんな事を思いながら、レイはふと気づく。
大したことではないのだが、ルカナと魔道士の男の目線が合ったのを見たのだ。
目線が合った瞬間、魔道士の男は口元にニヤリっと小さな笑みを浮かべる。
(まさか、これって…!)
レイは自分の頭の中に浮かんだ推測が当たっていないことを祈って、杖を呼び出し振るおうとする。
うわぁ?!っというルカナの悲鳴と共に、ルカナの体が足元から出現した黒い影に覆われる。
どう考えても普通の魔法ではない。
「ルカナさん!」
レイは呪文を紡ぐが、ぞくっと嫌な予感が体の中を突き抜ける。
と同時に、足元から黒い影が噴出した。
ルカナをどうにかしようと呪文を紡ぎだしていた途中だった為、レイの対処は遅れる。
「レイ!!」
レイの名を叫んだのは誰だったのか、誰の声だったかは分からない。
自衛の魔法を使う暇もなく、レイの視界は全て黒い闇に覆われ、周囲が見えなくなってしまう。
しゅるんっと言う音と共に、黒い影はレイを飲み込み丸い球体となる。
球体は両手で覆えるくらいの大きさで、大地に転がらずに浮いている。
ルカナを飲み込んだ影も同様に黒い球体となって浮いている。
「さて、どうしようか」
リーズがにこりっと笑みを浮かべる。
ルカナが黒い影に襲われた時点で、リーズはこの男の動きを一切封じた。
笑みは浮かべているが、リーズの目はまったく笑っていない。
寧ろ目が笑っていないのに笑みを浮かべている分、先ほどより怖いくらいだ。
「拷問して吐かせればいいだろう?」
「ガイ、コレが何かの訓練を受けた魔道士だったら、ちょっとやそっとの拷問じゃ吐かないと思うわよ」
「ならば薬か?」
「自白剤を取り寄せるのは簡単だけどね、薬に耐性がある可能性も捨て切れないし」
リーズは何か考えるような仕草をする。
ガイは長剣を鞘にしまうことなく、刃の先を男に向けている。
サナも抜き身の短剣を男に向けたままだ。
彼らのこの会話は遊びのようなものである。
男を怯えさせる為の、相手が答える言葉など分かりきった会話。
「これが一番いいかな」
リーズが杖で虚空に魔法陣を描く。
描かれた魔法陣は男の身体をぐいっと引っ張り、魔法陣に貼り付ける。
男の喉にさらに魔法陣が描かれる。
「ぐ…ぁ……!」
うめき声が聞こえてくるが、これは魔法で無理やり口を割らせようとしているからだろう。
「まずは一つ目の質問だよ。ここで何をしていたんだい?」
「…コ、…ここの見張り」
苦しみの表情を浮かべながらも男が答えた事に、満足したような笑みを浮かべるリーズ。
リーズの後ろには、冷めた目で男を見ているサナとガイ。
「見張り、ね。どうして見張りをしていたとか、どうやら過去の魔物大量発生と関わりがありそうですごく気になるんだけどね」
リーズはちらっと黒い球体を見る。
あの中に閉じ込められた2人をどうにかする方が先だ。
ルカナはファスト魔道士組合の魔道士の為、大魔道士であるリーズは立場上見捨てるわけには行かない。
そして、レイ。
仲間になって間もない魔道士だがその実力はかなりのものであり、なによりもリーズ、ガイ、サナと違う考え方がとても新鮮で、特にガイにいい影響を与えている。
ギスギスしていた彼ら3人の関係が、レイが加わった事によってバランスが取れるようになってきているのだ。
「あれを戻す方法は?」
あの球体から2人を救い出す方法はないのか。
他の事は後でも聞けるだろう。
だが、2人を救い出すのには時間の制限があるのかもしれない。
「くくく……、残念だったな!あれは禁呪、人を喰らいそれをエネルギーとして魔物を呼ぶ道を作り出す古代の禁呪だ!」
男は狂ったように笑い出す。
リーズは凝視し、男の手首にまいてある深紅の布に目を留める。
「あんた相当な魔道士だろう?どれがアレを引き起こしているのか分かるかもしれないが、これを壊せばあれと同じ犠牲者は二度と出ないだろうが、あれらは暴走するぜ」
無造作に巻かれているように見える深紅の布。
この巻き方にすら何か意味があるのかもしれない。
古代の禁呪は奥が深い為、大魔道士のリーズですら迂闊な事はできない。
だからこそ、禁呪とされ扱う事を禁じているのだ。
「まさか3年ほど前の魔物の大量発生は…」
「察しがいいな、魔道士。そうだ、これと同じ禁呪を使った。この村全ての人間を糧にした魔物たちの暴走だよ!」
大声で笑う男を、冷めた視線で見るリーズ達。
生憎彼らはその程度の事で、感情を露にして怒鳴りつけたりするような性格となる環境で育っていない。
だから、冷静に問う。
「どれくらいの時間で、あの2人は喰われることになる?」
「さぁな、そいつの力量によるだろうよ。魔力がでかければでかいほど時間は掛かるだろうが、大量の魔物を呼ぶ事が可能だ」
「救う方法は?」
「そんなもの、知るわけねぇだろ?古代魔法の禁呪を解き明かす事が出来る魔道士がいれば別だろうがな!」
はははっと笑う男。
古代精霊語を使用した古代魔法を完全に解き明かすのはとても難しい。
時間をかければリーズにならば可能かもしれない。
だが、その時間が今はない。
リーズは自分の力のなさにぎゅっと手を握り締める。
そして何も出来ないでいるサナやガイも同様だ。
ガイは視線をレイが取り込まれている球体の方にうつす。
空間を斬れるガイは、あれだけ斬ることができないか気配を探ろうとした。
ミシッ
何かがきしむような音が聞こえて、狂ったように笑っていた男の笑いがぴたりっと止まる。
ミシミシッ
確かにきしむような音が響く。
その音はレイが取り込まれた影の球体から聞こえてくる。
浮きながらも小さく震え、はじける前の風船のようにも見える。
パキンッ!!
黒い球体が弾けた。
それはガラスのようなものではなかったのだが、確かに弾けた時の音は何かが割れたような音だった。
黒い影だったものは霞となり、そこから取り込まれる前と全く変わらない姿のレイがいた。
レイはふぅっと小さく息をつき、虚空より杖を取り出す。
『果て無き闇、ここに散れ』
レイが呪文をつむぎ杖をふると、ルカナが取り込まれた黒い球体が先ほどと同じようにパキンッと割れる。
放り出されるようにルカナがどさりっと地面に倒れ、苦しそうに喉の辺りをさすり、ごほごほっと咳き込んでいる。
「すみません、リーズ、ガイ、サナ。少し解読に時間がかかりました」
にこりっと笑みを浮かべるレイ。
それに驚いたのは男だけでなく、リーズも同様だった。
解読が難しいといわれる古代精霊語を使用した古代の禁呪。
時間がなく救う手段もないかもしれないと、リーズが思っていた矢先のこと。
実にあっさりとそれを解いたレイがそこにはいたのだった。
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