出会い01
魔道士であるレイは久しぶりに里帰りをしていた。
金茶の髪は長くもなく短くもなく、もう少し伸ばせば肩にかかるくらい。
黒い瞳は相変わらず純粋な色を持っている。
魔道大国ファストの外れの小さな村。
そこがレイの故郷の村である。
この世界には多くの国がある。
しかしながら姓を持てるのは王族か貴族だけである。
魔道士がいて、剣士がいて、そして普通の人々もいる。
そんな世界である。
レイと呼ばれる少女は今年で15になる。
12の時に旅を始め、世界中の禁呪を集めている。
両親から魔法について学び、見聞を広める為にも旅はいいということで両親にも笑顔で送り出された。
最初はとても困った。
小さな少女…どうも髪が短かったせいで少女とは思われていなかったようだが…が1人で旅をしても変な目で見られるだけであった。
3年も経てばもう慣れたが、本当に最初の頃は慣れないことだらけで大変だった。
「レイ、貴女もう年頃なんだから、そろそろいい相手とかいないの?」
家に帰っての母の第一声がそれである。
その前にちゃんと「おかえりなさい」とは言ってくれたが、そのすぐ後にそれはないだろうと思う。
「そんなこと言っても、そんな余裕なんてなかったし…」
ぽてんっとテーブルに頭を乗せる。
禁呪の情報を求めて色々なところをまわり、色々な人達と話をした。
でも、長期滞在をするわけではないので、そんな話が出てくるわけでもない。
「まぁ、いいじゃないか、レイはまだ15だよ」
「あら、そんなこと言ってずっとそのままだったらどうするのよ」
「変な男に持っていかれるくらいなら、そのままの方がいいよ」
「それは言えるけれど…」
「それにね、俺より強い男じゃないと認めないから」
にこりっとレイの隣で笑みを浮かべているのは父である。
両親共に世界一の魔道士といわれるファストの大魔道士よりも実力を持つ魔道士。
自称である為、本当かどうかはレイには分からないが、少なくともそれに並ぶ実力であることは分かる。
その父より強い男などいるのだろうか…。
「でも、私、普段はこの格好じゃないから、そういう対象には見られないと思うけど…」
ぽそっとレイは呟く。
「この格好じゃないって、レイ、どういう格好で旅をしているの?」
レイは魔道士のため、旅の時も軽装だ。
服装は今の服装とそう変わりがない。
「女の子だと色々問題が起こるってどこかの村で聞いて、変化の魔法で姿変えているの。変えているって言っても、ここがないだけって姿なんだけどね」
レイはとんっと自分の胸を親指で指す。
旅に出たばかりの頃は別によかった。
だが”女”という性別というだけで、周囲の目が変わることがあることに気づいた。
母がぴたっとレイの胸に手を当てる。
「ないわね。幻術じゃなくて変化魔法を使っているのね」
「それだと細身の少年という感じかな?女の子だって知らないと、はっきりとした区別はつかないのかもね。でも、どうせなら完璧に下の方も…」
ごいんっ!!
どこから取り出したのか母が父の頭をフライパンで殴る。
その勢いでテーブルにめり込む父の頭。
「下品なことを言わないで頂戴」
「お母さん、ちょっとやりすぎじゃ…」
「いいのよ」
父はフライパンで頭を殴られたことなど忘れたかのように、ひょいっと頭を上げる。
恐らくとっさに魔法で防御したのだろうが、すごい反射神経だ。
あのとっさの攻撃を魔法で防御できるのだから…。
「相変わらずこういう話題は嫌いなんだね、アイリア」
「レイにはまだこういう話題は早すぎるのよ!」
「そうか?」
「そうよ!もう、大体そんな話をしたかったわけじゃないでしょう?!」
「ああ、そうだね」
くすくすっと笑う父。
相変わらずだな、とレイは思う。
「レイに言っておきたいことがあってね」
「言っておきたいこと?」
家に帰ってくると、父はいつもレイが知らない情報を与えてくれる。
どうやってこんな情報を手に入れているのかは分からないが、父だから、ということでなんとなく納得できてしまう。
そういう父なのだ。
無茶苦茶なことも平気でやってのける。
「幻魔獣が復活したのは知っているかな?」
「うん、知っている」
この世界には魔物が溢れている。
魔物は倒すことによって宝石などに変換される。
正しくは宝石が源となり、魔の力が流れ込んで魔獣、魔物となるのだが…それを正確に知っている者は殆どいないだろう。
レイはそれを両親から教わっていたから知っているだけだ。
1年ほど前だろうか。
魔物たちが活発化してきた。
今まで出なかった場所にも魔物が出没するようになり、街道では盗賊よりも魔物を恐れるようになった。
それは幻魔獣という強大な力を持つ魔物が復活した為だと噂されていた。
「旅の間に聞いた話じゃ、ただの噂で魔物の活発化も偶然だろうって言われているけど…。魔物の活発化の直前に強い魔力を感じた」
「うん、正解。幻魔獣は復活…正しくは出現したんだけどね。今は隠れて何かの機会をうかがっているだけのようだけど、注意したほうがいいよ、レイ」
「分かってる。私の力じゃ敵わない」
「逃げることは出来るだろうけどね」
父の言葉に頷くレイ。
遭遇しても逃げることは出来るという自信がレイにはある。
幻魔獣の力の強大さは、出現した時のあの魔力を考えるとかなりのものだ。
もしかしたらもっと強いかもしれない。
それでも逃げることだけならば出来る。
「幻魔獣なんてどうでもいいんだけどね…。また、厄介なものを誰が呼び込んだのやら」
「ファストかレストアがなんとかするわよ、カスティア」
どうでもいいという父だが、幻魔獣はそんなに弱くはない。
この世界では”魔王”とすら呼ばれる存在なのだ。
「お父さんかお母さんがどうにかすれば、済むと思うんだけど…」
「なんで?俺はポカやった阿呆の尻拭いなんて嫌だよ」
「私だって嫌よ。どうせファスト辺りが禁呪の多数使用であんなことになったんでしょうから、自業自得よ」
「まぁ、私も別にいいけど……」
世間での魔法の知識とレイの魔法の知識はちょっとだけズレている。
レイの持つ知識は両親からのもので、世界の真理に基づいているもの。
今世界に広がっている魔法の知識は、真理からは少しだけ歪んでいる。
だから知っていることも多いのだ。
「幻魔獣は、誰かが何かをしなければ現われないはず、なんだよね」
ぽつりっと呟くレイ。
「俺達は世界がどうにかなりそうだ、というところまでいかないと手を出す気はないからね」
「レイは気をつけなさいよ。別に幻魔獣を倒しても構わないけれども、そうすることによって起こる事をちゃんと考えてから倒しなさいね」
「え?私だって幻魔獣に手を出そう何て思ってないよ?」
あんな物騒で強大なものにどうして好んで手を出そうと言うのだろうか。
レイの今の力では敵うかどうか全く分からない相手だ。
いい所封じてしまうか、運がよければどこかに飛ばすことが出来るくらいだ。
「レイはどうも優しすぎるところがあるからね」
「そうね、魔獣退治だって、村人にどうしてもって言われて断れなくて引き受けたことが何度もあったでしょう?」
「な、何で知っているの?!」
街道沿いで魔物を相手にしているのを見られたせいか、小さな村ではレイのような子供でも力があるとわかると魔物退治を頼まれる。
ワラにもすがる思いなのかもしれない。
それをレイが振り切れるわけがなかった。
「とにかく、気をつけなさい。幻魔獣と魔物の活性化でよらかぬちからに手を染めようと思う者は増えている」
「うん、分かっている」
「それから、ファストとレストアの共同で、少数遠征での魔物退治の隊を派遣しているらしいからね。魔物退治はそちらにまかせて、禁呪回収にのみ集中するのもいいよ」
レイは困っている人達がすぐ近くにいれば手を伸ばし全力で護ろうとする。
だが、遠くで困っている人がいるからと言って駆けつけるほどの慈善家ではない。
魔物があふれ、力ない人々が襲われていても、レイが手を差し伸べるのはその時近くにいればの話。
だから自分はそんなに優しくないとレイは思っている。
だが、世界に住む人々のどれだけの人間が、自分が危険に晒されるとわかっていても目の前の危険に手を伸ばすことが出来るだろう。
例え、世界中の魔物を倒そうとしていなくとも、世界全てを救おうなどと思っていなくても、目の前で危険に晒されている人達に手を差し伸べることは、十分に優しいことだ。
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