言わないでください




移動は車椅子、視界も塞がれどこに何があるのかを視る事が出来ないナナリーの移動範囲はとても狭い。
学校かもしくはアッシュフォード学園のクラブハウスで大人しくしているのがナナリーの日常だ。
ブリタニアにいた頃に比べれば、ここでの幸せはささやかなものかもしれない。
けれど、ナナリーはルルーシュが側にいてくれればそれだけで幸せだった。

「言わないでください」

ナナリーの呟きに、え?と返したのはその場にいるスザクだった。
このクラブハウスにスザクはたまにだが来てくれる。
ルルーシュに会いに来ているのか、ナナリーに会いに来てくれているのか、両方かもしれないが、ナナリーにはどちらでも良かった。
出会ったばかりは少しだけぶっきらぼうに感じた彼は、ルルーシュが初めて対等だと思える大切な友人。

「言わないでくだいさね、スザクさん」
「ナナリー?」

クラブハウスの中にある一室で、ナナリーはスザクに再び同じ事を言う。

「お兄様の前でゼロを批判するようなことは、言わないでください」

ナナリーはゆっくりと紅茶のカップに手を添える。
目の前に置かれた紅茶を自分で飲むことくらいは出来る。
だが、料理だけはどの皿にどんなものが盛られ、どんな料理なのか分からないのでルルーシュの手を借りなければならないのが、ナナリー自身心苦しく思っている。
迷惑はかけたくないとずっと思っているのに。

「けれど、ナナリー。ゼロのやり方は…」
「私もお兄様も決してブリタニアのやり方を受け入れることは出来ないのです」

ゼロは反ブリタニア勢力だ。
それは誰もが知っている。

「ルルーシュの考え方がゼロに近いものであることは分かっているんだ」
「スザクさん」
「けれど、あんなやり方、僕は…」
「それでも」

ナナリーは開かぬ目でスザクの方を見る。

「お兄様が傷つきます」

悲しそうな表情を浮かべるナナリー。
人の表情が見えないから、ルルーシュがスザクがゼロを批判していることを聞いてどう思っているのかなんて表情から読み取ることはナナリーにはできない。
それでも、目が見えない分、ほかの感覚がとても鋭いのだ。
例えば声の調子で今どういう感情を抱いているのかが分かるように。

「お兄様は我慢することに慣れてしまっています。ですから、スザクさん。お兄様に我慢させるようなことをさせないで下さい」

感情を押し殺させるようなことをさせないで欲しい。
ルルーシュはゼロを否定していない。
そしてブリタニアを否定している。

「ゼロを受け入れくださいとは言いません。ただ、お兄様の前では…」
「ナナリー…」

ナナリーの必死さが見えるほどの声に、スザクは困ったような笑みを浮かべる。

「分かった、気をつけるよ」

スザクは安心させるようにナナリーの手を握り締める。
ぎゅっと握るスザクの手は暖かい。
そうしていると、小さな足音が部屋の中に入ってくるのがナナリーには分かった。

「何やっているんだ?」
「ルルーシュ」

ルルーシュが部屋に入ってきたようだ。

「スザクさんと内緒の約束をしていたんです、お兄様」
「内緒?俺にも内緒かい、ナナリー?」
「勿論です、お兄様」

ふふっと笑みを浮かべるナナリー。
優しい兄がナナリーは大好きだ。
いつもナナリーの事を一番に考えてくれる、きっとナナリーにとって唯一の存在。

「それより、お兄様。声がとても疲れていますよ」
「そうか?」
「また、賭けチェスでもやっているのかい?シャーリーが色々言ってたよ」

ため息をつくスザク。
ルルーシュはその言葉に肩をすくめるだけである。

「もうやってないよ」
「の割には帰ってくるのが遅かったり、授業をサボったりしているそうじゃないか」
「俺にも事情ってのがあるんだよ。お前だって軍務だと言って授業出てないことが多いじゃないか」
「そりゃ僕は軍人が本業だからだよ。君はただの学生じゃないか」

スザクは真剣にルルーシュを心配してくれてそういうことを言ってるのだろう。
ルルーシュもそれは分かっているはずだ。
だが、ルルーシュはそれにくすくすっと笑う。

「まぁ、いいじゃないか。やりたいことがようやくできるようになったんだ」
「そのやりたいことって何?」
「今教えたら、バレた時につまらないだろう?」
「バレた時って…、僕が驚くようなことをやってるの?」
「そうだな」

ルルーシュがふっと少しだけ悲しそうな表情を浮かべたことに、スザクは気付けなかった。
ナナリーはルルーシュの声の調子でその感情に気付いてしまう。
優秀な分、ルルーシュは自分の感情を押し殺すのがとても上手だ。
それでもブリタニアで幸せで平和な暮らしをしていた頃はそうでもなかったというのに、気を張り詰めて生活するようになってから、ルルーシュからは笑顔が減ってきてしまった。

「お兄様、本当に疲れているようならもう休んだほうがいいです」
「大丈夫だよ、ナナリー」
「無理は駄目です」

ルルーシュは苦笑してナナリーの頭を優しく撫でる。
そっと撫でるその暖かい手がナナリーは好きだ。
何があっても大丈夫だと思わせてくれるから。

「確かにナナリーの言う通りだよ、ルルーシュ」

無理はいけない。

「ああ、部屋でやることがあるから、それが終わったらすぐに休むよ」

ルルーシュはそれだけ言って部屋の方に向かって行く。
すぐに休むというルルーシュの言葉はアテにできない。
大丈夫だと言って、普通に無理をするような性格なのだ。

「お兄様…」
「ルルーシュは昔から頑固だからね」

ナナリーもスザクも分かっている。
言葉通りにルルーシュがすぐに休まないだろう事を。
それでも強く諌める事ができないのは、きっとそれはルルーシュにとって大切なことだと思うから。

「全く、本当に何をやっているんだか」

呆れたようなため息をつくスザクにナナリーは俯く。
スザクは全く気付かなかったようだが、ナナリーは少しだけ気付いていることがある。

ナナリーが物心つく頃からずっと一緒にいたのはルルーシュだ。
目が見えている時も、見えなくなって歩けなくなった時も、側にいてくれたのはルルーシュだけだった。
ルルーシュが側にいてくれればそれだけでいいとナナリーは思っていた。
けれど、ナナリーがルルーシュの幸せを願うように、ルルーシュもナナリーの幸せを願う。

(お兄様、私はお兄様が笑顔でいてくれればそれだけで幸せなんです)

けれど、ルルーシュは歩き出してしまった。
止まることができない道を。
その道を選んだ原因の1つに自分の事があるのだと、ナナリーは感じていた。

「ナナリー、どうしたの?」

突然黙ってしまったナナリーを不思議そうに見えるスザク。

「スザクさん」
「ん、何だい?」
「私はずっとお兄様と一緒にいたから、お兄様の声を間違えることなんてないんです」

にこりっとナナリーは笑みを浮かべる。
スザクはナナリーが言いたことが良く分からずきょとんっとする。

「ですから、スザクさんも早く気づいて下さい」

ルルーシュの声に。
ルルーシュの願いに。
ルルーシュが歩き出した道に。

ナナリーはルルーシュの笑顔を望むから、だからスザクにお願いするのだ。
気付いて下さい、と。
そして、気付かないのならば、ルルーシュの前で”彼”を否定する言葉を口にしないで欲しい、と。
スザクが否定すればするほど、きっとルルーシュの笑顔は少なくなってしまうだろうから。

(言わないで下さい。でも、早く気付いて下さい)

スザクが気付くことでどんな結果が生まれるとしても、知っていて欲しいとナナリーは思うのだ。




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