手を晴れ渡った空に向けてみよう





手を晴れ渡った空に向けてみよう。
空に広げた手のひらから、眩しい太陽の光が指の隙間から漏れてくるよ。
きらきらと降り注ぐその光は、まるで楽しく踊っているように見える。
踊る光は気持ちを楽しくさせるよ。
沈んだ気持ちもきっと、それを見れば変わってくる。



「何やってんだ?ハリー」

木漏れ日の中手を空に向かってかざしている僕にロンが声をかけて来た。
ロン――ロナルド=ウィーズリーは僕にとって初めてできた友達。
今は大切な親友の一人。

「うん、なんかこうしてれば違う世界が見えてきそうな気がしたから」
「はぁ?」
「だって、いろいろあったじゃない?」
「…そうだな」

そう、いろいろあったんだ。
4年生の学校生活では。
いまここで、僕がこんなにものんびりしていられる事なんか考えられないほどにね。
考えなければならないことも、やらなければならないことも沢山ある。
けど、今は少しだけのんびりしたいな。
僕は手元の分厚い本を見る。
もっと強くならなくちゃいけないと思って勉強しようと持ってきた禁呪の本。

「あら、ハリー、それって持ち出し禁止の本じゃないの?」

ロンと一緒に僕の側に来たもうひとりの親友ハーマイオニー=グレンジャー。
優等生の彼女も僕にとって大切な親友。

「ハーマイオニー」
「ハリー、もしかして黙って持ってきたのか?!」
「うん、そうだけど?」

それが何か?
そう問う僕に呆れたようなため息をつく二人。
透明マントを使って図書館から持ってきた本。

「けど、普通の呪文じゃ駄目だと思うから…」
「ハリー…」

ヴォルデモートと一方的な対決をして、僕が今ここにいられるのは運と奇跡じゃないかと思うくらい。
そこまで力の差は歴然だった。
悔しかった。

僕はもっと強くなりたい!!
守りたいものを守れるような強さが欲しい!!

「でも、やっぱいきなりこんな難しいのは無理かもしれない。何が書いてあるのかさっぱり分からないんだもんね」

僕は沈みそうになる感情を隠すように二人に笑った。
ロンもハーマイオニーも僕がヴォルデモートと対決したことを知っている。
その時のことは二人に話してあるから。
父さんと母さんに会ったことも、僕のせいで死んでしまったセドリックのことも…。
ふと、ハーマイオニーが僕の持ってる本を見てつぶやく。

「あら?これ、暗号みたいね」
「暗号?」
「…呪文、けど表紙が呪文なんて」

ぶつぶつと言い始めたハーマイオニー。
僕とロンは顔を見合わせる。


「…レ、シク…ド?」


ぼうんっ!!

ハーマイオニーが呟いた言葉に反応して本から煙がたちのぼった。
一体何が?!
本の代わりに薄汚れた杖が僕の手の中にあった。
まるで本がその杖に変化したかのように。

「杖?」

僕たちが使っている杖とそう変わらない大きさ。
ただ、随分と古いように思える。

「にしても随分ボロいな」
「うん。でもなんでだろ?本が杖に変わった?」
「私がいった言葉が呪文だったのかしら?」
「けど、物を変える呪文とは違うと思うけど?」
「『レクシド』だっけか?ハーマイオニーが言った言葉ってのは…」

ハーマイオニーがロンの言葉に肯定の頷きをしようとしたとき手の中の杖が震え、浮遊感が襲った。
体が下と上から引っ張られるような感覚。
僕はそれを堪えるようにぎゅっと目をつぶってその感覚がなくなるまで待った。





ふっと突然その感覚が消えて目を開けてみると、僕の視界はぼやけていた。
確かに僕の視力は悪い。
けど今は眼鏡をかけているし、まるで夢の中にいるみたいな感覚。


『いいのか?俺なんかにそんな大事なもの預けて…』


ふいに聞こえてきた声に僕は声のした方を見る。
そこには黒髪の男の人が二人大きな木の根元に座っていた。
癖のある髪の男の人の方がもう一人の黒髪の男の人の方に鍵を差し出していた。

『お前だからだよ。お前にだから信じて渡せる』
『そんなこと言っても知らないぞ?俺が持ってるって分かったら、アイツは俺に全力で攻撃してくる。そんなことになったらいくら俺でも…』
『大丈夫さ、シリウス=ブラック。君なら、学生時代悪戯しても見つからないようにして狡猾さを持ってる君ならな!』
『…ジェームズ…、お前、まだ根に持ってんのか?』
『やだなぁ〜、何の事?』
『4年の時、俺の悪戯をお前とスネイプのせいにしたことだよ』
『ああ、そんなこともあったねぇ〜。あの後、スネイプに凄く睨まれて嫌われちゃうしね、僕としてはそこまでスネイプのこと嫌いじゃないんだけどねぇ』
『きっちり、覚えてんじゃねぇか…ぁ?…誰だ?!!!』

黒髪のシリウスと呼ばれた――たぶんシリウスなんだろう…そっくりだし――方が僕に向かって杖を凄い勢いで向けてきた。
僕は息を呑み、ぺたんっとその場に座り込んでしまう。
なんでこんなことになっているのか分からないけど…。
シリウスが僕にひゅっと杖を向けてくる。
攻撃してくる気が満々なのが分かる。
向けられた敵意がすごくショックで、悲しくて…怖い。

『シリウス、こんな子供に何を…って、あれ?君、実体じゃないな?』
『実体じゃないってことは、ますますアイツの使いってこともあるな?』
『シリウス。そんな周り全てを疑ってどうするのさ?そんなだから、恋人の一人もできないんだよ?容姿も性格も悪くないのにねぇ』
「あ、あの…、僕は別に怪しい…」

僕は敵じゃないってことを伝えようとした。
首にはシリウスの杖が突きつけられているけど、よく分からない状況だけど…。

『シリウス、どうやら声が通じないらしい』
『は?』
『この子とだよ。この子の本体はどうやらかなり遠いところにあるみたいだね』
『声が通じないくらい遠いとこなんてあるのか?』
『例えば、過去とか未来とか?』
『はぁ?』
『まぁ、いいや。危険はなさそうだし、僕はこの子ともう少し話をしたいし、シリウス帰っていいよ』
『おい』

お父さんは――あえてこの場合そう呼ばせてもらうけど――シリウスを追い払うようにてを振る。
いいのかな?

『ったく、お前、その優しさでいつか足元すくわれるぞ?』
『気をつける』

くすくすと笑うお父さん。
シリウスは魔法でバイクを出してそれに乗って去っていった。
お父さんから渡された鍵を大切に持って。

『さて、五月蝿いのはいなくなったし、少し話をしようか?…って君は僕の言葉は聞こえるんだよね?』

僕は思いっきり頷く。
お父さん。
聞いて欲しいことがいっぱいある。
僕どうしたらいいの?
思わずぽろぽろと涙がこぼれた。
お父さんは一瞬びっくりしたようだが、次の瞬間には僕をゆっくりと抱きしめてくれた。
ぽんぽんとあやすように僕の頭を軽く叩く。


『泣くなよ、ハリー。男の子だろ?』


僕はびっくりして顔を上げてお父さんを見た。
今、ハリーって、僕の名前…。

『ハリーだろ?僕の息子の』

お父さんはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
僕は呆然とするしかなかった。

『いくら未来から来たっていっても、自分の息子くらい分かるさ。親をあんまり甘く見るな?』
「お父さん」
『お父さん…か。いい響きだな。僕はその言葉を聞けるのかな?』
「お父さん?」

僕の声が聞こえていないはずだからきっと唇の動きを読んだのだろう。
けど、悲しげに笑うお父さん。

『僕は、生きていないんだろ?ハリーのいる時代では…』
「お父さん?!!」
『お前の目を見れば分かる。お前の目は両親のいる幸せな家庭で育ったようには見えない。…きっと苦労させたんだろうな、悪い』

なんで?!なんで、そんな死ぬことを悟ったようなこというの?!!
謝らないでよ!!
ハグリットがお父さんとお母さんのことを教えてくれたとき、僕はお父さんとお母さんにこんなにも愛されていたんだったって分かって凄く嬉しかったよ!!
僕は口を動かして一生懸命そのことを伝えようとした。

「生きてよ!!ヴォルデモートなんかに負けないでよ!!僕もヴォルデモートなんかには負けないから!!!」

そう!負けるもんか!

『ハリー、今の君がどんな状態の中にいるのか僕は知らない。けどいつでも大切なのは心だよ?怒りとか憎しみとかで動いてはいけない』
「うん」
『それに、僕の親友達がいるだろ?シリウス、リーマス、ピーター…』

僕はその名前にぴくりっと肩を揺らした。
ピーター=ペティグリュー。
お父さんを裏切ったやつ。
ヴォルデモートを蘇らせるために腕まで切り落とされて…。
けど、何故そこまで命を賭ける相手がヴォルデモートでお父さんじゃなかったの?!!

『参ったな、その様子じゃ、誰か裏切った……のかな?』
「お父さん、そんなのん気にしてる場合じゃないよ!!」
『悪い、悪い。とにかくだな、ハリー。周りを、自分を信じて頑張れ。僕にはこれしか言えない。…あと、スネイプあたりが仲間だと心強いかもしれないな、あいつはなんだかんだでアレだし。スネイプが敵方にいたら誘惑して仲間に引き込め!あいつはそれだけの価値があるぞ』
「ゆ、誘惑って…」
『それから僕の裏切った親友は絶対信じるな。誰かは聞かないが、絶対戻ってこないだろうからね』

お父さんは悲しそうに微笑んだ。
僕だって親友に裏切られたらすごく嫌だ。

『…と、そろそろ時間だな。どんな魔法使ったんだか分からないが、長い間本体から離れると危険だからね』
「うん…」
『頑張れよ、ハリー。僕とリリーはいつでも君の側で見守ってるから、それは覚えておいてくれ。…というか、忘れたらリリー…母さん絶対に怒るぞ?怒ったリリーは凄く怖いからね』
「うん」

ありがとう。
ありがとう、お父さん。
なんだか、元気が出たよ。
僕、頑張るね。

浮遊感が再び襲う。
目の前のお父さんが歪む。
それと同時に意識も薄れて…闇に沈んでいった。





晴れ渡った青い空に手を向けてみよう。
何かの気まぐれで違う世界が見えるかもしれないよ。
沈んだ気持ちが変わるかもしれないよ。

「そんなに心配しなくてもただの貧血だと言っただろう」

誰かの声が聞こえてくる。
ああ、この声はスネイプ先生の声だ。
あ、そういえば、お父さんが言ってたっけ。

「あ、ハリー、目が覚めたのね」
「よかった〜。いきなりあの杖が変な反応見せたと思ったら、お前、倒れてるんだもんな」

僕はぼやぼやの頭で自分が何を言いたいのか分からなくて、二人が何を言ってるのかもよく理解できてなくて、最後に印象に残ってたお父さんの言葉を、口にしていた。

「お父さんが、スネイプを誘惑しろって言ってたよ…」
「「「は……?」」」

僕はこてんっと再び夢の中に戻る。
このあとロン、ハーマイオニー、スネイプ先生との間でどんな会話があったのかしらないけど、再び目が覚めたとき、僕の気持ちはとてもすっきりしてて、その時言った言葉のことはさっぱり覚えいなかったのだった。



Back