開き直りは大切01




開き直りは大切 01




彼女の名前は
小中学校は一般の学校で、高校は公立の高校、大学は私立の短大、そして一般事務で普通の企業に就職。
履歴書に書かく内容も普通、目立ったものは見られず、考え方も一般的なほうだと自負している。
本を読むのは比較的好きなほうだ。
だが、社会人2年目ともなると、付き合いもあって本を読む時間というのが学生の頃に比べると減ったと感じる。
特別悪いこともしていないし、良いこともしていないと思っていた。
だが、今何故こんなことになっているのだろう…。

社会人2年目を迎えていただったが、ある朝目が覚めてみれば見慣れぬベッドの上に寝ていた。
先日はきちんと自分の部屋の自分の布団の中で寝たことを覚えているのだが、目が覚めると見知らぬボロベッドの上である。
何がなにやらさっぱりだ。
しかも、起きて初めて対面した相手が話した言葉がなんと…英語だったのである。

…もー、なんかどーにでもなれって、感じ。

半ば諦めた気持ちで、呆然としているだった。
ちなみに彼女の学生時代の英語の成績は決して悪くなかった。
だが、悪くなかったからといって英語が話せるのとは別というのが日本の英語教育であり、言葉の端々から分かる単語を拾って、状況を推測するからに、ここは孤児院らしい。

なんで、私、こんな所に…?
夢遊病としても、日本から英語圏内の国にまでいけるわけないだろうし。
それに…。

はベッドの横に置かれた小さな手鏡を見る。
何のために置かれた手鏡なのかは分からないが、そこに映る自分の姿は見慣れた自分の姿ではなく、見覚えのある昔の自分。
こげ茶色に染めていた髪でなく、真っ黒な髪。
軽く化粧をしていた顔ではなく、ぴちぴちの自然な肌。

どーみても、子供。
若返っているし…。
それも10歳以上も。

流石に成人してまで孤児院に拾われるのはどうかと思うのだが、この状態ならば拾われてもおかしくないといえば、おかしくないだろう。
小さな子供を見捨てるほどここは非道でないと思いたい。

『あら、目が覚めていたのね』

声をかけられて、はっとなる
かけられた言葉は英語で何を言われたのかさっぱりだ。
が寝ていたベッドのある部屋に入ってきたのは、女の人での本来の年齢よりも少し年上に見える。

『あなた、倒れていたのよ?どこの子?』

はこくんっと首を傾げる。
何を言われているのかさっぱりだ。

『もしかして、記憶喪失…とかじゃないわよね?』

その人が他にも何か言ってきたが、が首を傾げるだけだったのを見ると、どこかに行ってしまった。
言われた言葉が全く分からなかったわけではない。
倒れていたとか名前は?とか聞かれたのは分かった。
だが、ここで答えて言葉が分かると思われては困る。
は、簡単な問いにしか答えられないのだ。

私、ここに倒れていたってことなんだよね。
何で?

首を傾げたいことばかりである。
しかし、どう考えてもこれが夢であるとは思えず、は部屋の中をぐるりっと見回す。
起こってしまったことは仕方ない。
これからどうするべきを考えていくのが大切だ。

人間開き直りって大切だと思う。
ここにいるってことは、まずは英語覚えないと。
会話できなきゃ、仕事もできないしね。

何が切欠が分からないが、ここに来てしまった以上は仕方ないと思い、はここに順応することに決めた。
幸いここは孤児院。
自分がどこから来ただのと追求されることは殆どないだろう。
今の自分は小さな子供。
泣いて、捨てられたと周囲に思わせるように誤魔化せばオッケーなのだ。

とにかく、英語。
会話できるようにしなきゃ。



は孤児院でお世話になることがいつの間にか決まっていた。
言葉が通じないことがあって、どこか別の場所に…という案も出たようだが、別の場所といってもそこまで送る交通費を出す余裕が、この孤児院にあるわけがなかった。
言葉ならば、子供なのだから覚えるのも早いだろうということで、ここで引き取ることになったのだ。

『新しく加わったお友達よ。皆仲良くしてあげてね』
『はーい』

お行儀良く返事をするほかの子供たち。

『ね、その子のお名前はなんて言うの?』
『名前?』

を紹介した女の人がを見る。
は一瞬首を傾げる仕草をしたが、名前を求められていることは分かった。
流石に名前という単語くらいは分かる。
ここで名乗らなければ、変な名前を付けられかねない。
なので大人しく名乗る。


『ミサキ?』
「Yes」
『言葉分かるの?』

は首を傾げる。
何を言われたのかなんとなく分かったが、名前を聞かれたということだけ分かったと捉えてもらったほうがありがたい。
案の定、女の人はそうだと思ってくれたようで、を紹介してからとある少年にを押し付けてどこかへと行ってしまった。
を押し付けられた少年だが、ここの孤児院の中では一番綺麗な顔立ちをしている少年に見える。

『君、ミサキって言うんだね。僕は、トム・リドル。よろしく』

にこっと笑みを向けられて、もニコリっと笑みを返す。

えっと、ちょっと待って。
トム・リドル…?

『言葉が分からないんだって?僕が教えるよ。少しずつ覚えていけばいいと思うよ』

手を差し伸べてくる少年。
はその少年の手をとって、少年の顔をじっと見る。

「うそ臭い似非笑顔はこの頃から、発動中ってわけなんだ」
『?何か言った?』

はにっこり笑みを浮かべて誤魔化す。
言葉が分からないってとっても素敵なことだ。
意味が相手に通じない。

なんで、夢じゃないって、現実なんだって受け入れようと思ったとたんにこれなんだろ。
余計夢だって思いたくなるんだけど…。

少年、リドルにつれられて、はしばらく似非笑顔と対面しつつ、英語を教わることになる。
見た目小さな少女とはいえ、の中身はもう20過ぎている。
英語をすぐ覚えるほど頭の中はやわらかくはなく、覚えは結構悪かった。

『こんにちは、おはようございます、おやすみなさい、いってらっしゃい。はい、繰り返し!』
「え、ちょっとまって、言ってる事早すぎて3つまでしか…」
『早く繰り返す!』
「ミスター、鬼?」
『うん?何か言ったかな?』

の覚えの悪さにリドルの黒いものがたまにちらほら見えるのは仕方ないだろう。
彼は一応今のと同じ年。
今のは5歳という事になっているで、彼も5歳だ。
5歳の子供に忍耐というのを求める方が間違っている。

「ミスター、ミスター、もうちょいゆっくり頼む」
『何っているのか分からないよ。大体なんで僕のことをミスターなんて呼ぶんだい?名前は何度も教えただろう?それとも僕の名前を覚えられないほど頭悪い?』
「なんか今ものすげぇ失礼なことを言われた気がするんだけど…」

の英語レッスンは基本的に2人きりの時が多い。
2人だけであり相手が言葉の意味を正確に理解しないならば、リドルの口調が辛口になっても仕方ないだろう。
何か失礼なことを言われているのはなんとなく分かるが、はっきりとは分からないのと日本語で反論しても通じないので、は言い返せないのが現状だ。

「ミスターをミスターって呼ぶのは、ミスターの名前がミスターの雰囲気に合わないからだよ。ミスターのほうがミスターらしい」
『何言っているのか良く分からないけど、僕の名前を呼ばないようにしているってのは分かった』

だって、あんた自分の名前、確か嫌いでしょ。
未来の闇の帝王相手に、嫌いな名前連呼するような鋼の心臓はしてないよ、私は。
実際、トムって呼ばれると僅かにだけど剣呑な雰囲気出してるの、気づこうよ。

「ミスターって5歳児の癖に、全然子供らしくないよね」
『言葉の習得に関係のないことを言っているのはなんとなく分かる。余計なことを言っていないで、さっさと繰り返す!』
「…は〜い」

リドル少年は結構スパルタだった。
とにかく、最初は基本的な挨拶を繰り返す繰り返す繰り返す。
飽きるほど繰り返した。
あとは会話をなんとなくで成り立たせる。
も簡単な単語は分かるので、それで色々な単語を覚えていく。

『単語だけでもその年なら十分だと思うよ。2〜3年もすれば流暢に話せるようになるよ。………多分ね』
「最後についた言葉が、意味が分からなくてもなにか不安にさせるような気がするんだけど、気のせいかな?」
『いい加減何語か分からないけど、母国語はやめたら?英語のみ話すよう自分に強制すればもっと話せるようになると思うんだけどね』
「多分何を言われたかなんとなく分かるけど、それは無理」

双方共に流暢な言葉で別の言葉を紡ぎだし、そして意味が全然通じていない。
周囲に人がいないからいいものの、ハタから見ればとても奇妙なものだろう。

「ミスターがあの学校に通うようになるまでにはマスターするよ」
『?』
「流石に私が魔法使いってことはないだろーし」
『余計なこと言ってないで、とっとと繰り返す』
「はい、はい」
「Repeat!」
「Yes!Hello,Good morning,Good evening...」

大人しく少年リドルに従う
この世界がどうであれ、この少年が何であれ、魔法というものが本当にこの世界に存在するのであれ、英語を話せるようになるのは悪いことではないだろう。
なんとか1年でマスターしたいものである。
そう思いながら、5歳の少年には日常会話を教わっていくのであった。