― 朧月 36




結局この試験はキルアが不合格という、原作と同じ結果で終わった。
そこまでの課程は変わってしまっていたが…。
キルアはゴンの目覚めを待たずに、ゾルディック家へと帰っていった。
ゴンの目がいつ覚めるかも分からないし、反省はしているという事だったので1度帰るとの事。

は自分の手に入れたハンターライセンスを複雑そうな表情で見ている。
今はハンターについての講習会の最中である。
、クロロ、ヒソカ、イルミ以外はまだ裏試験があるが、すでに念を取得している4人はこれで正式にハンターだ。

これで仕事とかはやりやすくなるんだろうけど…。

このライセンスをどう使うのかは自分が決める事だ。
講習会はすぐに終わる。
は聞いていても殆ど朧月の時に知ったことと同じようなことだったため、適当に聞き流していた。

はこの後、家に戻るのか?」
「あ、うん。ミスティにも報告したいしね」
「そうか…」
「クロロはどうするの?」

講習会が行われていた部屋から外へと向かうとクロロ。

「1度ホームに戻るよ」
「ホーム?」
「一緒に来るか?」

は勢い良く首を横に振った。
クロロが戻る場所には幻影旅団の団員が何人かいるだろう。
そんな所に行きたくなどない。

「別に他の団員はヒソカみたいじゃないぞ」
「私にとっては似たようなもの!あまり、係わり合いになりたくないんだってば」
を紹介しておきたかったんだが」
「必要ないよ、うん。だって係わり合いになる気ないから、きっと一生会うことないよ」

一生会うことが無いということはないだろうが、としては一生会わないでいたい気分だ。
クロロはそんなをじっと見る。

「な、何?」
「いや、そんなに嫌がられるとな」
「嫌がられると?」

クロロは口元に笑みを浮かべる。
はその笑みにぎくりっとなる。
これは何かを企んでいる笑みだ。

「無理矢理にでも連れて行きたくなる」

はずさっとクロロから離れる。
あの旅団に会おうものなら、は絶対に一目散に逃げ出す。
A級首の盗賊団相手にどうして和気藹々とできようか。
の反応に、クロロはくくくっと笑い出す。

「わかった。今回はやめておくよ」
「是非そうして」

笑っているクロロを見ると、本当にあの幻影旅団の団長だなんて思い浮かびもしないだろう。
は元々、クロロ・ルシルフルという人物が幻影旅団団長であることを”知って”いたので、そう驚きはなかったが、初めて知った人は相当驚くだろう。


!!」


ゆっくり出口に向かっているの後方から声がかけられる。
が振り向くと、ゴンがこちらに駆けてくるのが見えた。

「ゴン君。目が覚めたんですね」
「うん」
「腕は平気ですか?」
「全然平気!サトツさんがこれなら治った後にかえって丈夫になるくらいだって言ってたし」

ギブスのようなもので固められた腕がつるされた状態だが、ゴンは元気いっぱいに見える。

はこの後どうするの?」
「1度家に戻ります。ゴン君は?」
「キルアに会いに行くよ。同年代の友だちって初めてだから、キルアともっと一緒にいたいし!」

は微笑ましくなり笑みを浮かべる。
ゴンにとってもキルアにとっても、お互いがいい意味でのライバルだろう。

「クロロは?」
「オレはホームに戻るよ」
「ほーむ?」
「仲間のいる所だ」
と一緒に住んでいるわけじゃないんだね」
「そうか、一緒に住むのもいいな」

ご、ゴン君!余計なことを言わないで…!
短期で一緒に暮らすくらいならいいけど、家まで一緒だったら色々こそこそできないよ。
元の世界に戻ることだって、なんか邪魔されそうな気がするし。

「ゴン君、何かあったらこれに連絡下さい。相談にくらいのれますから」

はメモ帳を取り出して、自分のケータイの番号をさらさらっと記入し、ゴンに渡す。
生憎名刺のようなものは作っていないし持ってもいない。
今時は珍しくは個人としてのホームコードもない。
仕事での受付用にはあるにはあるのだが、それはミスティが管理してくれているのではノータッチな状態だったりする。

「ああ、それならオレのケータイ番号も教えておくよ」
「でも、オレ、ケータイ持ってないよ」
「それじゃあ、ケータイ持ったら番号教えてくださいね、ゴン君」
「うん、分かった」

クロロはがゴンに渡したメモに自分の番号を書き込む。
こんなに簡単に、クロロはケータイ番号を教えてもいいものなのだろうか、とは思ってしまう。
そうは思いながらも、初めて会った時のにもあっさりとケータイの番号を教えていたのを思い出す。
ゴンは後方から名前を呼ばれて振り返る。
少し離れた所にクラピカとレオリオの姿が見えた。
クロロの姿にクラピカの表情がほんの少し動く。
流石にクロロを視界に入れて、何も変わらずにいることなどできないだろう。
クロロは全く気にしていないようだが、クラピカは違う。

「クラピカ君とレオリオ君もキルア君の所に行くんですか?」

は顔を上げてクラピカとレオリオの方を見る。
ゴンの方に歩いてくる2人は、頷いた。

は家に戻るんだろ?」
「はい。1度帰って、それから色々決めようと思ってます」

レオリオの言葉には頷く。
のこの場合の”帰る”は元の世界へ帰るの意味だ。
除念師を探して、除念をしてもらってから、クロロがホームに戻っている間に帰ろうと思っている。

「レオリオ君は受験ですよね?」
「ああ、キルアの家に言った後は国家試験に向けて勉強するつもりだ」
「クラピカ君はどうする……クラピカ君?」

クラピカはの方を見ていなかった。
どこに向けられているか分からないその視線は、何か考え込んでいるような目だ。

「ヨークシンに…」

クラピカは口を開いたが途中で言葉を止める。

「いや、何でもない」

クラピカは軽く頭を振る。
何かを言おうとしたのだろうことは分かるが、は”ヨークシン”という言葉で思い出す。
そう、確かヒソカにヨークシンシティのことを聞いたはずだ。
どんな内容だったのかはさっぱり覚えていないが、クラピカがここでその情報を得たのは覚えている。

「ヨークシン…、そうか、ヒソカが言ったんだな」

クラピカの呟くような言葉に、クロロは納得したような表情を見せる。
クロロの雰囲気がすぅっと変わる。
人の良さそうな青年から、幻影旅団団長としての雰囲気へと。

「9月1日、ヨークシンシティに旅団全員の集合をかけている」

ぴくりっと反応するクラピカ。

「下らん復讐をするつもりなら、またとない機会だろうな」

クラピカがクロロを睨む。
睨むだけで済むのは、この状況で騒ぎを起こすことがよくないことだと分かっているからか、それとも今のままではクロロに敵わないと思っているからかは分からない。

「私は…」

クラピカは激昂しているようではなかった。
静かに静かに、クロロを睨む。
その瞳は全て憎しみに彩られているわけではなさそうだ。

「私のような者を増やすことはさせない。貴様らを止める」
「止める?殺さずにか?」
「意味なく命を刈り取る貴様らと同じ行いはしない。私が命を刈る時はそれしか手段がない時のみだ」

クロロは何か面白いものを見つけたかのようにクラピカを見る。

「オレ達は殺されなければ止まらない奴らばかりだ。その甘い考えでどこまで止めれるものか」

くくくっと笑うクロロ。
はクロロを見て、クラピカを見る。
クラピカは感情を乱しはしなかったが、少し顔を顰めた。
幻影旅団とは、クロロが言うように止めろと言われて止まるような連中ではない。
それこそ脚切り離し、腕を切り離し、目を抉り取りでもしない限りは止める事は出来ないだろう。

「甘い考えでも、私は私のやり方を変えるつもりはない」

クラピカはちらりっとを見る。
という存在を知ったクラピカの精一杯の譲歩なのだろう。
クロロはきっと変わらない。
それはあまりいいことではないのかもしれないが、物騒なこの世界ではそれも許されてしまうのだろうか。

「緋の目の情報、必要ならばわたくしが提供しましょうか?」

突然別の声がその場に響き、一斉に声の方を見る。
は聞き覚えのある声に驚く。

「ミスティ?!」
「合格おめでとうございます、マスター」
「え?あ、…うん、ありがと」

にこりっと笑みを浮かべてそこに立っていたのはミスティだ。
いつの間に来たのか気配を感じることができなかった。
ミスティの存在が存在なので、突然そこに現われたという可能性が一番高く、その為に気配が感じられなかったのかもしれないが…。

「マスターのことを考えて譲歩してくださっているのですよね、クラピカさん」
「貴方は誰だ?」
「わたくしはミスティと申します」

ゆっくりと小さく頭を下げるミスティ。

「マスターのことを考えてくださっている貴方に、わたくしは緋の目の件でのみならば協力いたしますよ」
「そう簡単に…」
「現在分かる範囲では個人所有の孤島に1つ、ヨークシンのオークション出品予定に1つ、サルラ王国の宝庫に1つという所でしょうか」

クラピカの目が驚きで見開かれる。
そう簡単に見つけられるものではないのだ。
だが、ミスティはすらすらっと情報を述べてみせる。

「情報の真偽を確かめたいのでしたらご自由になさって構いませんよ。ですが、朧月の霞の名にかけて、わたくしの情報に嘘はございません」
「朧月の霞……霞の妖精か?!」
「そうとも呼ばれますね」

ミスティはかなり有名なのでは驚く。
ハンター達の間で呼ばれている”霞の妖精”という名は、ハンター達の間でささやかれている噂程度で愛称のようなものだと思っていたのだ。
だが、思った以上にミスティは有名らしい。

、君は…」
「うん?なんでしょう?」
「いや、なんでもない。しかし、いいのか?」
「ミスティがいいって言っているから構わないと思いますけど…」

私に了承をとらなくてもいいと思うし。

クラピカの顔にふっと小さな笑みが浮かぶ。
は知らないが、”霞の妖精”の情報料はかなり高い。
クラピカはそれを知っているし、その情報の正確さも知っているのだろう。
ハンター試験で偶然出会った人達。
ゴンのそのひらめきは目を見張るものがあるし、考え方は影響させられずにはいられない、何よりもその純粋さ。
そして、
意外な人物達と意外な接点がある。
クラピカがこのハンター試験で得られたものは、予想以上に大きなものなのだろう。