― 朧月 19




なんだかんだといいながら、右の通路を進んでいくと、大きな空間に出る。
そこは中央に一部屋分の広さの闘技場にあるリングのようなものがある。
四方に炎が灯された明かりがあり、それがこの空間の唯一の明かりのようだ。
今は中央リングとは道が繋がっていないが、丁度反対側に大きな布を被り手錠をはめられた囚人のような者が何人か見える。
囚人の1人の手錠ががこんっと外れ、ばさりっと姿を見せる。

「我々は審査委員会に雇われた「試練官」である!ここでお前達は我々5人と戦わなければならない!」

姿を見せた囚人の1人が説明をしていく。
勝負は1対1、各自1度のみ、順番は自由、3勝以上すればここを通過することができる。
戦い方も自由、但し引き分けはなしだ。

「参加者は5名のみとする。1人は参加不可だ」

達は6人である。
あちらが5人である以上、こちらも5人にならなければならない。
はクロロを見る。

「どうしましょう?私かクロロさんがどちらか不参加にしますか?」
「オレはどっちでもいいよ」

この5人対5人の対決に参加するか参加しないかも多数決のボタンを使う。
満場一致で参加するになる。

「こちらの一番手はオレだ!」

先ほど説明をしていた囚人が声を張り上げる。
”原作”ではここでトンパが出たはずだ。
は一歩前に出る。

「クロロさん、私が出ますね」

「タイマーはクロロさんに取られちゃったので、ここは私が行きますよ」

ね?と他の4人の反応を伺う。

「ちょっと待て!あいつは結構強そうだぞ?!平気なのか?!」
「大丈夫ですよ、レオリオ君」
「大丈夫なの?
「ささっとやってきますよ、ゴン君」

ゴンの頭にぽんっと手を置く。
ぐりぐりっと撫でるようにかき混ぜる。
これを朧月はよくジンにやっていた気がする。
ゴゴっとリングへの細い道が繋がる。
は相手を真っ直ぐ見て、道を進む。

うん、全然平気。
だって、ミスティの方が断然強い。

「勝負の方法を決めようか」
「頭脳戦でなければ、どんなものでも結構ですよ」
「ならばデスマッチを提案しよう」

はにこっと笑みを浮かべる。

「はい、構いませんよ。どちらが死ぬまでにしますか?それとも降参するまで?」
「どちらかが負けを認めるか、死ぬまでかのどちらかでのみ決着とする」
「はい」

は左足を半歩後ろに引き、構えを取る。
誰かを殺した経験はない。
だが、森に住む獣達を殺めたことはある。
最初はそれすらも吐き気がしそうなほど駄目だった。
殺気を出して向かってくる相手を殺さないようにする為には強さが必要だった。
の持っている強さは、相手を殺さない為の強さ。
それでも相手が殺さなければならないほど強いならば、覚悟はもうずっと前に決めていた。
実際人を殺めて、自分がどうなってしまうかは分からない。
ここはそういう世界なのだともう納得しているつもりだ。

「いい覚悟だ」
「覚悟はいつでもしておくものですから」

相手が構え、ばっとこちらに勢い良く向かってくる。
右の拳を左腕で流し、左の拳は右腕で受け止める。

攻撃の力は結構重い、でも、受け止められないことはない。
スピードも思ってたほどじゃないみたいだし。

は冷静に相手の攻撃を流す。
まともに受け止めても自分が消耗するだけなので、相手の力を流す戦い方がのやり方だ。
男は攻撃を全て流されて焦りだす。
はぱっと見、普通の少女にしか見えないし、強そうにも見えない。

「はぁ!!」

男の力を込めた蹴りがに向かう。
はそれを飛んで避けた。
蹴りは空を切り、は飛んでくるりっと宙で一回転して、後方に着地する。
その勢いで地を蹴り、頭を狙って足を振る。
男からすれば、のその攻撃はかなり早いものだったようで、その蹴りは見事に決まる。
だが、それで男が倒れることはなかった。

やっぱりこの程度じゃ駄目か。

はふぅと軽く息をつき、すぅっと目を細める。
ガラリっと雰囲気が変わる。
念を纏ってはいないが、戦闘体勢に入るとの雰囲気は普段のものと全然違うように見えてしまう。
相手の男の顔色が変わるのが分かったが、はそれを気にせずに攻撃を仕掛ける。
先ほどまでは防戦一方のが今度は圧している。

一気に決める!

は男の懐に入り肘で男の腹に一発、そしてその隙に右腕を掴む。
そのまま、男を地に背負い投げる。
ダンと大きな音と共に、リングが少しひび割れ男が仰向けに倒れた。

「まだ、やりますか?」
「いや…」

男はよろりっとしながら起き上がる。
ごほっと咳き込みながら、額に汗が浮かんでいる。

「オレの負けだ」

は内心ほっとする。
これで駄目なら念で脅すという方法もあるのだが、それはあまり使いたくなかった。
念を使えない人にとって、念を込めた殺気というのは凶器にもなる。
精神がおかしくなってしまうこともあるのだ。

「よかったです」

まずは1勝。
はクロロ達の所に戻る。
彼らがいる入り口の上に丁度電子掲示板のようなものがあり、そこにピッと1が表示される。
どうやら勝つとその数字が増えていくようだ。
反対側の囚人たちの方にも同じようなものがある。

「実際見たのは初めてだが体術も結構できるんだな、
「ミスティに鍛えられましたからね」

相手はどうみても軍人上がりの体術に自信がありそうな感じだった。
それを1人で片付けた。
ゴン達は少し驚いていた。

「人は見かけによらねぇな」
「ハンター試験を受けるだけの力量がある、という事なのだろう」

レオリオとクラピカがそんなことを言っていたが、そうこうしているうちに次の相手が出てくる。
次の相手はどう見ても先ほどの男と違い、肉体派ではない。
ひょろっとした男だ。

「それより、次は誰が行きますか?」
「あ、オレが行く!」

ぱっと手を挙げたのはゴン。

「ま、さっきのヤツと違ってデスマッチってことはないだろうし、ゴンで大丈夫だろ」

キルアが相手をちらっと見てそんな判断を下す。
確かにと他の者も同意する。
は後方に下がって傍観することにした。
クロロもの隣にまで下がってくる。

「面倒そうだな」
「なんとかなりますよ」

ゴンがリングの方に歩いてたどり着くと、対戦相手の男がなにやら説明をしだした。
が知っている通りに事が運べば、ここは心配することなど何もない。
ちらりっとクロロを見る。

問題はこの後、なんだよね。

はっきりと覚えているわけではないが、幻影旅団の偽者が出てくるはずだ。
はこの世界の原作にはまり込むほど好きだった訳でもないので、記憶にあるのはおぼろげだ。
それでも試験が進んでいけば思い出してくることも多い。

の体術は彼女に教えてもらったんだな」
「え?あ、はい。私にとってミスティは師匠のようなものですよ」
「彼女はそういう”能力”なんだな」
「あ、いえ…えっと、あの…」

ミスティが体術のできる念能力だと思われても仕方ないのかもしれない。
朧月の記憶にある最初のミスティは本当に何もできなかった。
体術も情報収集も、最初は朧月が教え、そしてミスティが努力してきたからこその今の成果だ。

「だがそう考えると矛盾するか。体術を会得する前に能力があった、とは考えにくいな」

ちらりっとクロロから視線を向けられる。

「色々と隠し事がありそうだな、
「う、クロロさんだって話してないことあるんじゃないですか?」
「そうだな、だが大した事じゃないものばかりだろ」
「私のも別に大した事ないです」

大したことないどころかかなり重要なことなのだが、あまり吹聴するようなことではない。
ミスティに言っていないこともある。
いずれミスティには言うことになるだろうが、クロロはどうか。
クロロは唐突にタイマーを見て、ぴっとボタンを押す。
リングの方を見れば、ゴンが相手とロウソクでなにやら勝負をする所らしい。
確か、火をつけて先に消えたほうが負けという勝負だっただろうか。

「黙ってどこかに行ってしまうということはないな」

クロロがの顔のすぐ側に手を置き、を見る。

「何でそんなことを急に…」
のその能力は”どこへ”行く為のものだ?」

ぎくっとなる
念能力は朧月のものを殆ど引き継いでいるような状態だが、のオリジナルのものもある。
朧月は空間転移を逃げる為によく使った。
平和主義者で争うことが好きではなかったらからだ。
は争いごとが嫌だということもあるが、元の世界に戻りたいという思いがあるからその能力を”思い出した”のだ。

「黙ってどこかへ消えられるのを黙って見ていられるほど、オレは心は広くないぞ、
「どこに行くか言っていけばいいんですか?」
「戻って来ることができる場所に行くのならばな」

す、鋭い。
確かに元の世界に戻ったとして、こちらに戻ってくるという確かな保障とかってないんだよね。
でも、元の世界か…。

「まだちょっと悩み中なのでどうなるか分からないんですよね」

実際はほんの少し迷っていた。
元の世界に戻りたいとは思う。
でもそれは”戻りたい”のであって”帰りたい”ではないのだ。
この世界でミスティと一緒に暮らし、クロロと本について語り合ったりするのは結構好きだ。
それがなくなってしまうのは寂しい。

漫画の世界ではない、実際にあるこの世界。
がいて、クロロがいて、ゴンたちもちゃんと生きている世界。

は自分の手をじっと見る。
実はもう殆どあの能力のコントロールは出来るようになっている。
あとは集中力とイメージの問題だ。
あれから3年。
あちらの世界も3年経っていたとしたら、こちらの世界の方が過ごしやすいのかもしれない。
でも、全て捨ててしまうには未練がありすぎて迷っている。

「あ、ゴン君の勝負、終わったみたいですね」

とクロロはふっとリングの方に目を向けた。
ゴンが相手のロウソクの火を吹き消して勝負はあっけなく終了したようだ。