― 朧月 17




二次試験後半は、ハンター試験責任者の介入により「ゆで卵」となった。
谷の間に丈夫な糸をはりそこに卵をつるしておくというクモワシの卵をとって来ることである。
試験官であるメンチが最初にやってみせる。
かなり深い谷の中、ここを飛び降りるのは度胸が必要だろう。

「飛び降りる時の浮遊感があまり好きじゃないんですよね」
「そうか?」
「規格外のクロロさんには、きっとこの気持ちは分かりません!」
「極悪人の次は規格外か」

クモワシの糸から卵をとりながら、はクロロを見る。
平然と飛び降りただが、クロロもクロロだ。
ここまでの試験で服に埃ひとつすらない。

「味が格別の卵なんて、ミスティにも食べさせてあげたいです」
「彼女は普通に食べるのか?」
「食べますよ。ただ人のように糧になることはないそうですが、人にまぎれるために食べれるように訓練したそうです」

どうやら味覚もあるらしい。
どういう原理で味覚ができたのか分からないが、本人曰く修行の賜物とのこと。
どんな修行をしたのか気になる所だが、朧月の記憶にもミスティが食べ物を食べる修行していたという記憶はない。
まだが思い出していないだけなのか、ミスティが朧月に内緒で訓練していたのか。

「余分に取って持ち帰りたいとは思いますが、ハンター試験がいつ終わるか分かりませんしね」

しかし1度来た場所なので、また来ればいいだけである。
1度来た場所ならば念能力での移動が可能だ。
クロロはクモワシの卵をとると、ひょいひょいっと走って崖を上っていく。

「…やっぱり規格外です、クロロさん」

垂直の崖をいとも簡単に走って昇れるのは十分規格外だろう。
他の受験者達が唖然としている。
も念を使えばできないことはないのだが、地道によじ登ることにする。
その後、とってきた卵をゆでて食べてみたが、ものすごく美味しいかった。



ごうんごうんっと飛行船の音が船内に響き渡る。
第二次試験後半は無事に合格し、第三次試験会場までは飛行船で向かうことになった。
とクロロは二次試験の時に作ったお弁当を広げていた。
この飛行船にはベッドなどという豪華なものはなく、殆どが雑魚寝である。

「この先用に何か食事とか持っていた方がいいですよね」
「盗ってくるか?」
「………作ろうって案は出てこないんですね、クロロさん」

クロロらしいといえばクロロらしいのだろう。
食べ終わったタッパーを片付けていく
このタッパーは二次試験会場にあったものなのだから、本来は返すべきだろう。

「クロロさん、私はちょっとこれ返してきますね」
「わざわざ返すのか?捨てればいいだろ」
「そうはいきません」

はすくっと立ち上がる。
タッパーを持ってクロロを置いてキッチンを探して飛行船の中を歩く。
外は暗い為、飛行船の中は薄暗い。
ふといいにおいが漂ってきた。
料理を作っているような臭いなのでこの臭いを辿っていけばキッチンに着くだろう。

「あそこかな?」

明かりが漏れている部屋があったので、そこの扉をとんとんっと叩く。
すると、どうぞ、と声が返ってきた。
扉を開けてみれば予想通りキッチンがあった。

「あの、二次試験会場にあったこれお借りしていたので、返したのですが…」
「おや、律儀だねぇ。いいよ、預かっておこう」

にこっと笑みを浮かべて対応してくれたのは恰幅のいいおばさんだった。
おばさんの言葉に甘えてタッパーを預ける。
お願いします、と一言添えて。
どうやら片付けの最中のようで、忙しいように見えたのでその場をすぐに後にした。

キッチンがあるってことは食事は出してくれるってことなのかな?
それとも試験官用?

飛行船に乗り込んだ時間が時間だったので、食事は出されなかった。
殆どの受験者がくたびれてすぐに寝てしまったのもある。
今飛行船の中で起きている受験者は半数以下だろう。
殆どのものが休息に入っているのだ。

私もいい加減休まないと。
次の試験って、確か”トリックタワー”だよね。
どんな道になるか分からないけど、第三次試験が72時間だったかな?
そのくらいかかるのは確実だから体力温存しておかないと。

飛行船の廊下を歩いていると、キルアとゴンの姿が見えた。
外の方を見て何かを話しているようだ。
楽しそうに会話をしているのを見るとほほえましくなって思わず笑みを浮かべてしまう。
邪魔をしないように別の通路を通ろうとしただったが、ふとこちら側を見たゴンとばっちり目が合ってしまう。

「あ、!」

見つかってしまって避けるのは悪いだろうと思い、苦笑しながらはゴンとキルアの方に歩いていった。
ゴンを見るとやっぱりジンを思い出す。
とてもよく似ている。

「夜景ですか?」
「うん、そう!あ、それより、の家族って何してる人?」
「え?私の家族ですか?一応両親共に一般人ですよ」

突然の質問に戸惑いながらは答える。
数年前まではも一般人で、両親はきっと今も変わらず一般人だろう。
元の世界がどうなっているのか分からないのではっきりとは言い切れないが…。

「ゴン君とキルア君の両親は?」
「オレの親父はハンターやっているんだ」

笑みを浮かべて答えるゴンの表情が朧月の記憶にあるジンの姿と重なる。
本当によく似ている。
全部が全部似ているわけではないが、ふとした時の表情がとてもよく似ていると思える。

「キルア君の両親は?」
「ん?オレの両親は暗殺者やってるぜ」

はぽんっと手を打つ。
よく考えればキルアはあのゾルディックの三男だ。
キルアを見ればなるほどと思える。

「そう言えばキルア君ってゾルディックでしたよね。髪の毛なんてお父さん似ですね」

1度だけ会ったシルバを思い出す。
シルバも見事な銀髪だった。

「え?!はキルアのお父さんのこと知っているの?!」
「親父のこと知ってんのか?!」
「あ、え……」

驚いた表情2人に詰め寄られる。
ゾルディックはその顔写真にすらかなりの懸賞金がかけられている暗殺者である。
それは見事なまでに完璧に仕事をこなすからなのだが、がシルバと対峙して無事だったのはたまたまのようなものである。

「ちょっと前に会ったことがあるだけですよ。別に何かしたわけではないです」

まさか命を狙われていたとは言えまい。
ゴンとキルアは納得したのかしないのかよく分からない反応をした。

「そう言えばクロロは?一緒にいないんだね」
「多分今は休んでいると思いますけど…」

置いてきたのでどうしているかは分からない。

「クロロとってどういう関係なわけ?」
「どういうって、ただの趣味仲間みたいなものですよ」
「趣味?」
「はい。私もクロロさんも読書が大好きなんです」

その読書関係がきっかけで知り合ったようなものだ。
出会いはただの偶然、話しをしてぽろっとリーディスのことを漏らしたのからケータイの番号の交換をして色々あって今に至る。

「ふ〜ん、デキてるわけじゃないんだ」
「そ、そういう関係じゃありません!」
「でも、すごく仲良いよね、とクロロって」
「いや、ゴン。あれは仲が良いっていうより完全な夫婦漫才レベルだろ」
「何を言うんですか、キルア君!!」

顔を赤くする
少なくとも今はまだそういう関係になったつもりはない。

「もう…、私は休むので行きますからね」

話を続けたらからかわれそうな気がするので、はとっとと退散することにした。
元々この2人の話の邪魔をするつもりはなかったのだ。
とっとと退散して2人で楽しくまた語り合えば良い。
ゴンとキルアの所から離れていくを、2人はなんとなく見ていた。


が元の場所に戻ってみれば、クロロが薄い毛布に包まって目を閉じていた。

「…もしかして寝てる?」

どこから毛布を持ってきたのか分からないが、目を閉じているクロロは余計幼く見える。
元が童顔で、年齢相応に見えない。
はしゃがみこんで、クロロの顔を覗き込んでみる。

「26歳だっけ…?全然見えない」

ちょいちょいっとクロロの前髪をいじってみる。
反応がないところを見ると、やはり寝てしまっているのだろうか。
じっとクロロの顔を見る
整った顔立ちは、この寝ている様子を見る限りでは可愛いと思えてしまう。
これが団長バージョンになると雰囲気が一変する。

「オールバックの時よりこっちのクロロさんの方が好きかな?」

可愛いし。
団長バージョンだと、なんとなく近寄りがたいって言うか、係わり合いになりたくないって言うか…。

この世界に来て3年。
でもその3年間は、山を下りて街に行くことはあったが、友人と呼べるものはできなかった。
ミスティは家族のような存在であって、側にいてくれることは嬉しいには嬉しかった。
それでも、やっぱり友人は欲しかったのかもしれない。
だから、きっとクロロが幻影旅団の団長だと分かっても、会わないようにしようとは思わなかった。

「この先、問題が何も起きなければいいね」

つんっとクロロの髪を引っ張ってみる。
何の反応もないのかなとが思っていると、ぐいっと体ごと引っ張られた。

「へ?わ…!」

いつの間にかクロロの腕がの背にまわり、抱き寄せられている。

「クロロさん、やっぱり起き…!」

ぱっと顔だけ動かしてクロロを見てみるが、先ほどとまったく変わらず目は閉じたまま。
だが、腕はがっちりとを抱きこんだままだ。

「…てない?」

じっとクロロの顔を見て気配を探ってみるが、寝ているか起きているかの違いなどよく分からない。
は、そこまで気配を読むことに長けていないのだ。
もそもそっと身体を動かしてなんとか抜け出そうとするが、何故かクロロの腕の力が強くて抜け出せない。
力を思いっきり込めて腕を外してもいいが、そんなことをすればいくらクロロでも目が覚めるだろう。
気持ち良さそうに寝ている…ようにには見える…ので、起こすのは忍びない。

「う、抜け出せない」

諦めてぽすんっとクロロの身体に寄りかかる。
丁度クロロの足に挟まれるようにの身体がある。

あ、なんか、ぬくぬく。

寝るには毛布がなければ少し寒いかもしれないこの飛行船の中。
クロロの腕の中は温かくて丁度いい。
試験会場の地下からヌメーレ湿原をずっと走ってきた。
体が疲れているのだろう、ぬくぬくしているとだんだんと眠くなってくる。
自然と目が閉じてくるのが自分で分かった。

この試験には幻影旅団を憎んでいる”クラピカ”がいる。
できれば、試験終了まで問題が起こらないといいな…。

沈んでいく意識の中でそんなことをは考えていた。

「警戒心ゼロか」

そんな声が頭上から聞こえてきたような気がしたが、の意識はゆっくりと沈む。
完全に沈み込んでしまう前に、額に何か温かいものが触れた気がした。
気のせいだったといえば、それで済んでしまうほどにその時のの意識は半分以上深く沈みこんでいて、起きた時にはもう覚えていないだろう。

すぅとが寝息をたてるようになった頃、クロロはゆっくりと目を開ける。
すっかり寝入っているを見てくすりっと笑みを浮かべたのだった。