― 朧月 15




階段を上りきると、大きな湿原がそこにあった。
霧で先が見えない為どれだけ大きいのか判断がつかない。
”ヌメーレ湿原”、この湿原をう呼ぶ。
別名詐欺師のねぐら。
標的を騙し捕食する生物が多くいる為、そう名づけられた。

「説明はいいから、早く進んで欲しいです」
「でも、説明を聞いてないと何かあったとき大変だよ、
「それはそうなんですが…」

ゴンにそう言われはするものの、はちらりっとヒソカの方を見る。
勿論だがヒソカも余裕であの階段までをクリアしていた。
ふふっと怪しげな笑みを浮かべてこちらを見ている。
果たして誰を見ているのか分からないが、やっぱり嫌だ。

「そいつはウソをついている!!」

試験官であるサトツがヌメーレ湿原の説明をしていると、それを遮る声が響く。
よろりっと怪我をした男が出てきてサトツをびしりっと指す。

「そいつはニセ者だ!試験官じゃない!」

クロロがふいにしゃがみこんだので、は不思議に思ってクロロの方を見る。
今丁度、男が人面猿を手にしてサトツを偽者呼ばわりしている所だ。
何をするつもりなのだろうか。

「クロロさん?」

クロロは拾い上げた小石をひょいひょいっと片手でもてあそんでいたが、それをサトツを偽者呼ばわりした男に投げつける。
念がこもっていたように見えたのは見間違いではないだろう。

「人面猿は新鮮な人に………がっ!!」

男にクロロが投げた小石が見事命中してめり込む。
それに続くようにひゅっとトランプが男がつかんでいた人面猿にさくさくっと突き刺さる。

「下らない芝居は必要ないだろ」
「ボクもそれには同意だね♠」

受験者達がクロロとヒソカに視線を集める。

「本当の試験官なら”あの程度”の攻撃耐えられるだろうな」
「ホントにね♣時間の無駄は不愉快だよ♦」

くすくすっと笑うヒソカ。
ちらりっとヒソカを見たは、ばっちりヒソカと視線が合ってしまう。
ぞわりっと嫌な感じが背筋にはう。
思わずばっとクロロを盾にしてしまう。

、さっきと同様試験官の真後ろにいたほうがいいな」
「クロロさん?」
「ヒソカのヤツ、殺気がもれてる。恐らくこの霧にまぎれて殺る気だろうな」
「はい、絶対に巻き込まれたくありません」

サトツがヌメーレ湿原に向かって歩き始めた。

「ゴン君もキルア君も前の方にいたほうがいいよ!」
「うん、ありがとう!

はクロロと一緒にサトツの真後ろの位置まで走る。
ヒソカが怖いわけではないが、これはハンター試験だ。
試験に合格するのが目的であって、ヒソカに勝つのが目的ではない。
面倒ごとは避けるのが一番いいだろう。

「色んな方向から悲鳴が聞こえてきますね」
「騙されたんだろ」
「生物の気配って結構分かりやすいと思うんですけどね」

がそう思えるようになったのも、ミスティの修行の賜物だ。
目の前に試験官であるサトツがいるからいいものの、霧が大分濃くなってきた。
の言葉を聞いたからなのか、すぐ後ろにいたはずのゴンとキルアの姿が見えない。

「ゴン君とキルア君、スピード落としたんでしょうか?」

霧が濃い為、ほんの僅かな時間目を前から逸らしてしまうとすぐ離れてしまいそうになる。
とクロロはサトツとはあまり離れないようにペースを合わせている。

「気になるのか?」
「いえ、気になるというか…」

はぼぅっと前方を見ながら記憶を探る。
やはりゴンの雰囲気が物凄く懐かしい。

― ハンター裏試験?
― 師匠って呼ぶより朧月の方があんたらしい!
― 朧月って分かりやすいよな。
― その性格でその強さ、絶対に反則!
― ゲームを作ろうと思ってるんだ。

小さな少年の姿から大人になるまでの姿。
硬そうな黒髪の少年から青年まで。
大人になっても変わらないその少年のままの心。
それでいて強さを感じる。

― そろそろ”君”付けやめてくれよ。

苦笑しながら言ったのは、弟子ができたと言った頃だっただろうか。

そう、朧月はあの子のことをこう呼んでいた。
”ジン君”って…。

『俺にとっては”ジン君”はいつまでも子供で弟子だよ』

確か朧月がダブルハンターの認定を受けた時、裏試験の試験官になるように言われた。
その時のハンター試験合格者はジン君1人だけだった。
ジン・フリークス君。
…………ゴン君のお父さんなんだよねぇ。

思わず遠い目をしてしまう。
朧月の年齢を考えれば、ゴンの父親の師匠になっていてもなんら問題はないだろう。
恐らくハンター協会会長のネテロよりも年上だろうから。

、そろそろ着くぞ」
「は、え?もう?」

ぐるぐる考え事をしているうちに、大きな森と体育館のような建物が見えてきた。
サトツにぴったりついてきた集団が一番乗りになる。
合格者の殆どはこの集団の人達だろう。

「わ、ほんとだ。いつの間に」
「何を考えていたんだ?」
「いえ、大したことじゃ…」


はぁっとクロロは巨大なため息をつく。
クロロは右手の人差し指をちょいちょいっと動かしてを呼ぶ。
は首を傾げながらも、ひょいっとクロロに近づく。
警戒心は全くゼロだ。

はオレの言ったこと覚えているか?」
「クロロさんの言ったことですか?えっと…」

ハンター試験が始まってからクロロに言われた事を思い浮かべる
色々言われたような気がするがどれだろう。

「何か全然別のこと思い浮かべてるだろ」
「え?ハンター試験に入ってから言った事じゃないんですか?」

それより前は何かあっただろうか…と記憶を探ってみる。
が考えているとごつんっと額に何かが当たる。
目を動かしてみれば、クロロが自分の額をの額に当てているようだ。

「クロロさん?」

何がしたいんだろ?この人…。

不思議そうな顔をしているの頬を挟むように両手を添えてくるクロロ。
そのままぐいっと顎を持ち上げられる。

「っ?!!」

額と額が合わさっているのだから、の顎が持ち上がればくっつくのは口である。
ちなみにここは第一次試験のハンター受験者が集まっている場所であり、二次試験会場のまん前だ。
人はかなりの数、およそ150人ほどいるのである。

ちょ、ちょっとまっ…!

心の中で叫ぶだが、しがみつくようにクロロの服を握るだけである。
合わさった唇感覚に驚いただけだったのが、舌を感じてびくっとなる。

「…ん」

合わさった唇の隙間から声が漏れてしまう。
周囲の視線だとか、今がどんな状況など考えられなくなってしまう。
の頭の中は真っ白である。
どのくらいの時間が経ったのか分からないが、唇が開放される。
クロロの顔が見える位置まで離れて、ははっとする。
起こった事を意識して顔が一気に真っ赤に染まる。

「突然、何するんですか?!」
が悪い」

の言葉にクロロはしれっと返す。
返された言葉の意味が一瞬よく分からず顔を顰めるが、何故自分が悪いのか。

「何で?!」
「オレの言った事覚えているか?」

自分にも責任があるかもしれないので、クロロの言葉をさかのぼって考えてみる。
ハンター試験で気をつけるように言われた事、ミスティに頼んで勝手にハンター試験に申し込んでしまった事。
それから、それから…。

「他の男のこと考えられるのは気分良くないんだ」
「他…?」

そう言えば、口説くとかなんとかそんなような事言われていたけど…。
だ、だって、クロロさん全然態度変わらないしっ!
でも、他の男って…。

「ゴン君とキルア君は子供でしょ?!」
「それでも気に入らないものは気に入らない」
「む、そんなの子供の我侭ですよ!」
「子供の我侭で結構。嫌なものは嫌なんだ」

むっとしながらクロロを見る

「大体全然意識してないが悪い」
「そんな事言われても、クロロさんいつもと全然変わらなかったじゃないですか!」
「所構わず迫っていいのか?」
「だ、だめです…」

嫌ではないし、クロロのことは好きではあるとは思う
だが、生まれ育った世界を捨てるほど好きかと聞かれれば、答えはノーである。
そこまでの気持ちはない。

「ねぇ、ちょっと」

向かい合ったままのとクロロにかけられた声は女の声。
随分と露出度が高い格好のお姉さんは、くいっと親指で森の方を指す。

「二次試験始まってるわよ。ちなみに試験内容は料理で豚の丸焼きね。不合格が嫌なら痴話喧嘩は後にしておきなさい」

ハタと気づけば確かに他の受験者達がまわりにいない。
他の受験者達は豚を取りに森に向かってしまったようだ。
このお姉さんは恐らく試験官なのだろう。
建物の扉はいつの間にか開いて、体格が物凄くいい男がどっしりと座っているのが見える。
彼も試験官のはずだ。

「痴話喧嘩じゃありません!」
「どこをどう見ても痴話喧嘩だったわよ。どうでもいいけど不合格でいいの?」

不合格でも構わないが、痴話喧嘩もどきをしていて不合格というのはなんとなく嫌だ。
はぐいっとクロロの腕をひっぱる。

「行きましょう、クロロさん!とにかく今は二次試験です!」

にひっぱられるがままのクロロは、ため息をつく。
果たしてはクロロが言いたかった事がわかったのか。
ずんずんっとクロロの腕を引っ張って森に入っていく



クロロが名前を呼べば、はびくっと反応する。
流石にあんな事があったばかりでは意識しないわけにはいかない。

「努力はします」
?」

はぴたりっと足を止め、クロロの方を振り返る。

「色々努力はしてみますけど、私にも事情があるのでやっぱり考えを制限されるのは嫌です」

朧月のことがあり、元の世界のこともある。
そのことで考え込んでしまうのは仕方ないだろう。

「構わないさ。その度にオレの方に意識を向けさせるだけだから」
「で、できれば公衆の面前はやめてくださいっ!」
「人がいない所ならいいんだ」

かぁっとの顔が赤くなる。
肯定したいわけではないが、思いっきり否定するもの失礼な気がしたので、ふいっと顔を背けては歩き出す。

「そんなことより豚を探しましょう!」

森の中をざくざくっと再び歩き出す。
赤い顔をそのままに、は試験合格の為の豚の探索を開始した。
クロロが後ろでくすくす笑っているのが分かった。