― 朧月 07




目的地は大海の中である。
念能力ですぱんっと移動してもいいのだが、今回は船を使った。
モーター突きの小さな小船。

何かあったら念で移動すればいいかな。

モーターで進む小船の上ではそんな事を考えていた。
の念能力は”空間を創る賢者の杖”の杖の他にもいくつかある。
空間を操る事のできるものを具現化する。
それがの主な能力だ。
水見式では、水の中に石のようなものが具現化され空気が震えた。
この場合、特質系なのかもしれないのだが、具現化系の系統の方が強くでたので具現化系なのだろう。

この世界に来た時って、多分無意識に何か具現化していたのかな。

ミスティは能力の暴走と言っていた。
もしさしたら、元いた学校までの小道にが具現化した何かがまだ残っているかもしれないし、もう消えてしまっているかもしれない。

こっちの世界に来た時に具現化したものが何かが分かれば、元の世界に戻る方法にも近づくと思うんだけどな。

「クロロさん、このあたりだと思います」

一面海が広がる中、はクロロに声をかける。
地図から距離を算出して、この船の速度を考えて計算した所、丁度この今くらいの時間が経てば目的の場所に着くはずだ。
目印もなにもない海の上。
本当にここがリーディスの候補地なのだろうか。

「ここを候補とした理由はなんだった?」
「今でもたまに不思議な影が見えるそうなんです。あとは、昔の日記ですね」
「日記?」
「リーディスの管理人の知り合いが書いたと思われる日記です」
「そんなものがあるのか」

それを手に入れたのは朧月だ。
朧月も随分昔に偶然手に入れただけらしい。
まぁ、500年以上生きているのならば、600年前に存在したというリーディス関係のものを持っていてもおかしくないだろう。

「『”大陸”から船でしばらく行くとそこにある』という記述がありまして、その大陸がどこなのか大陸がどの大陸なのか分からないのですが、大陸から少し離れた海の上で不思議な現象が起こるところピックアップしてみたんです」
「中でもその現象の原因が未解決なものがあの3箇所か」
「はい」
「現象が起こる条件は何かあるのか?」
「う〜ん…。あまりはっきりしないんですよね。人なのか、天気なのか、日なのか…」

目撃した人には共通点は見られなかった。
ならば他の状況かもしれないのだが、やミスティが得られなかった共通点が何かあったかもしれない。

ゆらり…

ふっと顔を上げてみれば前方で空気が揺らいだ。

「クロロさん!」

は揺らぎの方を指差す。
クロロも気づいたようで、船をゆっくりとそちらへ近づける。
揺らぎに近づいた時点で船が自動的に止まる。

「具現化された念か…」

クロロの言葉にも心の中で同意する。
かなり強い念を感じる。
念を覚えたて程度の使い手では感覚がマヒして気づかないかもしれない。
それほどまでに強い念だ。

、しばらく目をつむっていた方がいい」
「へ?あ、はい!」

目が潰れるほどの光でも放つつもりなのだろうか。
どうやってここを突破するのかちょっと気になるが、クロロの雰囲気がふっと変わったので覗こうとは思わなかった。

なんか、感じる雰囲気が一気に変わった気がする。
普通の人の良さそうな好青年から、冷たさを帯びた気配。
改めて幻影旅団の団長なんだなって実感するなぁ…。

はものすごく呑気なことを考えていた。
警戒心の欠片もない。

「周囲の雰囲気が変わった…?」

目をつむっていても分かるほどに周囲の雰囲気の違いを肌で感じる。
そっと目を開けてみると目の前は海ではなかった。
見上げるほど高い建物と入り口。

「相当な使い手だな。これだけのことをするとはかなり興味深い」

すでに船を下りて、その地に足を下ろしているクロロは建物を眺めがている。
もそっと船を下りる。
足をつける床はちゃんと感触があるが、これが念で具現化されたものであることはなんとなく分かる。

すごい。
この建物、全部念ででてきる…。

同じ具現化能力者なのだろうが、ここまでの事はにはまだできない。
しかもここがリーディスならば、作られて600年以上は経つ。

、一緒に来るか?」
「え?あ、はい」

クロロの雰囲気は少し冷たさを帯びたもののままだ。
は慌ててクロロの方に近づく。
建物は大きな門があり、そして次に大きな扉が構えてある。
その扉は閉じられており、どうやって開くのか分からない。
クロロがその扉に手をかけて押してみるが、ビクともしない。

「物理的なものではなくて、何か条件があるのかもしれませんね」
「条件か」

じっと扉を見つめるとクロロの前に、突然ぴょこんっと小さな子供のような映像が現われる。

『ようこそ、リーディスへ、お客さん!』

ふわふわっと浮いているこの映像も念のように見える。
物凄い凝っている念だ。

『久しぶりのお客さん!でも、”図書館”まではちょっと危険だから気をつけて!質問があれば今聞くよ!』

は思わずその映像をじっと見てしまう。
すごいな〜と思いつつ、どうなっているのか気になる。
言葉を話す念は初めてではない。
思いっきり自我のある念であるミスティがいるので驚きはしないが、純粋にすごいと思う。

『質問がないみたいだから、どうぞ中へ!お兄さんの方は右へ、お姉さんの方は左に行ってね!』
「道が分かれるのか?」
『悪い人を中にいれないためにテストがあるの!訪問者のレベルに合わせてのテストだから、お兄さんとお姉さんは別の道!』
「なるほどな」

ぎぎぎ…と音を立てて扉が開く。
扉の先は真っ白い空間が広がっていたが、ぱぁっと道が二本現われ、二本の道の先にさらに人1人通れる程度の扉がひとつ。

『お客さんを2名、リーディステストにご案内!』

クロロは右の道へは左の道へ向かう。

「ひとつ聞いていいか?」
『ご質問?どうぞ!』
「もしオレが右の道に素直に進まない場合はどうなる?」
『この道は訪問者のレベルに合わせた道。正しい道を進まない人は強制退去!正しい道でなければ進めません!』

はもう扉の前に立っていた。
クロロの方を見るが、クロロも扉の方へと歩き出している。
がクロロを見ていると分かると、クロロは小さく笑みを浮かべた。

とりあえず行こう。

がちゃりっと扉を開けて足を踏み出す。
その先の空間はやはり真っ白。

…ぱたん

後ろで自動的に扉が閉まる音がした。
扉が閉まると同時に扉も消える。
はそこから動こうとしなかった。

ここは地図上では海。
だから海の上には違いない。

かつんっと足元を確認してみれば床の音と感触。

「ちょっと反則かもしれないけど…」

は念能力を発動させる。
クロロがいないから平気だろう。

「駆け抜ける凪の刀(クラム・ライド)」

の右手に具現化されたのは1本の青白い色の刃をした刀。

『わ、お姉さん、念能力者だったの?!』

先ほどの映像の子がぴょこんっと出てくる。
はにっこりと笑みを浮かべる。

「うん、ごめんね。ちょっと面倒だから短縮させてもらうよ」
『え?』

はざんっと刀を振り下げた。

―ツキィン

目の前には何もないはずだ。
白い空間がただただ広がっているだけ。

「ここは念能力者が作った空間。心無い訪問者をはじく為の空間でしょう?」
『……』
「ここでテストをして、管理人に認められない人ははじかれるか…もしくは消される。こんな空間があるんじゃ念能力者じゃないとたどり着くのは難しいよね。だから、リーディスは幻って言われてた」

こんなテスト空間があるんじゃ、はじかれるのは当たり前。
たどり着けなければここは違うと思う人もいただろう。
たどり着く人が少なければ、噂程度にしか話は広がらない。
しかも何か宝石があるわけでもなくただの本だ。
血眼になって探す人は少ないだろう。

『お姉さん、何者?』
「私はただの読書好きの普通の一般人だよ」
『一般人は念なんて使えないよ!』
「えっと、じゃあ、念が使える一般人」
『念が使える時点で一般人じゃないよ!』
「う……」

ぱきぱきっと音を立てて、白い空間がガラスのように割れていく。

『お姉さん、その能力は反則過ぎ…』
「そっかな?普通の何でも切れる万能刀なだけだよ?」
『万能な所でもう普通じゃないよ!』
「ええ?!でも、料理とかするときにも便利だよ?大きさだって結構自由に変えられるし!」
『お姉さん、絶対に変!』

の持っている念能力はいくつかあるが、せっかく覚えたのに使わないのは勿体無いとは自分でも思うのだ。
だから、使えそうな能力は日常生活できちんと利用していたりする。
同居しているミスティも何も言わないし、普段使っていた方が何かあったときにも使いやすいだろうという事で何か言う人が誰もいないのだ。

『もう…、お姉さんみたいな訪問者は初めてだよ』
「そう?」
『とにかくっ!反則的でもテストを通ったのは事実だからね!』

その映像の子はくるくるっとを歓迎するかのようにまわる。

『ようこそ、リーディスへ!お客様のお名前をどうぞ!』

白い空間が割れたそこには、本棚が永遠に続くかのように並んでいた。
独特の本の匂い。
そう、あの白い空間が存在しているのはリーディスの中だ。
空間を出る事ができればリーディスに行ける。

「私の名前は。ね、あなたは?」
『はい、さんですね。登録完了!』

ぴっとどこかで音がした。

『ボクはダイス。リーディスの守護担当をしています!他にも書物管理のリイス、建造物管理のロウダがいます!』

ダイスがごそごそっと何かをさぐって、ひょいっとソレをに渡す。
受け取ったそれは小さな指輪だった。
銀色の細い指輪。

『その指輪がこのリーディスの通行証明になります!今度こちらに来る際にさんがそれをもっていれば、テストなく通行する事が可能です!』

指にはめようと思ったが、なくしそうなのでポケットにしまう。
後で丈夫なチェーンでも買って首に下げておこうと思う。

「ダイス、クロロさんは?」
『お兄さんの方ですか?多分、あの様子だとあと少しで来られると思います!ものすごい怖い方ですね、あのお兄さん』
「うん、多分本性はものすごく怖い人なんだと思う」

できれば猫かぶり状態で交友関係を続けたいな〜と思うんだけど…。

ちらっとは本棚がない空間を見る。
すぐ向こうには白い空間に入る前にくぐった扉が見える。
クロロが来るとしたらこちらの方向からだろう。

―キシンッ

何かきしむような音が響いたと同時に、ぱきんっと空間が割れる。
隙間のようなものができて、そこからひょっこり出てきたのはやはりクロロだ。
ただ、傷は少なそうに見えるものの、結構ボロボロの状態だった。




  


― 駆け抜ける凪の刀 クラム・ライド
具現化された青白い刀。
一般的に大きさは普通の刀だが、小刀程度に大きさを変える事が可能。
キャベツの千切りから、空間迄大抵のものは切る事が可能である。
”切る”というよりも、正確には空間に干渉して対象を引き裂く。
その為、普通の刀とは違い、”切る”ことしかできず、刺したりすることは無理。
あまり使い道がないようで、普段は料理に使用。