― 朧月 04




『朧月』だが、はじめたばかりだが数だけはかなりある。
だが、普通の一般的な創作小説ならともかく、神話の類はやはり高価な本なのでなかなか集まらない。
最初はびくびくしていたものの、殺し屋など向けられる事もなく、のんびりと平和で本に囲まれた生活が始まっている。
ものすごく平和で、としてはとても嬉しい。

趣味の本屋だからこそ、何をおいても構わないだろうと思い、せっかく書店をやっているので、異世界に関する記述の本を集めだした。
念能力を完全にコントロールできれば元の世界に帰ることは可能だろうが、他にそういう人がいなかったのかが気になったのだ。

ま、時間は適当にある事だし。

ミスティが実戦は大切だ!と言って、適当に本とは関係ない依頼もたまにもらってきたりするのだが、それはそれで適当にやり過ごしている。
シルバに比べれば、大層楽な相手ばかりだった。
そう思うあたり、ミスティの感覚と同じようなものになりつつあるかもしれないだ。


「あ、これとこれも欲しいかも」

ひょいひょいっと、とある町の大きめの本屋にはいた。
元々本は結構好きなほうなので、そう離れていない町に色々行っては欲しい本を購入してきたりする。
ネットを使うという手段もあるが、やっぱり自分の手で実物を手にとって買いたいのだ。
そのあたりは個人の拘りである。
ちなみに、ミスティは書店で店番をしている。

でも、やっぱり異世界に関する記述の本なんてないよね〜。

古書店を漁る方が早いかもしれないのだ。
そうと決まれば、欲しいと思った本を買うために清算に向かう。
この町には大きめの本屋の他に、古書店もあったはずだ。
レジにひょこひょこっと向かう途中、どんっと誰かにぶつかってしまう。
本を抱えた時のは、比較的気分が良いので周囲の気配にものすごく鈍い。
戦闘となれば、ミスティに叩き込まれた感覚が働き、少しの気配でも捉える事ができるのだが、戦闘時とそれ以外のギャップが激しすぎる。

「す、すみません…!」
「いや、オレも前を見ていなかったらごめんね」

にこりっと笑うのは笑顔が似合う好青年だった。
ぶつかった相手が優しそうな人でよかった、とほっとする
そのまま本を清算して、お目当ての古書店に向かう。
しかし、先ほどぶつかった青年が後についてくるのだ。
気のせいかと思っていたが、道を曲がっても同じ方向についてくる。

もしや、好青年と見せかけて人目のない所で文句でも言う気とか?!

ちらっと後ろを見てみれば、青年はを気にしている様子は全くない。

気のせいかな。
ただ、単に方向が同じだけ…?
あ、古書店あった。

ひょいっと古書店に入っていく
後ろにいた青年も同じように続く。
後をついてきたような青年をぱっと振り返ると、目がばっちり合ってしまう。

「目的地が一緒だったみたいだな」

くすりっと苦笑していた。
もしかしたら青年もおかしいと思っていたのかもしれない。

「古書が好きなんですか?」
「読むのも好きだけど、匂いがね」
「あ、なんとなくわかります。創作小説とか神話とか読むのも面白いんですけど、古書特有の匂いが物凄く落ち着くんですよね」

同じ趣味の人かもしれないと思うと、思わず表情が緩んでしまう。
青年はの言葉に同意するように笑みを返した。
この世界に来てから、町の人と挨拶くらいはすることもあったし、世間話をすることもあった。
だが、友人と呼べる人はまだいない。
同じ趣味の人ならば友人になれるかも…と、ちょっと期待を込めては青年に大して話を続行する。

「どんな本が好きなんですか?」
「どれってのはないかな。面白そうだと思ったものは何でも読むよ。君は?」
「私は神話とか創作小説とか好きなんです」
「神話ならお勧めは『海底神話』かな、読んだ事ある?」
「あ、それ探しているんですよ!結構古い本みたいで、古書店巡れば見つけられるかな〜って思っているんです」
「オレ持っているけど、貸そうか?」
「え?」

ぱっと一瞬の顔が輝く。
だが、少し考える様子を見せて、ゆっくりと首を横に振る。

「その申し出はすごぉーく、すごぉぉ〜く魅力的なんですけど、やっぱり欲しい本は借りるよりも自分のものにしたいというか」

の言葉に青年は苦笑する。

「その気持ちは分かるよ。欲しいものは自分の手に置きたいよね」
「そうなんです!」

ぐっと拳を握って力説する。
読書好きなの妙なこだわりである。
ミスティが持ってくるお仕事のおかげで懐の潤いはかなりのものだ。
欲しいものならば多少値が張っても手に入れたい。

「ここの古書店にあれば一番嬉しいんですけどね」

独特の匂いのする店の中をゆっくり見回りはじめる。

「それなら、見かけたら連絡しようか?」
「へ…?」

古書を見回していたの視線が青年の方に向く。
相変わらず人好きしそうな笑みを浮かべたままの青年。

「ケータイを持っているなら連絡先を教えてくれれば『海底神話』を見かけたら連絡するよ」
「え?え?」
「初対面のオレのような怪しい男を信用するならば、だけどね」

ぱぁっとの顔が輝く。
は感情がものすごく表に出やすい。
思っていることがとても分かりやすいのだ。

「本当にいいんですか?」
「君が良ければだけどね」
「はい、是非!」

はポケットの中に入っているケータイを取り出す。
『朧月』を開店させて町を色々出歩くようになってから、ミスティにケータイをもたされた。
ケータイがなくてもミスティはの居場所など分かるだろうが念のためと言われたのだ。
最低限の通話機能のみのシンプルなものだ。
ただ、全世界で使えて圏外は殆どないという通話にはもっていこいのケータイ。

「えっと…、これが私の番号になります」

ぴぴっとケータイを操作して、自分の番号を見せる
欲しいと思っていた本が手に入るかもしれないと浮かれている為、警戒心はゼロだ。

「オレの番号はこっちね」
「あ、はい。…って、お名前はなんて言うんですか?」

登録しようにも、親切な青年ではまずいだろう。
そう言えば自己紹介も全くしていないし、も名乗ってもいない。
それに気づき、は軽く頭を下げた。

「すみません。教えてもらうのに、私の方から名乗るべきですよね。私はといいます」
「オレの名前はクロロ。よろしく」
「はい、クロロさんですね」

…あれ?
どこかで聞いたことあるような、でもあまり思い出さない方がいいような名前のような…。

とりあえず気にしないで番号の登録を済ます。

はどこに住んでいるんだ?見つけてもあまり遠いところじゃまずいだろう?」
「え?住居ですか?一応隣町なんですけど、店を閉めればどこでも行けますよ」
「店?」
「趣味で小さな書店を開いているんです」
「へぇ、今度行ってみようかな」
「え?いや、そんな種類ないですし、自己満足の世界なのでそのあたりにあるような本しかないですよ?!」

慌てたようにぱたぱたっと目の前で大きく手を振る。
読書が趣味のような人が来るほど立派なものが置いてあるわけでもない。

「それよりも私は噂で聞いた、古い本も全てそろっている図書館を見てみたいです」
「ああ、リーディス?」
「はい、それです!古の図書館リーディス!今ちょっとずつ情報集めているんですけど、なかなか場所が特定できないんですよね」

古の図書館リーディスは、600年程前に存在していた世界中の全ての本が揃っていると言われている図書館であり、その存在していた本は今でもその図書館に眠っている。
ミスティの情報によると、世界に一冊しか存在しないような本は写本しか置いていないようだが、写本の内容は全く同じなので読書好きにはたまらない場所。
ただ、念の能力者が管理していたようで一般人が近づけるような所にないし、入れるようなものではなかったらしいとの事。

「情報なんて集まるんだ?」
「知り合いがそういうの集めるの得意なんです」

ミスティのことなのだが、本人がここにいれば”知り合いなんて酷いです!”と抗議する事だろう。

「その情報、オレにも教えてくれる事はできる?」
「はい、いいですよ」

あっさりと頷く
別に独り占めなどするつもりはないし、それだけ素晴らしい本が揃っている図書館があるのならば、本を読むのが大好きな人とは共有したい。
読書大好きな人ならば、儲けるために使わないと思うからこそあっさり頷ける。

それに念能力者が管理していたって事は、なにかしらの対策がしてあるだろうし、600年も経った今も見つけられないってことは、その念能力者の能力がそれだけ優秀だったのかもしれないし。

始終ニコニコしながら、はその青年クロロと古書店で話をして別れた。
話が弾む人と一緒にいるのは嬉しいものである。
登録している件数が限りなく少ないケータイを小さなバッグに入れて、は『朧月』へと帰る道を進み始めた。

「すぐ近くで盗賊が出たらしいよ」
「物騒だねぇ…」
「あの大きな屋敷の『暁の涙』って宝石が盗まれたってさ」
「そこはかなり厳重な警備体制だったはずだぜ」
「いや、相手はA級首だったらしいからな」

町の噂話が耳に入る。
盗賊団など物騒だな〜と思っていたはふと思い出す。
盗賊団といえば、あの話にも盗賊団が出てきたのだ。

そうそう、確かA級首の盗賊団の名前が幻影旅団で、確か団長が……。

ぽとりっと小さなバッグを思わず落としてしまう
道の真ん中で突っ立ってバッグを落として呆然としているを、いぶかしんで見る人も数人ほどいたが、そんなことはどうでもよかった。
は慌ててケータイを取り出す。
ぴぴっと操作した画面には、確かに先ほどのクロロの名前。

幻影旅団の団長ーー?!
って、いくらなんでも、なんで気づかなかったんだ、私?!

はその場でしばらく頭を抱える羽目になったのだった。
相手に自分がそれを知っている事を悟られなかったのは何よりのことだったかもしれない。
普段から念使いだと分からないように振舞っている自分を、この時は物凄く褒めたい気分になった。




― 町の外れの小さなホテルの中、噂の彼らがいた。
ホテルと言ってもそう豪華な所ではなく、寝れる場所があるだけマシだという程度の所。
めったに人来ず、大抵が後ろめたい事がある者ばかりが来るだけだろう。
だが、今ここはしんっとしていて、彼ら以外は誰もいない。

「あれ?団長、もしかして機嫌がいい?」

いつもとは違うように見えるクロロの雰囲気に気づいた者がいた。

「そうかもな。見ていると面白いモノを見つけたからかもしれないな」
「面白いモノ?でも、盗ってこなかったんだ」
「欲しいとは思えなかったからな、欲しくなったら盗りにいくさ」

手に入れたいとまでは思わなかったが、飽きない程度に面白いと思えたモノ。
ほんの少しだけ興味を覚えたモノ。
それを盗る前に飽きるか、飽きずに盗ることになるかそれはまだ分からない。