黄金の監視者 45




はシュナイゼルと一緒に高等部のクラブハウスへと来ていた。
ロイドに投げたサングラスはきちんとかけなおし、はクラブハウスへと入っていく。
シュナイゼルにはとっとと帰ってもらいくらいだったが、一応この人はの見張りのようなものなのだ。
決して弟と一緒にいたいからなどという理由でついてきたのだとは思いたくない。

「ルルーシュとナナリーはここに住んでいるんだろう?」
「そうですよ」
「何故はゲットーに住んでいるんだい?」

は思わず立ち止まってじろっとシュナイゼルを見る。
そのくらいこの人ならば分かるだろうに、わざわざ聞いてくるのか。

「兄上と僕が似すぎているからですよ!」
「兄弟だからね」

さらっと返されてしまう。

「分かっている事を聞かないで下さい」
「分かっていても聞きたいと思うこともあるんだよ」
「あのですね…」

はぁと大きなため息をつく
兄との会話というのはとても疲れるものであると、最近再会してから気付いた。
相手が何を考えているのか、には分からないので余計にだろう。
何を考えていても、この態度が変わるわけではないが精神的には楽になる。

?」

シュナイゼルではない声にははっとなる。
気配は感じなかったが、声の方を見れば車椅子に乗ったナナリーがゆっくりと近づいてくるのが見えた。

「ナナリー!」
「お久しぶりです、

ぱあっとの顔が輝く。

「学校を辞められてから会えなくなると思っていて、寂しかったのですが時間ができたのですね」
「え、あ…えっと…」

うん、と言えずに正直な反応を返すのがらしい所である。
ナナリーはが黒の騎士団にいて、現在スザクと交換されているような状況とは知らないはずである。

「私が会いたいと無理を言ってに案内してもらったんだよ、ナナリー」

にこりっと穏やかな笑みを浮かべてシュナイゼルが説明をする。
ナナリーはその声に再び驚いた表情を浮かべた。
学園祭で思わぬ再会をしたものの、また会うとは思っていなかったのだろう。
それはそうだ、普通はシュナイゼルはこんな所にこない。

「シュナイゼル、お兄様…?」
「大学部の方にいる友人に用があったんだけどね、にナナリーとルルーシュがここにいると聞いていたから案内をしてもらったんだ」

すらすらと嘘が出てくるのがすごいと思う。
には絶対にできない。

「ふふ、とシュナイゼルお兄様、仲良くしているのですね」
「え…」

ひくりっと顔を引きつらせるとは反対に、シュナイゼルは笑みを浮かべたまま。

「実はこの間も一緒にお茶を飲んでくれたんだよ」

(兄上、それはユフィとコーネリア殿下もいた時の事ですか?)

自分が口を挟めば、迂闊な事を口に出してしまいまねない。
そうしたらシュナイゼルの嘘がナナリーに分かってしまうかもしれない。
こういう時、は自分があまりしゃべらないほうがいい事を自覚はしている。

「それなら、今度は私もご一緒させてもらっても構いませんか?」
「勿論だよ、ナナリー。自然豊かな場所へと招待するよ」
「楽しみにしています、シュナイゼルお兄様」

ナナリーは本気で言っているわけではないだろう。
それが無理な立場であることは分かっている。
社交辞令ようなものだ、きっと。

「シュナイゼルお兄様は何か私にお話があるのですか?」
「そうだね、普段どう生活しているのかを聞かせてもらってもいいかい?」
「はい、喜んで」

にこりっと笑みを浮かべるナナリー。
ふんわりと優しい雰囲気をまとっているナナリーであることには変わりはないが、は少し驚いていた。
ナナリーが箱入りのお姫様とは違うことは分かっているつもりだった。
けれど、ナナリーはが思っているよりもずっと強かなのかもしれない。

(兄上に引けをとってないところがすごいよ、ナナリー)

ナナリーが車椅子に乗りながら案内する所をついていく。
何年もここに住んでいるからか、人がいなくてもナナリーはクラブハウスの中でならば自由に動く。
目が不自由な分、音で色々判断するらしいとの事。



案内されたのは小さな一室。
いつもナナリーとルルーシュが食事を取っている部屋だ。
咲世子がとシュナイゼルの姿に気付いてお茶を入れてくれた。
ほんのりと紅茶の香りが部屋の中に広がる。
ナナリーは他愛のない話をシュナイゼルにゆっくりと話し、シュナイゼルはそれを嬉しそうに聞く。

「とても静かに暮らしているんだね、君たちは」

紅茶を飲む姿すら優雅に思えるその姿。
シュナイゼルはにこりっと優しい笑みを崩さない。

「こんな、穏やかな時間はとても久しぶりだよ」
「お忙しいのですね、シュナイゼルお兄様は」
「そうだね、ルルーシュが私に手を貸してくれれば、忙しさも半減すると思うんだけどね」
「駄目ですよ、シュナイゼルお兄様」

くすくすっと笑うナナリー。
さわりっと優しい風が窓から入ってくる。
微笑むシュナイゼルと笑うナナリー、そしてその場にルルーシュがいればは昔の光景を思い出したかもしれない。
アリエスの離宮でが何度も”視た”事がある光景。

「また、ルルーシュともチェスをしたいね」
「お兄様はとても強くなりましたら、今ならシュナイゼルお兄様に勝ってしまうかもしれませんよ?」
「それは楽しみだ。今度勝負をしてみようかな」

昔を思い出すこの光景はとても穏やかで、黒の騎士団の存在やブリタニアの存在などまるで嘘のように思えてきてしまう。

「チェスなんて出来る時間あるんですか?兄上」
「大丈夫だよ、時間は作ろうと思えばいくらでも作れるよ」
「EUとか中華連邦とか放っておいていいんですか?」
「私1人で全ての外交をやっている訳ではないから平気だよ」

決断を下すのはシュナイゼルかもしれないが、手足となって動く部下は多数いる。
それも信用できる部下なのだろう。

「ああ、そうだ。コーネリアが今度手合わせをお願いしたいようだったよ」
「ナイトメアとかじゃないですよね?」
「流石にそれはないよ」
「けど、僕の立場とコーネリア殿下の立場を考えると無理っぽいですけどね…」
「コーネリアは”勝ち逃げは卑怯だ”と言っていたよ?私には何のことだか分からないけどね」

にっこりと深く笑みを浮かべる。
はぐ…とその言葉に何も言い返せなくなる。
勝ちっぱなしでがブリタニア軍を去ったのは事実。
確かに今の状況では手合わせをすることなど難しいだろうが、いずれ機会があれば相手をしなければならない気がしてくる。
ととしては今のブリタニア皇族とはあまり係わり合いになりたくないのだが、そうもいかないかもしれない。

は昔、コーネリアお姉様との手合わせとても楽しそうにしていましたよね」
「そうなのかい?」
「兄弟の中でも、手合わせをしてくれる武道派の方がコーネリアお姉様くらいだったでしょう?だから、がとても楽しそうにしているのが分かるってお兄様が昔言っていましたから」
「ルルーシュ義兄上…」

は悟すぎるルルーシュに思わずため息がでる。
あの頃はまだ幼かったはずなのに、確かにの感情が分かりやすいとは言ってもそう簡単に、感情がバレてしまっていたとは思わなかった。
とて曲がりなりにも皇族、その皇族相手に本気で挑んでくれる人は少なく、更に実力が違うのに手加減すらもしなかったのは、師匠とコーネリアくらいだったのだ。
だから、は師匠とコーネリアとの手合わせは結構好きだったと記憶している。

「僕の考えって、ルルーシュ義兄上には筒抜けのような気がする」
「お兄様はの事を昔からとても気に入っていましたから、よく見ているんですよ」
「気にいっているの…かなぁ?」
「気にいっていなければ、ルルーシュは自分に近づくことを許さないだろう?」

とルルーシュの付き合いはとても長い。
ナナリーとの付き合いも長いのだが、きっと一緒にいる時間はルルーシュの方が多かったかもしれない。
ルルーシュはを警戒するように見たのは、初対面の時と、そして日本での再会の時の2度だけだ。
それ以外は警戒をされていないということは、やはり気に入られているのは本当なのだろう。

「昔からずっと疑問だったんだけれども、はどうしてナナリーとルルーシュが大好きなんだい?」
「そんなの兄上に関係ないじゃないですか」
「そんな寂しいことを言わないで欲しいよ」
「別に兄上にとったら、大した理由じゃないですよ」

ナナリーが大好きなのは、ナナリーがに笑顔を視せてくれたから。
ルルーシュが大好きなのは、ナナリーの兄でありを受け入れてくれたから。

「けれど、私はの事をあまりよく知らないからね」
「兄上が僕の事をよく知っているとか言ったら、反対に怖いですよ」
「始終観察されているかもしれないと思って、かい?」
「そんな無意味なことしていないと思っていますけどね」

のんびりと話をしていると、ふと気配がこの部屋に近づいてくることには気付いた。
この中で一番気配を感じ取るのがうまいのは恐らくだ。
そして次にシュナイゼルとナナリーが同時に気付く。
ナナリーが予想以上に気配に敏感なのは目が見えないせいだろう。

「誰か来るみたいだけど、ルルーシュ義兄上かな?」
「1人ではないようだね」
「スザクさんかもしれませんよ」
「は?」

ナナリーの言葉にきょとんっとする
がここにいるのもおかしいが、スザクがアッシュフォード学園にいるのも十分おかしい。
双方共に敵軍に捕まっているはずなのだから。

(あ、でもこの気配…)

近づいてくる気配で誰の気配かがなんとなく分かる。
小さな話し声も聞こえてくる。
その声は2人分だ。

「お兄様、今日もスザクさんと一緒なのですね」

近づいてくる声で分かったのか、気配で分かったのかは知らないが、部屋の中に入ってきた”彼ら”にナナリーがにこりっと笑みを浮かべて声をかける。
同時に、部屋に入ってきた”彼ら”はとシュナイゼルの姿を見て2人ともぴたりっと動きを止めて固まった。

「お邪魔しているよ、ルルーシュ」

何事もなかったかのようににこりっと笑みを浮かべているシュナイゼル。
落ち着き払った実兄の態度に、は盛大に頭を抱えたくなる。

(タイミング悪すぎっ!)

ナナリーが驚いていないのは分かるが、シュナイゼルが落ち着きすぎているのが、はなんとなく気に入らない。
この状況は明らかにおかしいのだ。
一瞬でもいいから驚いて欲しいとちょっと思ってしまったりしている。

「えー…と、久しぶり?」

とりあえずにこりっと無理やり笑みを浮かべて挨拶をしてみる。

?!」

声を上げたのはスザクだけだった。
ルルーシュは流石というか取り乱すことはない。
内心かなり混乱しているだろうが。

「何でここに…」
「それはこっちも聞きたいよ」

どうして学園に普通に通っているのだろうか。
しかも制服を着ているということは、授業も普通に受けてきたのだろう。
ゼロの事だから、そうやすやすと逃がすこともしないだろうし、スザクの性格からしてユーフェミアの指示なしに動くこともしないだろう。
だから、大丈夫だと思われたのか。

「大体、スザクがアッシュフォード学園に普通にいるなら、僕がここに来る必要もなかったんじゃないんですか?兄上」
「私は、クルルギ君がここに来ている事は知らなかったからね」

思わずじとっと見てしまう。
知らなかったというが、知らなかったはずがないのだ。
知っていてここにを連れてきたということは、やはりをナナリーに会わせる為か。

(兄上って、なんか本当に甘いんだね)

少しだけ複雑な気分だ。
ははぁと大きなため息をつくのだった。