黄金の監視者 41



はそっとユーフェミアの側により、ひょこっと顔を覗き込む。
の姿に一瞬びくりっとなるユーフェミア。
あれだけ容赦なく人を斬り殺したを見たばかりだから、その反応は仕方ないだろう。
ただ、瞳にへの恐怖が宿らなかった事に少し嬉しいと感じてしまう。

「大丈夫?ユフィ」

ユーフェミアは言葉で返さず、ゆっくりとだが頷いた。

「とりあえずこの状況とかの説明も必要だけど、今は…ね?」

今は行政特区日本の設立の最中だ。
ユーフェミアの宣言によってそれは成される。
ここでユーフェミアがじっとしているわけにはいかない。

「分かりました」
「笑顔笑顔」

にこっとは笑みを浮かべる。
の笑みにぎこちなくだがユフィも笑みを浮かべようとする。
だが、顔色の悪さは変わらない。

「ユフィが笑顔じゃないと、ここに集まった人たちが不安に思っちゃうからね」
「うん」
「ユフィは笑ったほうが可愛いしね」

その言葉にくすくすっと笑うユーフェミア。
笑みがこぼれるのならば大丈夫だろう。
過保護に育てられてきたと言っても、やはりブリタニア皇族。
その身に流れる血が、気を強く持たせるのかもしれない。

「ゼロ、行きましょう」
「皇女殿下」
「私が始めた事ですから、止まる訳には行きません」

きゅっと顔を上げたその姿は確かにブリタニア皇族たるもの。
決意したことは貫く、その心はルルーシュにでも似たのだろうか。
ユーフェミアは歩き出す。
自らが宣言した行政特区の設立を確定させるために。



行政特区日本は成功したと言っていいだろう。
だが、それはユーフェミアが願っていたような成功ではないのかもしれない。
確かに一部だけだがかつての日本人が日本人と名乗ることが出来る地域が出来た。
それでも問題点は多数ある。
その1つとして黒の騎士団の不参加だ。

大きな会議室の中で、ユーフェミア、ゼロ、そしてブリタニア側のこのエリア11の行政担当の者らしき人が数名テーブルを囲んでいる。
はゼロのすぐ側の壁に、スザクはユーフェミアのすぐ側の壁に立っている。
ゼロとユーフェミアの席は、ユーフェミアが指定した為隣同士だったりする。

「どうしても、駄目なのですか?」
「賛同できないとは言いませんが、全面協力をするには不安な点が多すぎるのですよ、皇女殿下」

ユーフェミアは目を伏せる。
日本人には喜ばしいことでも、そこに住んでいたブリタニア人にとっては目障りなことだろう。

「参加はしませんが、そちらが”依頼”をしてくだされば協力はしますよ」
「依頼、ですか?」
「助言及び警護等、手が足りないのでは?」

ユーフェミアが皇族だからこそ従っているブリタニア軍ばかりだろう。
そんなブリタニア軍が守る中の特区に果たして心や安らぐ人はどれだけいるだろうか。
守る相手を信用できなければ、この特区も成り立たなくなってしまう。

「弱き者が笑顔でいられる場所、それは私も望むべき事です。ですが、ここが特定一部である限り守りは必要ですよ」
「分かって、います」

ブリタニア軍に守りは期待できない。
説明したからといって、どれだけユーフェミアが訴えても心というのはそう変わることはないのだ。
襲撃を目の当たりにして、ユーフェミアもそれに気付いたかどうかは分からない。

「副総督!国際指名手配の者の言葉に耳を貸すのですか?!」

耐えられないと思ったのか、その場にいたスーツの男の1人ががたりっと立ち上がる。

「今回あったという貴女への襲撃も、彼が計画したことではないと言い切れません」
「そうです、副総督の信用を勝ち取ろうと計画をした事ではありませんか?」

口々に言い始める。
ユーフェミアはまっすぐに視線を上げる。

「いえ、私はゼロを信じています」

きっぱりとユーフェミアは言い放つ。

「協力していただけますか、ゼロ」
「皇女殿下が本当の日本を望むのならば、”協力”は惜しみませんよ」
「ありがとう、ゼロ」

皇族であるユーフェミアが是と言えば、彼らはそれに従うしかない。
ブリタニア皇族の存在はそれだけ絶対なのだから。
納得のいかなそうな表情をしながらも、それ以上は何も言ってくる様子はない。
はとりあえず周囲を警戒していた。
こういう話合いというのはどうも苦手である。
自分に出来ることは、この場を守ること。

「あ…」

ふと”視え”た光景に思わず声がこぼれる。

「どうした?」

その声が聞こえたのか、ゼロが声をかけてくる。
は迷ったように目をさ迷わせているが、黙っていても分かってしまうことだろう。

「コーネリア殿下が…」

だがその言葉は少し遅くばたんっと扉が勢い良く開いた音が響く。
部屋の中にいた者は例外なく、その扉へ視線が集中する。
扉にいたのは少し荒い息で、走ってきたのだろうコーネリア殿下だった。

「ユフィ、無事…なようだな」
「お姉様」

驚いたようにコーネリアを見るユーフェミア。
ここは富士山の近くであり、トウキョウ租界とはそれなりに離れている場所だ。
日帰りできる距離ではあるが、そうすぐに来ることが出来る距離でもない。

「大丈夫です、お姉様。スザクとが守ってくれましたから」

にこりっとあっさりの名前を口にしてくれるユーフェミア。
あ…とが口にした時にはもう遅い。
コーネリアはその名に表情を動かす。

「ユフィ、とは…?」
「ゼロの部下です、お姉様。あの壁際の黒髪の人です」

コーネリアの視線がすっとを見る。
ルルーシュはゼロという名前があるから、ユーフェミアはゼロをゼロと呼ぶが、は黒の騎士団でも偽名など使っていない。

「””と同じ名前なので、私とても驚いてしまったんですよ。世の中にはこんな偶然もあるんですね」
「ユフィ、それは…」
「名前が同じということで、親しみを感じてしまっているんです、お姉様」
「ユフィ、は…」
「私、義弟とはあまり仲良くできなかったので、とは仲良くしたいと思っているんです」

にこりっと笑みを浮かべたまま、ユーフェミアはが義弟であることを言わない。

(すごいよ、ユフィ)

ユーフェミアに甘いコーネリアにしか通じないだろうが、見事なものである。
ここまで言われれば、たとえ・エル・ブリタニアであると確信しても、コーネリアはそうは言えないだろう。
所詮、コーネリアはユーフェミアにはとてつもなく甘いのである。

「ダールトン!警備の見直しはしたか?」
「完了しております」
「異常は?」
「丁度この部屋周辺の警備の者は全て絶命しておりました」
「襲ってきた者からは何も分からなかったのか?」
「残念ながら特定できるようなものは身につけていませんでした」

そうだろうな、とは思う。
これがクルセルスのやったことであろうことはには分かるが、そう簡単にあの人が特定させれるような痕跡を残すはずがないだろう。
コーネリアはため息をつきながらゼロの方を見る。

「貴様の部下がユフィを助けたそうだな」
「我ら黒の騎士団存在意義を考えれば当然の事だろう?」

不当な暴力を許さない、弱き者を守り強き者を裁く。
コーネリアはこのゼロを決して良くは思っていないはずだ。
それはそうだろう、戦場でお互いの軍をぶつけ合い命のやりとりをしたのだから。
どちらにとっても互いの存在は目障り。

「貴様の存在は気に入らないが……、ユフィを助けてくれた事、感謝する」

河口湖畔ホテルの時のように、ユーフェミアを助けたかのように民衆へと自分達の存在を知らしめた時とは違う。
あの時はユーフェミアは結果的には助かったが、あの場でコーネリアがゼロに手を出していればユーフェミアは人質に逆戻りだったはずだ。
そう、ゼロの人質として。
だから、コーネリアはその時の事は感謝などしていないだろう。
今の状況は違ったからこそ、コーネリアは感謝を述べた。

「だが、それとこれとは戦場では別だ」
「ああ、それはこちらも承知している」

ゼロは国際指名手配犯なのだ。
ユーフェミアはゼロを受け入れることを望むが、コーネリアはそうはいかないだろう。
彼女は根っからの武人だ。
国が否といえば、それに従う。

(相変わらず生真面目なんだね、コーネリア殿下)

「テロ行為を起こさないのならばこちらもそちらの動きは見なかったことにしよう、ゼロ」
「どういう風の吹き回しだ?コーネリア」

ユーフェミアに協力という形での動きならば、コーネリアも口を出さないということか。
それはエリア11の総督が黒の騎士団の協力を認めることになる。
それが分からない訳でもないだろう。

「こちらの事情だ」

説明する気はないらしい。
ゼロもそれ以上聞こうとはしない。

「しばらくは物騒になるでしょう、ユーフェミア皇女殿下」
「はい」

ゼロがユーフェミアに視線を向ける。

「連絡人代わりにを置いていきます。身の安全の為に側に置いておくと良いでしょう」
「でしたら、ゼロ。スザクを連れて行ってください」
「へ?」
「は?」

互いにきょっとんっとしたのは名前が出た当事者達だ。
なにそれ?と思いながらも、話は続いていく。
もしかしたら2人で話していた時に、そんな会話が交わされていたのかもしれない。
はユーフェミアの所に行くなど聞いていなかったが、どうやらスザクの方も同じようだ。

「私からも連絡を取る時に、スザクがいたほうが良いでしょうから」
「皇女殿下…」
「スザクと仲良くしてくださいね」

盛大に頭を抱えたい気分になる。
苦笑しながらもあっさりとスザクを受け入れることを了承するゼロ。
コーネリアは勿論口など挟まない。
状況が飲み込めないまま、とスザクは何故か、期間限定にはなるだろうが、居場所の交換がされてしまうのだった。