黄金の監視者 38



黒の騎士団の本部で、はゼロと向かい合っていた。
その場には、扇、藤堂、カレンがいる。
本来ならばディートハルトとラクシャータもいるはずなのだが、ディートハルトは行政特区に関しての情報集めを、ラクシャータはナイトメアの調整で忙しいようだ。

「クルセルスか…」
「うん。まぁ、ユフィのあの宣言を聞けば何かしらの事はしてきそうな人だけどさ」

クルセルスが来るだろう事をゼロに報告していたのである。
ゼロ、ルルーシュもブリタニア皇族の事は一通りは知っているだろう。
だが、詳しく知っているかと言えば、それは分からない。

「随分と詳しいのね、ブリタニア皇族のこと」

カレンがを見る。

「あ、うん。クルセルス殿下に関しては、あの人のやり方は嫌というほど身にしみているから」
「何?それってブリタニアにいた頃、あの人の部下だったとかってオチだったりしないわよね」
「鋭いね、カレンさん。そう、その通り。実は一時期あの人の下にいたことがあったんだ」
「はあ?!」

冗談で言った言葉が肯定されてカレンは盛大に驚く。
その横で扇も随分と驚いた表情をしていた。
驚かなかったのは藤堂くらいだ。
藤堂は・エル・ブリタニアであることを知っている。
ということは、の簡単な経歴くらいは知っているのだろう。
警戒していた日本ならば、の経歴くらいあの当時調べていそうである。

「部下って…」
「結構前の事だよ。僕が8歳の頃」
「8歳?!、あんた本当にどういう生活してたのよ?」

8歳の頃にナイトメアのシュミレーションをやったことがあり、なおかつブリタニア皇族に仕えていた。
普通の生活を送っていては経験できないことばかりだ。

「一言で言えば、ブリタニア軍に属していたってことかな?」
「軍…って8歳で?!」
「そっちの才能があったみたいだったから」

にこっと笑みを浮かべる

「まさか日本を攻めた時にそれに参加していた訳じゃないでしょうね」
「それはないよ。だって、僕はブリタニアが日本を攻めてきた時、日本に普通に滞在していたし、軍は退役してたから」

エリア8の制圧戦争が終わり、そしてブリタニア軍を退役して、は日本へと向かった。
ナナリーとルルーシュのいる日本へ。
その日本に遠からずブリタニア軍が攻め入ることを知っていながら。

「ブリタニア軍は年齢関係なく入れるものなのか?」

扇がに聞く。

「関係なくというか、ある程度の暗黙の年齢制限ってのはあると思うけど、僕は色々特殊だったから6歳の頃から色々参加させてもらってたんだ」

の言葉にカレンと扇がぎょっとする。
6歳といえば、子供も子供、母親に甘えているような年頃である。
その年を、は戦いの中で過ごすことが多かった。
最初は本国でのテロ制圧に、そして他のエリアへ、最後にエリア8へ。

「けど、その強さならブリタニア軍でも待遇は悪くなかったんじゃないのか?なのに、なんでここにいるんだ?」

確かに待遇は悪くなかっただろう。
は最近まで知らなかったが、大層な二つ名まで付けられるほど活躍したのだから。
だが、の目的はブリタニア軍内で名を上げることでもなく、軍で地位を築くことでもなく、ただナナリーとルルーシュを守れる力が、経験が欲しかっただけなのだ。

「今のブリタニアの方針が、僕の大切な人達を認めないものだから」

今のブリタニアから守るためだけに、ブリタニア軍へと入った。
最初から長く軍にいるつもりなどなかった。
だから、にとってブリタニア軍を退役するのは当たり前の事だった。

「カレンさんは知っているだろうけど、僕はナナリーと義兄上が大好きなの。2人が笑顔で幸せでいられる世界ができればいいって思っている。でも、今のブリタニアの方針ではナナリーと義兄上は安心して暮らすことが出来ないから」

がここにいる理由はそれで、それ以外にはない。
カレンはアッシュフォード学園でのを知っているのでそれで納得できてしまうだろう。
とても大切に思っていることは誰が見ても明らかだ。

「それより、クルセルス殿下のことなんだけどね」

自分がここにいる理由はどうでもいい。
問題はクルセルス第四皇子殿下の事だ。

「僕が知っている彼から変わっていなければ、あの人ってナンバーズが大嫌いなんだよね」

はっとなるカレン、扇、藤堂。
その言葉が意味するのは、日本人を認めないということだ。
大多数が日本人で構成されている黒の騎士団の存在を決して良くは思わないだろう。

「コーネリアとは違う意味で、ということか?」

ゼロが静かに口を開く。
は頷く。

「コーネリア殿下は根っからの武人で、ブリタニア人とナンバーズを区別するという国是があるからこそ、それに従っているのだと思うよ。まぁ、多少自身での私的区別もあるだろうけどね。けど、クルセルス殿下は違う。あの人は、例えブリタニアの国是がブリタニア人もナンバーズも全て平等にというものに変わっても、絶対に平等に扱うことはないよ」

そうは言いきれる。
ブリタニア人以外を人とは思えないかのように、あの人は命じる。
それはもしかしたら元エリア11の総督であったクロヴィスも同じだったかもしれない。
けれど、クロヴィスは邪魔をする存在がナンバーズであったならば、容赦なく蹴散らすだけであるのだが、クルセルスは違うのだ。

「制圧されたエリアは、その国の住民であるナンバーズに統治を殆ど任せる形になるけど、あの人が制圧したエリアは統治できる余裕がある人なんて殆どいなくなるほどに、制圧時は容赦をしなかったよ」

後に火種になるかもしれないものを全て消してしまうかのように。
は今でも覚えている。
あの時のも、今のも、ナナリーとルルーシュ以外はどうでも良かったので、例えエリア8の人間が何人犠牲になっても、情けをかけようとは思わずにただクルセルスの命に従った。
僅かでも疑わしいものは全て消す。
それがクルセルスのやり方だった。

「行政特区は潰される可能性があるということか」
「正面立っての行動はないと思う。あの人の皇位継承権はユーフェミア殿下よりも低いから」
「少なくとも行政特区が広がることはない、ということか」
「うん、クルセルス殿下が何かをしなくても、ブリタニア人の”自分達は誰よりも優位な立場にいる”という特権意識がそう簡単になくなるはずがないから」

ユーフェミアはまだ政治を知らない。
だから、気付いているのかいないのかは分からないが、ブリタニア人の殆どはナンバーズを見下している。
そんな彼らがわざわざ自分達の優位な立場を捨て、ナンバーズである名誉ブリタニア人、イレブンと仲良くできるだろうか。
アッシュフォード学園のように、スザクを受け入れてくれる人たちが多い所の方が珍しいのだ。

「ユーフェミアがいなくなれば、行政特区は簡単に潰れるだろうな」

それは黒の騎士団にとって決して悪いことではないが、場合によってはあまり良いことでもなくなる。
ユーフェミアが亡くなったとして、それが病死やブリタニア国内の問題で片付けばいい。
だが、それが黒の騎士団の仕業であると濡れ衣を着せられてしまったら?
ブリタニア全てを敵に回すには、まだ黒の騎士団の力はそう大きくはない。

「賛同するか?ゼロ」

藤堂が静かに問いかける。
ルルーシュはシュナイゼルとの約束もある。
あのシュナイゼルが約束を守るかどうかは、確実とは言い切れないが、可能性がある限りルルーシュは従うことを選ぶだろう。
ナナリーの安全のためだけに。

「潰すことによって得られるかもしれないものを期待するよりも、行政特区を活かす方がリスクは少ない」
「だが、ゼロ。こちらもただその行政特区に参加するだけというわけにはいかないだろう?」

扇の言う通りだ。
ユーフェミアに誘われるままに行政特区に参加したとして、それでどうなる。
特定の一部のみ平等な区間を作ったとしても、それを受け入れる日本人ばかりでもない。
ブリタニアそのものを憎んでいる人もいるはずだ。

「ユーフェミアの案に乗るとしても、条件は付けさせてもらう。参加することで、黒の騎士団そのものを潰されても困るからな」

ブリタニアの皇女が立案したものに賛同する。
黒の騎士団が反ブリタニアではあるが、決してそれだけではないからこそ出来ることである。
だが、全面的にユーフェミアの案に乗ることは、ブリタニアのやり方に賛同したと見られることもある。
それだけは避けなければならない。

「条件って例えばどんな条件を出すつもりなんだ?ゼロ」
「最低限でも、ブリタニア本国の許可を取ってもらうことだろう」
「許可が取れているから、行政特区の宣言をしたんじゃないのか?」

扇の疑問は最もだろう。



ゼロに名を呼ばれては首を横に振る。
特区の宣言からルルーシュに言われてはブリタニア本国の情報を集めていた。
エリア11内の情報ならディートハルトが詳しい。
だが、流石にディートハルトでもブリタニア本国の情報まではなかなか手に入らないだろう。

「知ってはいるけど正式な認可は下りてないよ、黙認という形になってる。許可を出したのは宰相閣下」
「シュナイゼルか」
「そう。宰相閣下が認め、それにロールパンが否と言わないから正面からの反発は見られないけど、良く思っていない人は結構いるよ」

ユーフェミアは今までコーネリアのような実績がなにもない。
皇族として各国を訪問したことはあっても、ブリタニアの為に何か成果をあげたことがない。
風当たりは厳しいだろう。

「それは信じられる情報なのか?」

扇が顔を顰めながらを見る。
ブリタニア人であるを信じきれないのか、ブリタニアの情報を知っているからこそ信じられないからか。

「嘘は言ってないよ」
「情報ソースは?」
「言えない。でも、ゼロは知っている」

扇はゼロを見る。
ゼロは小さく頷くだけだ。
の情報ソースは自分の目であり、話しても到底信じられそうもないものだ。

「けど、ロールパンって何のことだ?」

最もな疑問を扇は言う。
その言葉に、意味を知っているらしい藤堂はくっと笑みをこらえて口元を押さえる。
カレンは扇同様分からないようで、さぁと首を傾げる。

「あれ?藤堂先生、知ってましたっけ?」

意味を知っているっぽい反応をした藤堂に、は不思議に思う。
クルルギ家にお世話になっていた頃ロールパンの説明をしたのは、ルルーシュとスザクだけだったはずだ。
周囲の人たちはそれが何か分からなかったはずだと思っていたが、藤堂は知っているようである。

「昔スザク君が教えてくれた」
「スザクが?」
「その言葉を連呼していて、パンのロールパンが嫌いではなかったと記憶していたから、気になって聞いたんだよ」

それでスザクは素直に答えたのだろう。
やはり最初に聞いたときは、藤堂でも大笑いをしたのだろうか。
ちょっと気になる所である。

「で、結局何なんだ?そのロールパンって?」
「結構分かりやすいと思うんだけど、分からない?カナメさん」

は自分の顔の横で指をくるくるっとまわしてみせる。
この上なく的確な表現だと思うのだが、それだけでは分からないようだ。

「髪型だよ」
「誰のだ?」
「ブリタニア皇帝の」

くるくるっとね、とが付け加えた言葉が妙に響いた気がした。
ぴたりっと一瞬反応が止まったと思ったが、すぐにぶっと噴出したのは扇とカレンだ。
カレンは肩を震わせ、お腹を抱えて大笑いだ。
しばらくの間2人の笑い声がこの場に響いたのだった。
行政特区についての話は、それ以上話される事もなく、ほのぼのとした日常会話でその日は終わってしまったのだった。
後日、大人組みで正式な話し合いをしたらしいが、はそれには参加していたので何が話されたのかは知らない。
ただ、ラクシャータがその後を見て楽しそうに肩を叩きながら、「いいセンスしてる!」と言われた事から考えるに、ロールパンの話題が上がったことは確かだろう。