黄金の監視者 35



小さな出店の、出店にしては立派な調理場の中で、固まっているのはとルルーシュだった。
この場に先にいたのはとシュナイゼル。
そこに逃げ込むようにしてなのか、ナナリーを抱き上げたルルーシュが入ってきたのだ。

「お兄様?どうしたのですか?」

ナナリーが突然固まったルルーシュに声をかける。

「ルルーシュは突然の事で驚いているだけだよ、ナナリー」

優しい声で答えたのはシュナイゼルだった。
その声に一瞬きょとんっとするナナリー。
しかし、すぐに声の主に思い当たったのか、嬉しそうに笑みを浮かべる。

「もしかして、シュナイゼルお兄様ですか?」
「そうだよ、ナナリー」

ルルーシュに抱き上げられているままのナナリーの頬に手を添えるシュナイゼル。
目の見えないナナリーへ、自分の存在を伝えるためにそうしているだろう事は分かるが、思わずむっととしてしまう

「どうしてここに?」

シュナイゼルが多忙な身であることはナナリーだって分かっているはずだ。
そして、この場にいるはずもないことも。

「友人からが生きてここにいると聞いてね、会いに来たんだ。が生きているだろうからナナリーもルルーシュも無事だという可能性はあったけれど、本当に無事で良かったよ」

その言葉に嬉しそうに笑みを浮かべたのはナナリーだけだった。
とルルーシュは警戒するようにシュナイゼルを見る。
ルルーシュは顔色を少し青くしながら、シュナイゼルを睨むように見ている。
ナナリーがシュナイゼルを兄と呼んだ以上、しらばっくれることは出来ない。

「シュナイゼルお兄様」
「何だい?ナナリー」
「私達の事、ユフィお姉様は知っていますが、シュナイゼルお兄様も黙っていてくれますか?」

ナナリーは普通に頼むが、それをシュナイゼルが承諾してくれるか。

「それは難しい相談だよ、ナナリー」
「どうしてもですか?」
「私には、父上に報告しなければならない義務があるからね」

ナナリーは悲しそうな表情になる。
シュナイゼルもナナリーの目が見えないと分かっていながらも、申し訳ない表情をする。
それが本心からのものではないとはナナリーには分からないだろう。

「父上が知っていることならば、報告の必要はありませんか?シュナイゼル兄上」
?」
「あのロールパン親父がすでに知ってることならば、報告する必要もないですよね?」

確認するようには聞く。

「父上は恐らく知ってますよ」

達がここに生きていることを、今ここで隠れ住んでいることを。
そして、恐らくルルーシュがゼロであることも、ゼロがクロヴィスを殺した事も。
昔から父はそうだった。
見透かしていると思えるほどに、全てを知りすぎている。
だからそれを”視て”来たは父が知っているだろうことを確信している。

「あのロールパン親父は自分に歯向かう者へは容赦ないですが、それ以外には寛容…といえば聞こえが良すぎですけど、その動向を見ているだけしかしてないですよ」 

自分の子供達が何をしようと、それが強者となる為の道ならば楽しそうに見るだけだ。
そして、自分に歯向かってくる時も好きなようにさせ、自分は自分で全力でそれを叩きのめす。
それは相手が幼い子供でも変わらないだろう。

「最も、兄上がここでナナリーとルルーシュ義兄上の事を黙っていてくれると約束しても、その約束は殆どアテになりませんけどね」
「それは私を全く信用してないということかい?」
「どこをどう見て貴方を信用しろと?」

結果のためには手段を選ばないというブリタニアらしいやり方をするシュナイゼル。
自分の得になるならば、何が犠牲になってもこの人はそれを実行するだろう。
だからこそ、信用できない。

「確かに言葉というのは脆いもの、信用できないのは仕方ない」
「特にシュナイゼル兄上の言葉は特に」
「私は今までに嘘をついた覚えはないんだけれども、それでも信用できないのかな?」
「これから嘘をつくという可能性を否定できませんから」

信用したくても出来ないことをたくさんしてきたのを”視て”来てしまったから、はどうしてもシュナイゼルを信用できないのだ。

は、どうしてシュナイゼルお兄様の言葉を信用できないのですか?」

ナナリーが心底不思議そうに問いかけてくる。
そこでうっと言葉を詰まらせる

「シュナイゼルお兄様はの事が大好きですから、に嘘をつくことはありませんよ」
「大好き?」

盛大に顔を顰めながらシュナイゼルを見る
大好きなどという言葉がこれほど似合わない人もいないだろうと、思ってしまう。
好き嫌いで何かを判断することなど、この人にあるのだろうか。

「そうだな。シュナイゼル兄上は、昔からには随分と甘かった」
「そうですよね、お兄様」

驚愕から立ち直ったのか、落ち着いた声でルルーシュが言う。
そしてそれに同意するナナリー。

「兄上が僕に甘い?…どこをどう見て、どういう考えでそういう結論になるの?」
「だって、シュナイゼルお兄様は昔、アリエスの離宮に来てはの事をよく聞いていましたから」
「迷惑かけてないか調べてただけだと思うけど…」
「何をしたかでなく、”楽しそうだったかい?”と聞くのがか?」

そう言われると、何を聞いていたのか知らないとしては反論できない。

「シュナイゼル兄上が甘いのは僕じゃなくて、ルルーシュ義兄上にでしょう?」

だからは別の言葉で返す。
兄には優しくされた覚えはあまりないが、気にかけてくれていたことは知っている。
それでも自分に甘かったと言われると否定したくなるのは、シュナイゼルはルルーシュの方を気にかけていたと思っているからだ。
その当時のにはそう見えたのだ。

「何故俺になるんだ?」
「だって、シュナイゼル兄上は忙しいのに、わざわざ時間を割いてまでルルーシュ義兄上のチェスの相手をしていたでしょ?」

とシュナイゼルは10以上年が離れている。
つまり、がルルーシュやナナリーの所に遊びに行くようになった年齢の頃には、シュナイゼルはブリタニアの政治に関わっており、各国へ訪問しそして戦争の指揮すらも執ったことがあるだろう。
そんな人物が忙しくないはずがない。

「確かにルルーシュとのチェスは、思わず時間を作ってしまいたいと思うほどに有意義だったからね」
「シュナイゼルお兄様は、お兄様の事も大好きですものね」
「そうだよ、ナナリー」

今度はルルーシュが盛大に顔を顰める。

「ですから、シュナイゼルお兄様は、やお兄様が困るようなことはしませんよね?」

ナナリーの言葉にシュナイゼルが少し驚いた表情をする。
にこりっと笑みを浮かべたままのナナリーだが、そのナナリーがそんなことを言うとは思わなかったのか。
とルルーシュも驚いたようにナナリーを見る。

「シュナイゼルお兄様、私は多くを望んでいません。お兄様がそばにいてくれれば、が笑顔でいてくれればそれでいいんです」

だから、黙っていて欲しいとナナリーはお願いする。
シュナイゼルは苦笑する。

「君もルルーシュの妹で、あのマリアンヌ皇妃の娘だったね、ナナリー」

箱入りのお姫様ではない。
ナナリーもルルーシュと同じ場所で過ごしてきた。
確かにルルーシュが矢面に立ってナナリーに被害が及ぶことは殆どなかっただろうが、それでも子供だったルルーシュが全て防ぎきれるものでもなく、ナナリーだって世の中の汚さを知っているのだ。
だから、大切な人の為ならば強かになれる。

「分かったよ、約束しよう」
「はい、ありがとうございます。シュナイゼルお兄様」
「その代わり、ひとつ私のお願いを聞いてもらってもいいかな?」

何でしょう?とナナリーは小さく首を傾げる。
それを聞く前に外がわっと一気に騒がしくなるのが聞こえた。
外を見てみれば、巨大ピザを作っていたナイトメアの手にユーフェミアが乗っている。
そしてユーフェミアが何かを言うのを、周囲にいる人たちが待っているように見えた。

『私、ユーフェミア・リ・ブリタニアは富士山周辺に行政特区日本を設立することを宣言致します!』

な…ととルルーシュ、2人の口から言葉がこぼれる。
シュナイゼルはそのユーフェミアの言葉を聞いて、笑みを深める。

「ナナリー、それからルルーシュ、も、私のお願いを聞いてもらっていいかな?」

ナナリーとはシュナイゼルを見るが、ルルーシュは話の流れから何を言われるのか気付いたようだ。
シュナイゼルを睨むように見る。
ユーフェミアによる特区宣言、その宣言を聞いて笑みを浮かべたシュナイゼル。

「シュナイゼル兄上。ユフィの特区宣言が何を意味しているのか、貴方ほどの人が分からないということはないでしょう?」
「そうだね、分かっているつもりだよ」

ルルーシュの問いに、シュナイゼルは優しく答えるだけだ。

「だから、君達にお願いをするんだよ、ルルーシュ」
「何を…ですか?」
「ユフィの案に賛成をして欲しい」

その言葉にぴくりっと反応したのはだ。
予想範囲内の言葉だったのか、ルルーシュはそれを静かに受け止めただけ。
だが、シュナイゼルが言った言葉の意味は、今のルルーシュとには大きな意味になる。

「何の力も持たない俺達がユフィの案に賛成したとして、何が変わるわけでもないでしょう?」
「そんなことはないよ」

世間一般からすれば、もルルーシュもナナリーも、アッシュフォード学園の生徒という身分だけであり、誰を動かすことも出来ず、何をすることも出来ないはずである。
ただ、ルルーシュはその頭脳、はその体術において、人よりズバ抜けているといだけで。

「私は君達の事を正当に評価しているつもりだよ。君達がその気になってくれれば、ユフィにとって大きな力になるだろうね」

それはルルーシュの今の立場を分かっていて言っている言葉なのか、それとも知らずにただその能力を評価して言っている言葉なのか、それは分からない。
ここで警戒するようにしても、鋭いシュナイゼルは何か感づいてしまう。
知っているのならばそれなりの対応を取るが、知らないかもしれない状況では、知らないと仮定した答えを返した方が無難だろう。

「買いかぶりすぎですよ、兄上」
「そうかな?」
「ですが、ユフィの案に賛同することなら、喜んでしますよ」

ルルーシュはにこりと笑みを浮かべる。
こうして本心を押し隠して表情を作ることが出来るルルーシュは、義兄弟の中でやはり一番シュナイゼルに似ているのではないだろうか。
その性格がではなく、考え方が、である。
には到底真似できない。

(義兄上、ユフィの案に賛同するってことはゼロとしても賛同するって事なの?)

その問いは今は口に出来ない。
だが、ナナリーの安全が保障されるならば、その方向で行くのだろう。
それは別にも構わない。
ナナリーの安全が保障されるならば、だってその案を歓迎する。

「行政特区日本が成功するといいですね、兄上」
「私もそう願っているよ、ルルーシュ」

心の底では何を考えているのか分からない2人。
2人が浮かべている笑みが、双方共に心からのものでないことが分かるにとって、この状況にはため息しか出てこない。

(頭を使った会話とかって、僕は苦手なんだよね…)

だからは迂闊に口を挟めなかった。
自分が比較的誘導尋問に弱いことを自覚しているから。
感情を完全に封じ込めることは出来ても、ルルーシュのように感情を表に出さずに相手と穏やかに話し合うことはには出来ない。

(シュナイゼル兄上と対等に話すことが出来るルルーシュ義兄上はとっても頼もしいと思うけど、やっぱりすごいや)

自分に出来ないことを出来る人は素直にすごいと思える。
それが自分がしたいと思っていることならなおさら。
だからこそ、あまり好きではなくても、はシュナイゼルの事はすごいとは思っているのだ。
評価は常に正しく平等に、それは昔師匠が教えてくれたことだった。