黄金の監視者 09



日本が敗戦し、エリア11と言う名を与えられてから8年の月日が経った。
8年はとても長かったとも短かったとも言えるだろう。
今のの名は、・リキューレル。
勿論ファミリーネームは偽名だ。
ファーストネームも偽名にするべきだったが、ナナリーに呼ばれる名が偽名なのは悲しい。
まさか生きているとは思われていないだろうと思い、名前はそのままに。
勿論、ナナリーとルルーシュも名はそのまま使っている。
嘗てマリアンヌ皇妃の後見人であったアッシュフォード家が、ナナリー達を匿ってくれた。
の事もなんとかしてくれると申し出てくれたのだが、戸籍だけどうにかしてもらうことにして、あとは自分でどうにかするとは言った。

(相変わらず、ちっとも良くならないよね、ここって)

はさくさくっと歩く周囲を見渡す。
が住んでいる場所はシンジュクゲットーである。
幼かったが租界に住める場所など勿論なく、ゲットーで生活をする事になってしまっていた。
ここで生活していることをナナリーとルルーシュには言っていない。

(昔に比べれば随分と良くなったけどね)

敗戦当時はもっとひどいものだった。
だが、今はブリタニア軍に気をつければそれなりに心休まる暮らしが送れるし、病院だって学校だって一応あるらしい。

(僕は租界のアッシュフォード学園に通ってるけど)

アッシュフォード学園の制服を着てゲットーを歩くのはとても目立つ。
がゲットーを歩く時は、黒髪のウィッグをつけてサングラスをしている。
ちなみにサングラスは幼い頃からしようと思っていたので、常に身につけているものでもある。
ゲットーに来たばかりの頃は、どう見てもブリタニア人だと分かるような髪の色で襲われることも何度かあった。
勿論全部返り討ちにしたのだが、かなり面倒だとは思っていたのだ。

「ナオトさん、ただいま〜」
「おかえり、

が住んでいるのは、ゲットーの中にある廃ビルの一室。
そこにブリタニア軍からかっぱらったものを並べ、それなりに快適な暮らしをしている。
そして同居人が1人いる。

「言われた通り磨いでおいたぞ。相変わらずいい輝きだ」

しゅっとナオトが投げてくるのは一本の刀。
はそれをぱしりっと受け取り、すっと鞘から刃を半分抜く。
鏡のように綺麗に反射するその刃はとても美しい。

「日本刀っていいよね〜。ゲットーに埋もれてた骨董品の1つだけど、掘り出し物だったみたいで嬉しい」
「そう危ない目で刃物を見るな、変な趣味だと思われるぞ」
「ここにはナオトさんしかいないから平気だよ。それに、僕、日本刀大好き」

大きなため息をついたナオトは日本人であり、肩より少し長い髪を後ろで紐で無造作に縛っている青年だ。
彼と出会ったは2年ほど前だろうか。

「今日はお土産があるよ」
「お、何だ?」
「超薄型液晶テレビ!」
「は?!そんなもんどっから?!」
「ここにくる途中のブリタニア軍人がのんびり見てたからかっぱらってきた」

さらっととんでもないことを口にするに、ナオトは頭を抱える。
はい、とナオトにそれを差し出す。
ここではテレビも満足に見れないことも多く、租界で当たり前のように普及している品も滅多に手に入らない。

「何しろ今日はナオトさんと出会って丁度3年目だからね」
「3年か…。もう、そんなに経つんだな」
「うん」

なナオトの右腕を見る。
いや、右腕というより右腕があった場所というべきか。
そこに右腕だけがごっそりない。

「ここではブリタニア人を見捨てる人ばっかりだと思ってた」
「オレには同じくらいの年の妹がいるからな」
「うん、聞いた。ブリタニア人と日本人の混血なんだって事も」

がナオトについて知っていることは少ない。
妹がいる事、その妹はと同じくらいの年だという事。
ナオトはかつて小さなテロ組織のリーダーとして活動していた事。
そして、ブリタニア人であるを命がけで庇うようなお人よしである事くらいである。

を助けたつもりなのに逆に助けられたけどな」
「僕は命を張って自分を庇ってくれた人に対して、恩知らずな真似はしないから」
「けど、ならあの時自分でなんとかできただろう?」
「うん。でも、庇ってもらったのが嬉しかったから」

庇ってもらったことなど、いまだかつてなかった。
自分は守る為にいるのであって、守られる存在ではない。
そう思って身体を鍛え、苦しいほどの戦場にも耐えてきたのだから。

「それに、ナオトさんには色々アドバイスもらって助かるし」
「そのウィッグは意外と役に立つだろ?」
「うん、すごく助かってる」

黒髪のウィッグ。
これを被りサングラスをしてしまえば、も遠目で日本人に見えるらしく、ゲットーを歩いていても何も言われない。

「ナオトさん、仲間に無事を知らせなくていいの?」

とナオトが出会って2年、今日で3年目に入るのだが、ナオトはテロ組織の仲間に無事である事を伝えていない。
ナオトの右腕がないのはを庇ったからであり、無くなった右腕はを庇った場所にそのまま置かれ、仲間達がそれを回収したのだろう。
ナオトは片腕の無い自分はテロ組織にとって足手まといにしかならないと思い、仲間に連絡を全く取っていない。
右腕を切断され、その治療でしばらく動けなかったというのもあったが、こうして普通に動ける今も連絡を取らないのは自分が足手まといであると今も思っているからだろう。

「ナオトさんがいいならいいけど」

が妹と同じくらいの年齢であったというだけで庇ってくれたという事は、その妹とは仲が良かっただろう。
その妹に会いたくないのだろうかと思うが、はそれを口にしなかった。

「それより最近また良く噂を聞くぞ」
「うん?」
「”新宿の侍”」
「えー、やめてよ。ナオトさんまで…」

は盛大に顔を顰める。

「ナイトメア相手に生身で敵うなんてくらいだろ?」
「敵うって言ってもナイトメア1機の時だけだよ?さすがに2機以上は無理」

パタパタと手を振る
過去ブリタニア軍人の1人として戦争に参加した時は、ナイトメアなどなかった。
自分の身体1つでどこまでできるかが問題である。

「ナイトメアも所詮は人が操作するもの。人が乗っている場所さえ分かればそこをつけばいいだけだよ」

硬い装甲でも何度も銃弾を同じ場所に打ち込めば亀裂は出来る。
そこを狙って中の人間を刺すのだ。

「そうは言ってもそれがそう簡単に出来るわけないだろ?」
「修行のたまものだから」
「お前、どんな子供時代すごしてきたんだよ…」
「内緒〜」

がナオトに話している事も案外少ない。
ブリタニア人であること、日本人に対して偏見がないこと、住む場所がなかったことくらいだ。
がナオトを知らないように、ナオトものことをそう詳しくはしらない。
それでいいのだ。
お互いの事情にそう深く入り込まないほうが上手くやっていける。

「ゲットーでは、救いのヒーローみたいに言われているが、実際その新宿の侍の目的がたいしたものじゃないなんて知ってるヤツはいないだろうな」
「えー、寒くて毛布が欲しいからブリタニア軍から奪うことのどこが悪いの?」
「そんな理由でブリタニア軍人に喧嘩売るヤツは普通はいない」
「だってここでは貧しいのは皆同じ、だから豊な人から拝借しようって考え方は間違ってないと思うけどなぁ」

はぱさりっと黒髪のウィッグを取る。
そこから零れるのは金髪。
黒髪のウィッグはゲットーを歩くのには役に立つが、ずっと被ったままなのは疲れる。
は部屋の中にある鏡をちらっと見る。

(やだな、なんか年々シュナイゼル兄上に似てくる…)

決定的に違うのは瞳の色のみだ。
髪型を少し変えれば若い頃のシュナイゼルそのものに見えてしまう。
がサングラスをする理由の1つはそれだ。
通っているのはブリタニア人の貴族の子息息女なども通うアッシュフォード学園。
シュナイゼルの顔を知っている人は多いだろう。
それこそシュナイゼルの若い頃の顔すらも。

(しかも、この目も年々力増してるし)

日本からブリタニア帝国を軽々と見る事ができる。
昔も出来たが今は負担が大きく減った気がする。
がサングラスをする理由の2つ目はこれだ。
この深紅の目を見られないことと、その力の緩和、どうやら眼鏡のようなものを間近で通して見る事により遠くを見難くなるようだ。

「大体、僕はロールパンが大嫌いだし」

がぽつりっと呟くとナオトがぶっと噴出す。
何かを思い出したのか身体をかがめてまでして笑いを堪えている。

「なんでロールパンの表現にそうウケるかなぁ?」
「…だ…っ、だってな…っ!あの、ブリタニア皇帝を…っ!」

が最初にロールパンと口にしたとき、ナオトは誰のことを言っているのか分からなかったらしい。
丁寧にあの父の髪型の形を説明しながらブリタニア皇帝を示すのだと教えれば、爆笑されたのだった。
かつてルルーシュとスザクにも大いに笑われた覚えがある。

「皇帝がロールパンなら、皇子皇女はロールパンジュニアか?」
「あ、それ、ナイス表現だよ、ナオトさん。他の皇子皇女はともかく、第二皇子シュナイゼルはロールパンジュニアで決定ー!」

びしりっと一指し指を示す。
の言葉にナオトは声をあげて笑い出した。
何を想像しているのか分からないが、そうとうツボに入ったようである。

、お前、最高…っ!」

ブリタニア人にこんなことを言おうものなら、盛大に怒鳴られること間違いなし。
皇族に忠誠心がない者でもたしなめるくらいはしてくるだろう。
ナオトが日本人でよかった、とは思う。
いくら自分を庇ってくれたとしても、ブリタニア人が相手だったら窮屈な生活になっていたに違いない。
そもそもこんな風に同居をしたかもどうかも怪しい。

「ブリタニア人なのに反ブリタニアってのも珍しいよな」
「そうかな?」
「少なくとも、オレはそんなブリタニア人は知らない。どのブリタニア人も皇族を崇めそれが絶対であると思い込んでいる」
「おかしいよね、人が人である限り絶対なんてないのに」

だがブリタニア皇帝である父は人で無くなることを望んでいるのだろうか。
次々に侵略し続ける国々。
エリアのナンバーを与えられ、今はいくつまでのエリアがあるのか。

(そう言えば、この力も…)

は自分のこの力が何なのか未だに分からない。
誰がどんな契約という名でこの力を与えてくれたのか、16年間生きていてまだ分からない。
分かっているのはこの力のコントロールと、そして父はこの力のことを何か知っているということくらいだ。
が望むのは、ナナリーとルルーシュが笑顔でいる事ができる世界。
それがいつか実現できるだろうか。
1人だけでは、まだ、何も出来ない。