WOT -second- 54



食事も殆ど終わり、交流会のように朱里とティッシの人たちで和やかに交流が進んでいる。
2つの国のトップと思われる方々同士での話、ティッシの政務官は朱里の政治担当と思われる人たちと話し、シリンは愛理と一緒におしゃべりである。
思ったよりも朱里の人たちに対する恐怖感が見られない。
それとも、あまりそういう感情を持たない、もしくは表に出さない人達を連れてきたのだろうか。

「お兄ちゃんがそっちにいる間、シリンに迷惑とかかけなかった?」
「愛理、お前それ、俺が迷惑かけただろう前提で聞いてるだろ?」
「うん」

即答する愛理を見て、シリンは思わずくすくすっと笑ってしまう。
交流会のようになってしまっている今の状況では、席など関係なく話せる者同士で固まっている。

「大丈夫、甲斐がいて楽しかったよ」
「王宮では随分と礼儀正しく大人しかったしね」

笑いながら答えるシリンとさらっと事実を述べるように言うクルス。
部屋の窓側に、外から吹き込む風を受けながら話しているのは、シリン、愛理、クルス、甲斐だ。

「それで、アレは本当に君の始祖なのかい?甲斐」
「アレとか言うなよ…。一応そうらしい。俺も何にも聞いてなかったから驚いたけどな」

クルスと甲斐が視線を向けた先には、顔を引きつりながらもなんとかエルグと会話をしているらしい翔太。
完全にエルグのペースにはまっているに違いない。
だが、シリンは触らぬ神にたたりなしとばかりに、手助けしようとはこれぽっちも思っていなかったりする。

(頑張れ、翔太!始祖って言われるくらいなんだから、いざとなったら誰かが助けてくれるよ……多分)

心の中でのみ応援しておく。

「甲斐は知らなかったの?」
「全然知らなかった。つーか、いるならもっと早く会いたかったし、話もしたい」
「お兄ちゃん、翔太さんに憧れてるもんね」
「だって、格好いいだろ?!1人で朱里を守り切った英雄なんだぞ!」

拳を握り締めながら力説する甲斐。
キラキラ目を輝かせる甲斐を見ると、シリンはものすごく複雑な気分になる。
ちらとっと視線を向ければ、翔太が何故か柊老人とエルグに小さく頭を下げてその場を離れようとしているのが見えた。
どうやらエルグの相手をする事から逃げる事にしたらしい。

(やっぱり、陛下の話し相手は嫌だったんだ)

愛理が翔太に向って手を振れば、翔太は苦笑したようにゆっくりとこちらに向かってくる。

「朱里の英雄ね…。私としてはそんな昔の人間がどうして”今”もここにいる事が出来るのかの方が気になるよ」

翔太を観察する様に見ながら呟いたのはクルス。
永遠の命を得る方法などなく、法術でも限界というものがある。
長生きはできても、遥か昔に亡くなったとされる人間が、再び変わらぬ姿で存在するようになる事など考えられない。

(何も知らない人から見れば、気味が悪いって思ったりするのかな)

シリンは状況が分かっているので翔太は翔太であるとしか思わない。
だが、何も知らないティッシの人間からは、翔太の存在はどう捉えられるのだろうか。

「クルスは、そういう存在怖いって思う?」

翔太の存在を否定だけはしないで欲しいという気持ちを込めて、シリンはクルスに問う。

「怖いと言えば怖いね。未知の存在は、周囲にどんな影響を与えるか分からないから。無知なせいで、大切なものが傷つくのが私は怖いと思うよ」

クルスはぎゅっと正面からシリンに抱きついてくる。
クルスの言う”怖い”はシリンが聞きたくなかった”怖い”ではないのでほっとする。
翔太の存在そのものが怖いとは思っていない”怖い”だからだ。

「シリン姫が傷つかなければそれでいいと思うよ」

そう言ってくれるのは嬉しい。
嬉しいのだが…もう少し時と場所を考えてくれないだろうか。
今まではシリンがあまり外に出る事がなかったので、公衆の面前で抱きつかれるようなことはほとんどなかったのだが、ここは朱里、しかもティッシから朱里へ訪問した初日の朱里の城の中だ。
大人しくクルスに抱きつかれたままのシリンだったが、この場所でずっと大人しく抱きつかれたままなのはまずいだろう。

「お前の考えはどーでもいいが、は・な・れ・ろ!」

そんな声とともに、無理やりべりっと引き剥がされるシリンとクルス。
シリンに抱きついていたクルスを、無理やりべりっと引き剥がしたのは丁度すぐそばまで来ていた翔太だ。
そのまま翔太はシリンをひっぱり、自分の後にクルスから隠すようにする。
シリンのぬくもりを堪能していたクルスは、邪魔されて不機嫌そうな様子を隠すことなく翔太を睨みつける。

「何で邪魔するの?」
「公衆の面前で姉妹でもない相手に抱きつく方がおかしいだろ!」
「君の常識を押し付けないでくれるかな」
「お前の常識がおかしいと指摘してやってるんだ。その考えを改めろ!」

翔太の後に隠されたシリンだが、腕は翔太に掴まれたままだ。
掴まれている感触は、桜に触れた時と同じ感触。
人ではない温かさ。

「初対面の君に、シリン姫と私の関係をとやかく言われたくないね」
「初対面だろうがなんだろうが、女の子に対する態度がおかしい奴を注意するのは当然だろうが!」
「私とシリン姫はこの関係が普通だよ」
「それを普通にするな!」

思わず溜息をつかずにはいられないシリンである。
相変わらず妙に過保護な”弟”だ。

「大体な、おま…え?!」

尚もクルスに何か言おうとする翔太を、シリンは自分の腕をつかんでいる翔太の腕を反対に掴みぐいっと引っ張る。
何かと振り返る翔太に、その辺でやめろと睨みつけるシリン。
顔を顰める翔太だが、すぐに溜息をついて落ち着こうとする。
シリンは翔太の背中をぽんっと軽く叩く。
そのシリンの行動に、翔太は苦笑しながら肩をすくめた。

「シリン姫とは随分と仲良さそうだね」

すぅっと目を細めて、冷たい目で翔太を見るクルス。
その視線に翔太は少し驚いた表情をする。
ちらっとエルグがいる方向を見て、そしてクルスに視線を移す。

(あ、何考えているのか分かった)

翔太が今何を考えたのかが、なんとなくシリンには分かった。

「お前、やっぱティッシらしいよな。エルグ・ティッシと似てる」

クルスの冷たい目でそう判断したのだろうか。
ティッシらしいという事は、エルグやクルスにとって始祖…始まりの先祖となる”ティッシ”を名乗る人を翔太は知っているのだろう。
ティッシと朱里が隣接している事から、面識があるのは別に不思議な事ではない。
翔太が生きている頃に朱里が建国されたという事は、まだ朱里は完全に鎖国状態にはなっていなかっただろうから。

「性悪兄上なんかと一緒にしないで欲しいね」
「性悪って…実の兄をそこまで言うか?」
「事実だよ」

”兄上の性格は悪い”というのがクルスが良く言う言葉である。
そう思っている事を隠そうともせず、誰が相手でもエルグへの評価をきっちりと嘘つくことなく言い切る。
お互いがお互いに遠慮する必要がない仲だからそう言えるのだと思いたい所だ。
きっぱりと言ったクルスの言葉に、首を傾げたのは紫藤兄妹だ。

「陛下と殿下の兄弟仲って悪いの?」

こそっと小声で愛理がシリンに聞いてくる。

「悪くはないと思うんだけどね…」
「陛下がクルスの事をたまにからかうらしくてな、それが気にらないんじゃないか?」

シリンの言葉に付け足す甲斐。
それを知っているという事は、甲斐はクルスにそれらしい愚痴でも聞いたことがあるのだろうか、それともその場を目撃した事でもあるのか。

「ま、それはエルグ陛下なりの愛情表現だとは思うんだけどね」

とは言うものの、シリンならばそんな愛情表現はお断りだ。
クルスもそんな愛情表現ならいらないと思っているだろう。
クルスが嫌がっているだろう事が分かっているのに、決してからかう事をやめないエルグは本当に性格が悪いのだろう。

「あと、もしかしてシリンは、翔太さんと面識あるの?」
「ん、一応ね」

さらっと小声だが肯定するシリン。
だからか?と視線で問う甲斐に、シリンは苦笑しながら小さく頷く。
魔族達との戦い後、墓穴を掘ってしまった時の事を甲斐は言いたいのだろう。
あの時翔太の事を”翔太”と親しそうに言っていたのは、確かにすでに面識があったからではある。
厳密にはそうではないが、そこまで言う必要はないだろう。

「翔太さん知らないって言ったのは嘘だったんだ」
「知らないって言ってたのは、表向き私と彼との面識はない事になっていたからだと思うよ」

シリンと翔太が会ったのは、朱里の人たちもティッシの人たちも周りに桜くらいしかいなかった時だ。
翔太かシリンから言わなければ、面識があることなど誰も知らないだろう。

「あ…、そっか」

シリンの言葉に納得する愛理。
朱里の人たちが多くいる前で、初対面であるはずの翔太とシリンの面識がある事が分かれば、翔太はともかくシリンの立場が良くないものになりかねない。
ティッシからは朱里と通じていたと思われ、朱里からは朱里の情報を流していたと思われるかもしれないのだ。

「私の場合は、コレの製作者ってことで桜に紹介してもらったんだけどね」

シリンは指輪を愛理に見せる。

(という事にしておけば、深くは突っ込まれないよね)

愛理も甲斐もこの指輪の使い方を知らなかった。
つまりマニュアルなどあるはずもなく、朱里でこの指輪をどう使うかを知っている人がいる可能性は低いだろう。
桜が知っていたとしても、制作者本人がいれば紹介するのはおかしくないはずだ。

「翔太さんと面識ありってことは、使えるようになったんだ」
「うん。これがあって、すごく助かったよ」

扇に刻まれた法力陣を使って、シリン自身の法力では何しろ足りない分の法力を集めやすいのが、すごく助かる。

「シリン、あの時、使いこなしてたもんな」
「色々使い方研究してたしね」

魔族との戦いの時の事を思い出しているのか、感心したような甲斐の言葉にシリンは頷く。
この指輪がなければ、魔族に浚われた時あそこまでの対応は出来なかっただろう。
翔太が作った指輪のお陰で使える法術の幅も広がり、出来る事が増えたのだ。
翔太と言えば、ふと疑問が浮かぶ。

(翔太って英語苦手じゃなかったっけ…?)

苦手だと言っていたので、シリンと翔太が話す時はいつも日本語。
シリンは別に構わなかったし、英語ペラペラな翔太はものすごく違和感を覚えるのでむしろその方が良かった。
話せないわけではないだろうが、口喧嘩出来るほど話せるとは思っていなかった。

(って、待てよ)

今の翔太は人のような感情も持っていはいるが、一応桜と同様コンピューターだ。
翻訳法術も作ろうと思えば作れるだろう。
もしかして、自分の本体にそれを組み込んでいたりするのだろうか。
いや、そうに違いないと何故か確信できてしまう。
元々勉強が苦手だった、翔太だ。
法術は興味あったかともかくとして、英語を熱心に勉強したとは思えない。
15年間も姉弟という関係であったせいか、妙にそこは確信できてしまうシリンであった。


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