WOT -second- 50.5



シリンはたまにだが、桜や翔太と連絡を取っている。
桜や翔太の立体映像がシリンの部屋に現れる時もあれば、インカムでの会話の時もある。
今日もちょっとした用だったのだが、連絡をとってふと思いついた事を聞いてみる。
本日はインカムでの連絡である。

『桜って、ティッシの普通の人の服って作れる?』
『なんじゃ、唐突に』
『企み事か?』
『そんなんじゃないって。ちょっとね…』

流石にドレス姿ではうろつけないな、と思って聞いてみたのだ。

『勿論可能じゃよ』
『じゃあ、お願いしてもいい?』
『了解じゃ』

桜ならばそう時間がかからず作る事が出来るだろう。
流石に普通の人が着るようなシリンサイズの服を、他の人に頼むわけにはいかない。
両親やセルドなどに頼んでも絶対に断られる。

『何するつもりなんだ?姉さん』
『ちょっと街に出るだけ』
『街?』

ちょっとした様子見だ。
建国祭の時、街であった事のその後の様子見をしたいだけだ。
大事にはなっていないだろうが、少し気になる。
朱里への訪問までまだ少し日があるので、街にちょっと出かけるくらいはいいだろう。
幸いシリンは一般市民の中に紛れ込んでも目立つような顔立ちではない。

(様子くらいは見に行きたいよね)

あの時の揉め事に関わった身としては、大丈夫だろうとは解ってはいても、そのまま放置というのは後味があまり良くない。
街に行ってみたいと思う気持ちあり、普通の格好をすれば大丈夫だろうという事で行ってみようと思ったシリンである。



建国祭が終わったからか、以前見たのが建国祭の時だったからか、シリンから見れば街は少し静かなように思えた。
決して人通りが少ないわけでもないが、祭りの時のような賑やかさはない。
のんびり歩くシリンは完全に街中に溶け込んでいた。
まだ子供と言えるシリンが1人で街中を歩いているのも、あまり不思議に思う人はいないようだ。
一般市民と同じような服装で、サラサラの金髪は後ろに軽く一つにまとめているシリンはどこをどう見ても一般市民だ。

「あ、いた」

大通りを歩いていれば目標対象発見である。
まさか本当に遭遇できるとは思っていなかったが、シリンはその目標対象者…もとい、健国祭の時に騒動を起こしただろう貴族の少年、クロディ家の次男坊、ジーク・クロディの姿を見つけた。
名前は父グレンに聞いた時にすぐに返ってきたのだ。

「ジーク!」
「誰だ!!」

街中で呼び捨てで名前を呼ばれるなどとは思わなかったのだろう、ものすごい形相で振り返ってくるジーク少年。
ふわふわの金髪がとても可愛らしいのに、そんな怒った表情では可愛らしさ半減である。

「何だ、貴様…」
「あれ?覚えてない?」

かなりインパクトの強い初対面だったと思うのだが、あの時とシリンの服装が違うからだろうか。

「悪いが凡人の名など覚える必要性などないと思っているからな。貴様ごときがこの俺に何の用だ」

今回は護衛の男がいないのに、偉そうな態度は変わらず。
シリンが誰かわからないまま、けれど見下す視線はそのままだ。

「凡人は否定しないけど、あの後どうしてるのかな?って思って来てみたんだけどね」

偉そうな態度に関してはシリンは全く気にしない。
ちょっと反省して性格が変わったのかと期待したのだが、性格はそう簡単に変わるはずはないという事なのだろう。
シリンの言葉に、ジークは少し考えこんだ後ぴくりっと表情を動かす。

「ちょっと、待て…貴様…」
「あれ?思い出した?服違うと分からないかな?」

シリンは町娘風の服でくるっとその場で一回り。
自分ではドレスなどよりこういう服装の方が似合っていると思うのだ。
ジークは目の前の少女シリンが誰なのかようやく分かったようで、盛大に顔を引き攣らせた。

「な、な、な…何でここにいる?!!」
「何でって、どうしてるかな?って思って。あの騒動の当事者としては、後々の事気になるし」
「けど、こんな所に来れるような身分じゃ…っ!」
「勿論抜け出してきたに決まってるでしょ」
「抜けっ?!」
「よくやってる事だから、皆気にしてないと思うよ。流石に街にいるとは思ってないだろうけどね」

幼い頃から屋敷を抜け出して周囲を散策していたからだろう。
今日も恐らく貴族院の中を散策しているのだと思われているはずだ。
昔から続けていれば、抜け出す事も当たり前になる。
コツコツ積み重ねるのは大切なことだ。
ジークはシリンがどこの家の人間なのか思い出したのかはっとなり、膝をついて頭を下げた。

「…せ、先日は大変ご無礼な真似をして、申し訳ありませんでした」
「急にかしこまってもあんまり意味ないと思うけど。それに、小娘の前でそんな格好していると変に思われるよ」

シリンはしゃがみこんでジークの顔を覗き込むように見る。
街の比較的人通りが多い所で、膝をついて頭を下げている少年と、しゃがみこんで少年を見ている少女。
確かに奇妙な光景だろう。

「ここじゃ、なんだしちょっと移動しようよ」

シリンはジークの腕を掴んで引っ張るが、ジークがシリンが引っ張る方向とは別方向へ歩き出す。
力はシリンの方が弱いので、シリンの方が引っ張られる形になってしまう。

「ジーク?」
「移動するなら、俺の屋敷の方がいいだろ」
「いいの?」
「別に今なら誰もいないしな」

言葉遣いが丁寧なものではなくなっている。
やはり今更丁寧な口調にしても無駄だと思ったのだろうか。
ジークはそのままむっとしながらもずんずんと歩いていく。
屋敷までは無言で、シリンが引っ張られる形で歩いて行った。



クロディ家の屋敷はフィリアリナの屋敷に比べれば小さいが、シリンからすれば十分大きいと言える屋敷だ。
そもそもフィリアリナ家の屋敷が広すぎるのだ。
どこかしんっとした屋敷内にはメイドが数人程いるらしい。
姿がチラッとだけ見えた。
案内されたのはジークの部屋らしく、ふかふかのソファーに座るように案内されて大人しく座っていると、いい香りのする紅茶が運ばれてくる。

(この時間に、紅茶飲むの久しぶりかも…)

ここの所、お茶の時間はほとんど甲斐と一緒なので緑茶ばかりだ。
たまに飲むと妙に美味しかったりする。
けれど、緑茶の方がほっとするな…と思うのは中身が元日本人だからだろうか。
気まずそうにシリンから視線をそらしているジークは、シリンの丁度向かいに腰を降ろしている。
シリンはじっとジークの顔立ちを見る。

(法力は確かに少ない方なんだろうけど私ほど少なくないし、顔立ちいい方だと思うんだけど、何でヒネくれてるんだろ?)

シリンが知るジークの事は意外に少ない。
そこそこ良い貴族の次男である事、法力が少ない故に学院に入れなかった事、どうやら起こす問題は小さいが、その数が多い事。

「…同情かよ?」

ジークは相変わらずそっぽを向いたままぽつりっと呟く。

「かもしれない。けど、ちょっと気になってたって事もあったし…、どうしてあんな事してたの?」

シリンの問いに、ジークはじろっとシリンを睨みつけるように見る。
顔を歪め、どこか悔しそうな表情をするが、視線をシリンの方に向けると諦めたような大きなため息をついた。

「別にあんたの身分なら調べりゃ分かることだから言うけどさ、俺の家は貴族と言っても中流階級、しかも俺は次男だ。学院に通えなけりゃ国の中枢の役職になんかつけるわけもねぇ。わざわざ非公認の学校に通った所で学べる事は大した内容でもない」

シリンはフィリアリナ家というかなり身分の高い貴族だからこそ、幼い頃から家庭教師がつけられていた。
だが、ジークの家では家庭教師などはつけなかったのだろう。
学びたいのならば学院に行くしかない。
だが、学院は法力の保有量で入る制限を設けているのだ。

「兄貴は兄貴で学院では女関係で問題起こしまくり、父さんは父さんで、変わらない身分に常にイライラしっぱなし、母さんは母さんで金銭感覚ゼロとばかりの金の使い方をするもんだから、俺にかけるような金は殆どないんだとよ。だが、大きな問題を起こされちゃ困るってんで、見張りのような警護の人間1人つけられて冗談じゃねぇ…」

もはや投げやりな気持ちでジークは吐き捨てる。

「そんでも昔は、頑張ればどうにかなるんじゃないかって思ってオーセイに行こうと思ってた時期もあった。けど、やっぱり駄目だって分かった」
「オーセイ?」

海…太平洋を越えた元アメリカのあった大陸にある大国だ。
魔族の里から最も近い大国。

「俺が法力足りなくて学院行けないのは知っているだろ?」
「あ、うん」
「イリスはティッシに近すぎるから人の感覚がティッシに近いから駄目だろう、ナラシルナは法術国家だから問題外、けど、オーセイだけは法力の有無関係なしに出世できる」
「そうなの?」
「オーセイは昔から軍事国家でな。法術師も軍にはいるが、それだけでは足りないらしくて法術使わない剣士も多くいるらしい。剣士なら生まれた時の能力は関係ない、鍛えれば強くなれる」

軍事国家オーセイの法術だけに頼らない軍事構成の理由に思い当たり、シリンは一瞬顔を顰めた。
魔族の里に最も近い大国であるオーセイ、それだけ魔族からの被害も多いだろう。
ちゃんと話せば話は通じそうなのに、人には未知な生物に対しての本能的な恐怖がある。
魔族との対話など考えもせず、力には力でとオーセイは対抗しているのだろう。

「けどな、よく調べてみりゃ結局は法力がないと無駄死にするだけらしいんだ。オーセイが軍事国家なのは戦う相手がいるから。その相手は、剣は通じるが法術を使ってくる。その相手が使ってくる法術を防げなけりゃ、結局どんな優秀な剣士でも駄目って訳だ。法術を防ぐには法術、結局は法術が使えなけりゃ意味がなし」

はっと自嘲の笑みを浮かべるジーク。

「でも、自分で法術を使えなくても、法術具があれば大丈夫じゃないの?」
「法術を防ぐような法術具がどんだけ高価なのか知らねぇのか?」
「高価…なの?」
「そんなもん買ったら、俺の家は破産するね」

ジークの家は中流とはいえ貴族である。
その家が破産するとはどれだけ高いものなのだろう。
シリンは自分でひょいひょい作れてしまうので、その感覚が未だに良く分からない。

「簡単な法術具はティッシでも作れるんだろうけど、そういう防御とか攻撃とか本格的な法術具は殆どナラシルナからの輸入だ。滅多に手に入るもんじゃねぇよ」

ナラシルナには、シリン同様法術を作ることができるグレイヴィア卿がいる。
グレイヴィア卿が作っているのか、それとも彼が作り方を伝授して作らせているのかは分からないが、もしティッシにその手のものの作り方が伝わっていないのならば、ナラシルナから輸入するしかないだろう。

「それとも何か?高貴なフィリアリナ家の姫様は、同情して俺に高価な法術具でも買ってくれんのか?」
「いや、買う程のお金はないけど作ることくらいならできるよ」
「はっ、作る事かよ。簡単にい………は?作る?」

呆気にとられるジークに、シリンはくすりっと笑う。
ジークの事は良く知らないけれども、手を貸したいと素直に思えた。
それは、彼が素直に自分の事を話してくれているからなのか、希望があるのにも関わらずそれが閉ざされてしまうのが可哀想だと同情したからなのか分からない。

(全部が全部ってのは無理だけど、もし自分の手の届く範囲で何かできる事があったら、それをやってあげたいって思うのは偽善的かな?)

シリンにとって法術具を作る事は大した手間ではない。
ちょっとした手間で、ジークの未来が開けるものならば安いものだと思うのだ。

「ちょ、ちょっと待てよ、法術具はそう簡単に作れるもんじゃないだろうがっ!」
「でも出来るよ。ただ、効果によってはそこそこ純度の高い宝石が必要になるけどね。基本的に法術具って自然の石に刻み込んだ方が伝達力が高いみたいだから」

普段から身につけている指輪の中に、純度はそう高くはないが石がいくつか入っている。
万が一何かあった時に、即興で法術具を作れるようにする為だ。
少し前にグルド達に浚われていた時に大分消費してしまったのだが、桜が補充分をくれた為、入れてある。
勿論それはどこからか盗ってきたものなのではなく、桜が発掘して加工したものなので遠慮する事無いと言っていた。

「ちなみにどんな効果のがいいの?攻撃法術の完全防御?それとも、簡易防御プラス、自分の意思である程度効果をあげられる防御壁付きとか、あとは簡単な攻撃法術付きとか、回復法術付きとか言うのもいいよね。あとは補助系とか、空飛べたりすると攻撃手段増えるからいいと思うけど、それはコントロールに慣れないと難しい…」
「ちょっと待て」
「ん?」
「…本当に作れるのか?」

まだ半分信じ切れていないのか、ジークがシリンを少し睨むように見る。

「まぁ、信じられないのは分からないでもないけど、試しに一個作ったの置いていこうか?それ使ってみて本格的なもの欲しいなら作るよ」
「いいのか?」
「うん、いいよ」

あっさりと頷くシリン。
簡易の法術具を作る事は、シリンにとっては手間ではないのだ。

「そんなにあっさり俺なんかを信用していいのか?」
「だって、ジークは悪用しないでしょ?」
「どうだろうな。案外、あんたが本当に法術具作れるなら、それをうっぱらって豪遊するつもりかもしれないぞ」
「本当に騙そうとしている人は、そんなこと言ったりしないよ」

くすりっとシリンは笑う。
ジークが法術具を悪用しないだろうと思ったのは直感だ。
信用を向けられて、それをなんの理由もなく裏切りで返す事はない子だと思っている。

「ジークは信用できる人だから、大丈夫」

にこりっと笑みを浮かべてシリンはすっと右手のひらを上に向けて前へ差し出す。
何をする気なのかとジークは眉を寄せる。

「解放、大自然の力が満ちたるその形」

シリンの右手のひらの上に、ふっと緑色の小さな石…翡翠の石が現れる。
石は淡い白い光に包まれている。

(簡単な自動防御と…、あとは自動回復くらいは組み込めるかな)

考えながらシリンの頭の中で法術の構成が出来上がっていく。

「暖かき護り、蒼き静寂、光と闇と全ての大地に流れし豊かなる緑の風の名のもとに、対象を害す全てのものから護りと癒しの加護を与えたまえ」

翡翠の石を覆うように光の法術陣が幾重にも重なり、そして石の中に刻まれていく。
法術陣が刻まれていく様を、呆然と信じられないかのように見ているジーク。
すぅっと翡翠の石を覆っていた光が消え、ぽとんっとシリンの掌に石が落ちる。

「はい、これ。簡単な自動防御と回復つけといたから…ってジーク?」

まだ呆然とした様子のジーク。
ひらひらっとジークの顔の前で手を振ってみるが反応がない。
法術具が作れる事を全く信じていなかったのだろうか。

「ジーク?」

もう一度名前を呼んでみる。
今度はちゃんとシリンの声が耳に届いたのか、はっとなるジーク。

「あ…、本当に作れた、のか」
「簡易的なものだけどね。戦闘に使うような本格的なものではないと思うけど、無いよりはましだと思うよ」

翡翠の石を差し出すシリンに、ジークはゆっくりと手を出しどこか遠慮がちにそれを受け取る。
見た目は普通の翡翠の石に見えるが、良く見れば中に法術陣らしきものが刻まれているのが分かる。
じっと翡翠の法術具を見るジーク。

「もしかして、発動するか確認しないと信用できない?それなら一度…」
「お前さ」

法術具を作れる人間がこのティッシには極僅かしかいない事をシリンは解っているつもりである。
シリンのような小娘が作ったものを信用できないのならば、一度確認をしてみればいいのではと提案しようとしたのだが、その言葉をジークは遮る。

「昔、法術がまともに使えない法力しかないって言われた時どう思った?」

ジークは視線を上げ、シリンをまっすぐに見る。
一瞬きょとんっとしたシリンだが、質問の意味を理解して記憶を掘り起こす。
乳幼児の頃はとにかく言葉を覚えるのに必死だった。
下手に日本語を理解しているだけに、覚えるのが遅くて法術以前の問題だったのだ。
言葉を覚えたら覚えたで、子供のフリをするのに一苦労。
法術という存在を知り、自分にはそんな高度なものが使えないと知っても、ほんのちょっとでも使えるなら面白いな〜くらいにしか思わなかった。
そもそもそんな魔法じみた力が使えることの方が、法術の存在を知った当時のシリンにとっては不思議だったのだ。

「まともに使えなくても、空を飛べれば楽しいだろうな〜とかそういう事しか考えなかった気がする」
「それだけか?」
「法術って、学んで楽しいと思えなければ、無理に学ぼうとしなくてもいいものだと思うし」

シリンがオリジナル法術を構築できるようになるまで法術を学んだのは、時間があったからと法術を作る事が面白かったからだ。
興味が持てなければ、今のシリンは大した法術も使えなかっただろう。

「そうか…」

ジークは何かを吹っ切れたように少しだけ笑みを浮かべた。
ぎゅっと手にある翡翠の石を握り締めながら。

「で、その法術具の発動の確認なんだけど…」
「いや、必要ない」
「へ?」

にっとジークは笑みを浮かべる。

「お前が俺を信用してくれるように、俺もお前を信用してやる。だから、確認なんて必要ねぇよ」

シリンは驚いたように目を開く。
ジークからそんな言葉が出てくるとは思っていなかった。
信用されるという事は勿論嬉しい事、シリンは思わず照れたような笑みを浮かべる。

「ありがと」

簡易的な法術具を作る事は、シリンにとっては些細な事。
これだけで何かが変わるわけではないだろうが、この事が何かを変えるきっかけの1つのなってくれればいい。
法術具ひとつで彼、ジークの未来が良いものへと変わってくれれば何よりだ。
シリンはそう思ったのだった。


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