WOT -second- 37.5



グルドと対峙するのはクルスと甲斐。
未だかつて、クルスと甲斐が手を組んで戦ったことなどない。
だが、今の2人はこれ以上ないほど気持ちは同じである。

「自己紹介した方がいいか?」

ふっと笑みを浮かべてそう言ったのはグルドの方だ。
相手が2人であるというのに、グルドに決して焦った様子は見られない。

「必要ないよ」
「自己紹介した所で何が変わるわけでもねぇしな」

クルスと甲斐はすでに戦闘態勢に入っている。

「俺としては、ティッシの王族とイディスセラ族には興味があるんだが?」
「生憎私は、魔族には興味の欠片もないよ」
「オレもどうでもいい事だ」
「そうか…」

グルドはぼぅっと腕に炎を纏う。
その炎はごうっと勢いを増し、グルドの腕を包み込むだけではない大きさとなっていく。
にっと笑みを浮かべるグルド。

「せいぜい楽しく戦り合おうぜ!」

手に纏っていた炎を散らすように腕を振るグルド。
炎はクルスと甲斐がいた場所を焼き尽くすように放たれるが、2人はそれを上空へ移動する事で避ける。
グルドはその炎を避けた甲斐の方へと先に襲いかかる。
繰り出されたの法術ではなく、スピードをもった蹴り。
甲斐はその蹴りを両腕で受け止め、カウンターで自分も蹴りを繰り出すが、その蹴りは避けられる。
甲斐の攻撃を避けたグルドの背後を狙って、クルスが攻撃を仕掛ける。

「放て、凍てつく刃」

グルドの背へと氷の刃が襲いかかるが、それは勢いよく振り払ったグルドの腕によって全てたたき落され蒸発する。
良く見れば振り払ったグルドの腕には炎が纏っている。
その炎を一瞬で大きな炎にして、周囲に炎を広げる。
攻撃をしかけていた甲斐とクルスは、グルドから離れようとするが反応が一瞬遅い。
だが、炎は2人を巻き込まず、2人を避けるようにして広がっていく。
グルドはわずかに顔を顰めながら、炎を小さくして2人と距離を取る。

「成程。見えぬ守護者の護りはシリンだけに有効というわけじゃなさそうだな」

桜の護りのシールドはシリンだけでなく、甲斐とクルスも護りの対象に入っているという事だ。

「法術は無意味と考えるべきか」

グルドは炎を小さく纏ったまま構えを取る。
そのまま空を蹴って、クルスへと殴りかかる。
拳は紙一重で避けられるが、炎がかすめてクルスの亜麻色の髪を少し焦がす。
焦げた個所を払いながら、クルスは右足をグルドに向けて振り上げる。
それを身体をひねって避けたグルドに、甲斐がひざ蹴りを繰り出すが腕で受け止められてしまう。
何度か3人共に繰り出されるのは物理攻撃のみ。
グルドの腕に炎を纏っている事を除けば、法術関係ない殴り合い蹴り合いだ。
互いの攻撃がかするだけの中、ばっと1度距離を置く3人。

「インドア派に思えたが、お前らの動きなかなかだな」
「私は一応元軍人でもあるからね」
「俺はどっちかっつーと身体動かす方が好きだしな」

服装こそクルスと甲斐は、動きやすいとは言い難いどう見ても事務処理の方が得意そうな役職の者が着るようなものだが、2人は本来前線で戦ってもおかしくない実力を持っている。
それは法術だけではなく、勿論体術に関してもそれなりの訓練を受けているはずだ。

「だが、いいのか?イディスセラ族がこんなところまで出張って」
「何の事だ?」
「ティッシ内でその力を振るって今後の国交関係に影響しないかってことだ」

ふっと笑みを浮かべるグルド。
イディスセラ族は恐れられている。
そのくらいグルドは分かっているだろう。
そして甲斐はティッシ内では法力を封じられていた。
その存在が危険ではないという、不安を感じる必要はないというティッシ国民への示しとして。
朱里と同盟を結んだ状態であっても、イディスセラ族の存在はティッシで完全に受けいられられているわけではない。
そんな中、甲斐がティッシ国内で法術を使ってしまえばティッシ国民の朱里への印象はどうなるだろう。
甲斐はぐっとそれに押し黙るしかないが、意外にもそれに答えたのはクルスだった。

「その程度の事、適当にもみ消せるよ」

さらっと言いきるクルス。

「お、おい、もみ消すって…」
「ここにいる軍は、多分兄上の息がかかった連中だからね。口裏合わせるくらい簡単だよ」

ふんっと余裕そうに笑うクルス。
甲斐がこの場で法術を使う事などクルスにとってしてみれば何の問題もないのだろう。
そもそも甲斐の法力封じを解いたのもクルスだ。
全てどうにかできるからこそ、今甲斐がここにいる事に何の問題も感じていない。

「お前、若いのに随分とヒネた性格だな」
「お褒めの言葉をありがとうと言うべきかな?ヒネた性格なのは兄上のお墨付きだからね」
「…それ、褒め言葉じゃねぇと思うぞ」

グルドの言葉ににこりっと笑みを浮かべて答えるクルス。
それにぼそっと呟く甲斐。

「さて、続きをやるかい?」

クルスはすっと右腕を前に出し、手のひらを上に向ける。

「暁の炎、纏いし鎧となりて、我の力となれ」

ぼぅっとクルスの右手が炎を纏う。
それを見てグルドが軽く目を見張る。

「ほぉ、ティッシにそんな法術が存在したとはな」
「そうだね。実際私もこんな事が可能だなんて1年以上前には思わなかったよ」

これは1年間の法術理論の中でシリンが例として見せてくれた法術の1つであったりする。
法術は攻撃だけではなく、術者に害を及ぼす事のない制限的な事もできると説明を受けた時のものだ。
その時の法術呪文を丸暗記していたクルスは、今それを使用している。
シリンは丁寧にも、その場で自分が作り出したオリジナルの法術の効果を説明してくれていたのでこうして実用もできるのだ。

「それならオレも、ただの拳ってわけにはいかないよな」

甲斐はぐっと右のこぶしを前に突き出す。

「蒼き炎、その身を守る盾となりて、我の力となれ」

ぼぅっと甲斐の右の拳にともるのは蒼い炎。
甲斐の方は言うまでもなく、先祖である翔太が遺した法術の1つだ。
クルスの法術呪文と似ているのは言うまでもないだろう。
似た者同士が作った法術だからだ。

「お前らはどうやら、そこらの軍人とは違うようだな」
「一緒にしてもらっては困るね」
「オレはティッシの人間じゃねぇし」
「ああ、そうだったな。”紫藤”だったな、お前は」

にやりっと笑みを浮かべるグルド。
紫藤は甲斐の苗字であり、朱里で紫藤を名乗るのはその血族のみ。
意味ありげなグルドの言い方に、甲斐は顔を顰める。

「何だよ、紫藤だと何か問題でもあんのか?」
「いや?父から紫藤については少し聞いていてな」

ごぅっとグルドの腕を纏う炎が大きくなる。

「”ティッシ”と直接手を合わせるのも久しぶり、しかも相手に紫藤もいるのは楽しめそうだと思ってな」

それはまるでティッシの王族の誰かと過去に手合わせをした事があるかのような口ぶり。
そして紫藤の人間の誰かを知っているかのような言い方。
何かを知っているのかぴくりっとクルスの表情が動いたがそれだけだった。
甲斐は甲斐で、生憎とグルドの言葉に心当たりはないようだ。

「自己紹介だなんて白々しい事を最初は言っていたけれど、私達の事をそちらは知っているようだね」
「オレの名前も知ってるみたいだしな」

グルドはそれに笑みだけ返す。
甲斐の名前事態はティッシ国内の情報に耳を傾けていればすぐ知ることができる。
どこから分かっていたのか、クルスの事もグルドは分かっているようだ。

「流石に顔までは知らなかったがな、クルス・ティッシ、甲斐・紫藤。後々のためにも、ちゃんとここで顔を覚えておいてやるよ」
「後々?この先付き合いがあるとは思えないけどね」
「全くだ」

吐き捨てるようなクルスと甲斐の言葉。
グルドはそれほどクルスと甲斐に対して悪意を抱いていないように見える。
対してクルスと甲斐は敵意バリバリだ。
グルドにしてみれば、子供がムキになって敵意を向けてくるようにしか見えないのかもしれない。
クルスと甲斐は知らないが、それだけの年齢差が彼らの間にはある。

「行くよ」
「手加減はしねぇぞ」
「当り前だ。お前らが手加減などする余裕はないだろ?」
「その余裕、気に入らないね」
「その余裕ごとぶっ飛ばしてやるぜ」

互いに手に炎を纏って攻撃を繰り出す。
ほぼ法術なしの物理攻撃のみの戦い。
こればかりは桜もシールドの発動が難しいだろう。
下手にシールドを張ると邪魔になりかねない。
互いの攻撃はかするだけ、クルスの頬をかすり、甲斐の額をかする、グルドは毛が焦げるだけで綺麗にかわしている。
小さく息をついて互いに距離をあける。
2対1で、物理攻撃のみならばクルスと甲斐の方が有利のはずなのに、対等に相手をさせられてしまっている。

「全然攻撃が当たらないのが腹立つ!」
「同感だね」
「お前らのセンスはいいが、経験の差はどうにもならんだろ」

グルドはまだまだ余裕がありそうだ。

「経験?一体どれだけの経験差があるのか、参考までに聞いてみたいね」
「ざっと200年くらいはあるんじゃないか?」
「にひゃくぅ?!…ああ、そーいや、魔族って長寿だったな」
「200を過ぎるようなご老体は静かに隠居していた方がいいんじゃないかい?」
「生憎とまだ現役で動ける身体でな」
「そんなに張りきらずに、遠慮ってものをした方がいいぜ?」
「遠慮深い性格でもないからな」

すぅっとグルドが構える。
クルスと甲斐もばっと構えを取る。
やはり300年以上生きているグルドと、まだ18年しか生きていないクルスと甲斐では大きな経験の差は埋めようがない。
ここから先は体力勝負になるのだろう。
グルドは元からこの戦いを楽しんでいるようだったが、真剣な表情をしているクルスと甲斐も決してこの戦いに楽しみを見出していないわけではないようだ。
相手がグルドであるからなのかもしれない。
敵であるのに、どこか憎みきれないような雰囲気のある相手。

「クルス」
「分かってるよ」

クルスと甲斐は目配せをする。
個々に攻撃をしていただけでは、体力が消耗していくだけである。
息を合わせて攻撃をしなければ、グルドには勝てそうもない。

「私の動きくらい分かるだろう?」
「お前もな」
「行くよ、カイ」
「おう!」

視線だけで合図をし合い、同時にグルドへと攻撃をしかけるクルスと甲斐。
にやりっとグルドが笑うのは、この戦いが楽しくて仕方がないからなのだろう。
感情のままに戦わず、慎重な考え方もするグルドだが、好戦的な種族であることは変わらないこと。
強い相手と戦うのが楽しいと思うのは、本能のようなものなのだ。


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