WOT -second- 27



あの場で彼らの食事が終わり、シリンは再びあの部屋に戻された。
窓から見る外の風景は真っ暗。
今の時間は夜、夜中に近い時間だろう。

(眠いけど、情報の整理と…あと連絡取れるか確認しないと)

ミシェル達はぐっすりと寝入っている。
シリンは窓際へ移動し、指からインカムを取り出す。
ぴっと通信をオンにして、通じるか話しかけようとした瞬間、インカムのスピーカーからすぐに声が聞こえてきた。

『遅い!』

不機嫌そうなその声は翔太の声。
シリンはインカムを耳につけ、苦笑する。

『姉さんのアホ!ボケ!マヌケ!何が”厄介事巻き込まれるような生活はしてない”だ!思いっきり自分から巻き込まれているじゃないか!しかも連絡が遅すぎるんだよ!大体何で誘拐犯と仲良く食事とかしてるんだ!』

口を挟む暇もなく翔太のお説教である。
受信も随分とクリアで、転移法術で外へ出る事が難しいのでもしかしたら連絡をとれないかもしれないと思っていたが、無用の心配だったようだ。
にしても、こちらの様子は筒抜けだったということなのか。

『何で仲良く食事してること知ってるの?』
『誘拐なんかされたんだから心配しするだろ?!』
『いや、理由になってないよ、翔太。でも、何で誘拐された事知ってるの?』
『そ、それは…』

まさか四六時中シリンを監視していたわけでもないだろう。
自分の弟がそんなストーカーまがいのことをする人間だとは思いたくない。

『今主がいる所は特殊なシールドに覆われておる。妾と主の繋がりが薄くなったので、父上がかなり心配したのじゃよ』

スピーカーから桜の声も聞こえてくる。
シリンが桜の主となった時、シリンと桜には繋がりが出来た。
桜と連絡を取ろうと思えば、インカムなどなくとも出来るらしい事を聞いている。
その繋がりが薄くなったと桜が感じた事を翔太が知ったのだろう。

『それで様子を見ていたってこと?』
『犯人が犯人じゃからの。何かあった時は手を出すつもりだったのじゃが…、手は必要かの?』

シリンの考えている事が分かっているらしい桜の言葉に、思わず笑みがこぼれる。

『情報が欲しい。彼らの事も、この船の事も、それから外の事も』

最終手段として桜の手を借りるという事も出来るが、なるべくならば桜の存在は知られない方がいい。
状況次第ではシリンだけで十分はなずだ。
だが、失敗は許されない状況なので、正確な情報が多く欲しい。
ここから逃げ出すために、必要とする外の情報が欲しいのだ。

『あやつらの事は父上の方が詳しいじゃろう。その船についてじゃが、シールドも船の動力も全て法術陣が船のどこかにあるはずじゃ』
『彼らが法術で動かしているって可能性は?』
『その可能性はゼロじゃ。あやつらは戦闘兵器として攻撃系の法術しか教えられておらぬ。護りの法術も、補助的なものも、そして治癒法術さえも知らぬ』

そう言えばゲインは治癒系の法術を使えなかった。
そして彼らの中で治癒法術を使える者はいないとも言っていた。
彼らが使える法術はすべて攻撃の為のものなのだろう。

『シールドの法力陣は恐らく外に描かれているはずじゃ。それから、その船のステルス機能も兼ねておるようじゃな』
『ステルス機能?』
『外から見えないぬよう光の屈折率を変えて、周囲にその姿を溶け込ませる機能じゃよ』

だから、エルグが調べた限りではこの船を見つける事ができないでいるのだろう。
空に浮かび、見えないのでは調べる事も出来ない。

『シールドの効果は分かる?』
『シールドは恐らく二重、ひとつはステルス機能、もう一つは外との空間を遮断するものじゃな』
『破壊は?』
『勿論可能じゃ。じゃが、破壊よりも法力の供給源を経った方が早いかもしれぬぞ』
『法力の供給源?』

法術で動いている以上、法力は必要だ。
決して小さくはないこの船を動かすために必要な法力はかなり大きくなくては無理だろう。
1人で動かせるような代物でもなさそうだ。

『恐らくこの船は大戦の遺物の1つであろう。あの当時の船などはほとんど自然の法力を吸い上げることで動力としておった』
『つまり、シールドも浮いている機能も全て自然の法力を吸い上げているからできていること、だね』
『主は法力を吸い上げるその方法を理解しておるじゃろう?法力の流れが分かれば経つ事は容易かろう』

自然の法力を吸い上げて使う法術は、普段シリンが扇を使って使う法術がそれである。
法術陣の補助がなくともゲインを治療したように出来る事は出来るのだが、使い勝手はあまり良くない。

『確かにそうだけど、そうするとタイミングをかなり慎重に考えないと…』
『ティッシの様子を随時伝える事は可能じゃ。外とタイミングを合わせれば良いじゃろう』
『外、動いている?』
『連絡用の法術具を外に出したのは主じゃろう?』
『うん。ちょっととっさに法術組み上げてシールドをなんとか通してみたんだけど、ちゃんと外に転送出来ていたみたいでよかったよ』

外に転移できたかどうかまで確認していなかった。
失敗していたら法術具ごとどこか闇の彼方に消え去っていたという可能性もあったのだ。

『それを回収していった者がおったよ。その者はそれをティッシ国王の下へ持って行ったから連絡はいっておるじゃろう』
『という事は、無事である報告は完了ってわけだね。一番いいのは陛下と直接連絡が取れる事なんだろうけど…』

そこでハタと思いだす。
ここへ浚われる際、念のためにエルグに贈られたあの手鏡を指輪へとしまっていたのを思い出す。
簡単な護りの機能と、あれには通信機能もついていたはずだ。
性能が良いものではなさそうなので、こちらで多少改良しないと通信はできないだろうが、連絡はどうにか取れるかもしれない。
問題はあの手鏡の通信が誰に繋がるようになっているかが分からない事くらいだ。

『ま、どうにかなりそうかな?桜、とりあえず外の状況の調査をお願い。あと、もしシールドの法術陣の場所が分かったら調べてみて』
『承知した』
『んで、翔太。”魔族”についてもう少し聞きたいんだけど…』

そう言ってシリンはしばらく返事を待つ。
だがインカムからは声が聞こえてこない。

『翔太?』

どうしたのだろう、と名前を呼ぶ。

『俺、心配したんだぞ』
『心配って…、でも、実際は何の危害も加えられていないから平気だよ』
『そういう問題じゃない!今は平気でも明日以降は分からないだろ?!』
『その辺は大丈夫だよ。花嫁候補を傷つけるつもりはないらしいから、逃げだそうとしない限り安全は保障されてるよ』

少なくとも彼らの居住の地につくまでは、という条件なのだろうが。
彼らの地に着くまでの安全は保障してくれるだろうが、花嫁候補らしいシリン達のその後の待遇はどうなるか分からないのだ。

『ちょっと待て、花嫁ってなんだ?!まさかあいつら姉さん達を嫁にしようっていうのか?!』
『らしいよ。同種族同士だと出生率がすごく低いらしくて、種族を絶滅させないために人間の女の子浚って嫁にしているんだってさ』
『まてまて!それってロリコンって言わないか?!』
『色々検討の結果、10歳前後の子が一番いいんだってさ』
『やっぱりロリコンじゃないか?!』

断定してしまう翔太。
10歳前後の少女でないと恋愛対象にならないというわけではないので、ロリコンというのは違うのではないのだろうかと、シリンは思う。
しかし、とりあえずロリコン説は今はどうでもいい事だ。
シリンが知りたいのは彼ら種族の事。

『ロリコンは置いておいて、翔太。彼らについて聞きたいんだけど?』
『聞きたいっつっても、俺が知ってる事はこの間殆ど話したぞ』
『うん、そうなんだけどね。グルドはティッシ軍は大したことないように言ってたけど、彼らはそんなに強いものなの?』

シリンが出来る事は、浚われた子達と一緒にここを無事に逃げだすこと。
それ以外の事はほとんど考えていないのだが、もしかしたら逃げ出すだけでは済まなそうである。
シリン達が逃げ出した事で、彼らが諦めて帰ってくれればいいのだが、そうもいかないだろう。

『そーだなぁ…、ぶっちゃけ法力に関しては規格外、体術もかなりのモンだから、数で圧して勝てるような相手じゃねぇんだよな』
『甲斐とかクルス殿下でも無理?』
『戦い方によると思う。あいつらの強みは呪文なしでの法術と、膨大な法力だからな』
『それさえなんとかできれば、対等に戦えるってことだね』
『呪文なしで使える法術の属性が前もってわかっていりゃ、かなり戦いやすいと思うぜ?』

腕に法術陣を刻み込んでいるらしいが、衣服ともふもふの毛に隠れているようでそれは分からない。
腕をまじまじと見せてもらっても、シリンが怪しまれるだけだろう。

(ちらっとでも見れば、属性くらいは分かると思うんだけどな)

一番いいのはこの船にいるだろう、全員の属性を知ることだ。
知っているのはグルドとゲインのみ。
だがそれは片手だけで、もう片方にも同じように法術陣が刻んであれば、片方しか対応できない事になる。

『今のあいつらの状況を俺が知ってれば、もっと姉さんに情報くれてやれたんだけどな』
『翔太の知ってる限りで十分だよ。流石に何も知らないで彼らに浚われた状態だったら、もっと混乱していただろうし』
『そうか?』

ここが地球であるのに、人でない種族がいたらもっと混乱するだろう。
恐怖のあまり取り乱すとまではいかなくとも、今のように冷静に判断はできなかったはずだ。

『そうだよ。それに、対応できそうな法術も考えてあるし』
『考えてって、新しい法術か?』
『うん。翔太が言ってたでしょ?二重三重の効果がある法術を使ったって』
『あ、ああ。もしかして、出来たのか?』
『この指輪の中に色々入ってるからね、それを使えば結構色々できるよ』

三重の効果を出すのは難しいが、二重の効果を出す事はできるだろう。
扇子だけでなく、この指輪には本当に色々なものが入っている。
どれも、法力の少ない、それでいて法術理論を理解できるシリン向けだ。
翔太も法力が少なく、だが法術理論は理解できていたので、シリンと似たような状況だったから、シリン向けなものだということは当然かもしれない。

『姉さん、アイツらが攻撃してきたら戦うつもりなのか?』

ぽそっとこぼれる、どこか責めるような翔太の言葉。

(危険な目に合わせるのは、嫌、なんだろうね)

シリンは苦笑しながらそう思う。
状況が状況というのもあるが、翔太は再会してから昔より少々心配症になっている。
それは紫藤香苗が先に死んでしまった事もあるだろう。

『その時、そうせざるを得ない状況だったらね』

誰かが危険にさらされていたとして、シリンはそれをただ見ていることなどできないだろう。
シリンにはそれをどうにかする力があるかもしれないのだから。

『そん時は俺がフォローするからな』

シリンはその言葉に驚く。
確かに戦いの経験が殆どないシリンにとって、翔太のフォローがあるのは心強い。

『大体、姉さんをそう簡単に嫁にやるかってんだ!それが、ドゥールガの息子なら尚更だ!』
『…別にグルドが私を嫁にするとは言ってないんだけど』
『いや、あの雰囲気じゃ、絶対に姉さんを他に渡すつもりはないはずだ!』

大層気に入られたことはシリンも分かってはいるが、それで嫁になるという事に繋がるのだろうか。
心底本気らしい翔太の言葉に、シリンはくすりっと笑う。
きっと自分は嬉しいのだろう、と思う。

『一応”ありがとう”とは言っておくね。それから、万が一の時があったらその時はよろしく』
『おう!任せておけ!』

嬉しそうな翔太の声は、頼られることの嬉しさか。
いや、恐らく、シリンに信用されていると分かるから嬉しいのかもしれない。
シリンが嬉しいように、翔太も同じように嬉しく感じるのだろう。


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