WOT -second- 25



泣きつかれたのか、安心したのか、彼女達は寝入ってしまった。
なんとか法術を使い、1つしかないベッドに運んだシリンは、窓から見えるその様子を観察していた。
窓には鉄格子と法術陣でのシールド付きである。
ちらりっとよく寝ている彼女達へ視線を向ける。

(この子たちの前で普通に結構高度な法術使っちゃったんだよね)

無事にここから出れた後、シリンが高度な法術を使えるのを誰かに話されるのはちょっと困る。
後で口止めをしておくか、暗示でもかけておくべきか。

(ま、言っても普通は信じないだろうし、いっか)

法力の少ないシリンが高位の法術を使えると言っても、信じない人が殆どだろう。
万が一信じた人がいたとしても、それが少数であればエルグがもみ消しそうだ。
エルグはシリンが法術に関しては天才的なものを持っている事を、周囲に知られたくないはずだからだ。

こんこん

遠慮がちに扉がノックされる。
ふっと扉へと視線を移せば、ゆっくりと扉が開かれてひょこっと獣人の顔が室内を覗いてくる。

「もしかして、ゲイン?」
「あ、貴女は起きてるんすね」

ベッドに寝ている彼女達が目に入ったのか、シリンの姿に気づいたゲインは扉の側に立ったままだ。

「食事?」
「そうっす」

大きく頷くゲイン。
シリンは自分の姿を確認するが、着がえる服もなければそんな事も気にしないだろうと思い直す。
抵抗なくゲインの傍により、彼を見上げる。

「本当に行くんすか?」
「何で?」
「俺みたいなのが6人もいるんすよ?しかも、その中にはガルファ様もいるし」

何かそれに問題があるのだろうか。
彼らはシリンを傷つける事はないだろうし、万が一襲ってきたとしてもシリンはどうにか対処できる。
自働発動のシールド法術は仕込んであり、一番厄介そうなグルドはシリンに意味なく危害など加えないだろう。

「なんかそのガルファって人は問題あり?」
「ありというか…、ちょっと気分悪くなること言われるかもしれないっすよ?」
「さっきみたいな?」
「そんな感じっす。ガルファ様は少しなんというか、下品?」

ぷっと思わず噴き出すシリン。
様付けしているから上司なんだろうに、上司に対してそんな表現を使っていいものだろうか。
だが、ゲインは決してガルファを尊敬しているようには見えなかったから、感じたままを素直に言ってしまったのだろう。

「あ、笑ったっすね」
「だ、だって…!普通、様付けしている人にそんな事言わないよ」

ゲインがなんか可愛いと思えてしまう。
見た目ではシリンより年上なのは確実だろうし、彼ら種族は長寿のはずだ。
普通に成人しているように見えるので、だいぶ年上のはずなのに性格がなんとなく可愛い。

「ま、大丈夫、何言われても我慢するように努力はしてみるよ」
「申し訳ないっす」
「そんな気を遣わなくてもいいのに」

くすくすっとシリンは笑う。
まっ正面から力比べをすれば、確実にゲインの方が強いだろうにシリンに対して気を使ってくれる。
ミシェルがあれだけ恐れている彼ら”魔族”も、こうやって落ち着いて話をしてみれば、意外と普通の人と変わらないと思えるいい人も結構いるかもしれない。
イディスセラ族にも言える事だが、生まれた時から植えつけられる先入観というのは怖いものだと改めて思わずにはいられない。



彼らの食事はテーブルの上でするものではないらしい。
比較的大きな部屋に大きな絨毯が1つ、その上に並べられた食事は手づかみで食べられそうなものばかり。
パンや果物、野菜は簡単に切って並べられており、種類はそれなりに豊富だ。

「本当に来たのか」

(失礼な)

ゲインに連れられてきたシリンを見てのグルドの最初の一言がこれである。
そう言われると来るつもりがないと思われていたのかと感じる。

「グルド、どういうつもりだ?」
「話があるから誘っただけだ」
「この船はオレの指揮下にある。勝手な真似はするな」
「ガルファに迷惑はかけてないだろ。シリン、来い」

呼ばれてシリンはグルドに近づくが、どこに座るべきか悩む。
話をする為に来たので隣に座るのが一番いいのだが、ぐいっとグルドに手を引っ張られて座らされたのは、グルドの前。
ぽすんっと座ってしまったシリンの後ろからグルドの手が伸ばされて料理を食べている。

「えっと…」
「腹が減ってるのなら適当に手伸ばして食え」

(そうじゃなくて、この体勢がね)

グルドの足と足の間に座わっている形なのだが、グルドが食事に手を伸ばすたびにふわりっと首筋に温かい毛の感触。
獣人と言っても普通に服は着こんでいる。
ただ、今のグルドは前ボタンをいくつか外しているようで、はだけている部分の毛がシリンの首筋に触れるのだ。
姿から考えるに、もっと堅そうな毛かと思っていたが思ったよりも柔らかい。
振り向いてもふもふな毛に心ゆくまで触れてみたいと思ってしまうが、その誘惑を押しとどめ、身体を後ろに倒してぽすんっとグルドに身体を預けるように寄りかかるだけにしておく。
シリンが寄りかかった瞬間、グルドの動きが一瞬止まったような気がするが気のせいだっただろうか。

「そんなカスを呼んで何をしようってんだ?グルド」

くくくっと嫌な笑みを浮かべて聞いてくるのはガルファ。

「カス?」
「カスだろ?法力なんぞかけらも感じられん、ただの小娘だ」

確かに彼らの強大な法力と比べればシリンが持つ法力など微々たるもの。
だが、それだけ判断してしまう事でガルファの器が見えてくる。
本人には大層失礼な評価だろうが、彼は大した事がないと感じる。

「だから貴様は無能と父上に言われる」

シリンにのみ聞こえるような声でぽそりっと呟くグルド。
ガルファを嘲笑うかのような感情を込められたような言葉に、シリンは思わずぱっとグルドを見上げてしまう。
シリンの視線に気づいたグルドはにっと笑みを浮かべてみせる。

「まあ、オレにお前の行動を拘束する権利はないからな。好きにしろ」
「言われずとも、好きにするさ」

ちっと舌打ちをするガルファ。
どうもガルファよりもグルドの方が立場が上のようだ。
かと言って、ガルファはグルドに従っているわけではないようである。

(ゲインはガルファの下にいるみたいだし、ここにいる人たちはグルド以外はみんなガルファの指揮下なのかな?)

成人しただろうくらいの者もいれば、まだ若いとも思える獣人もいる。
毛の色がほんの少し違っていたり、顔立ちが違っていたりとそれぞれ特徴があるが、同じなのは金色の瞳。
法術理論の理解のプロテクト同様、金色の瞳が優性遺伝子になっているのだろうか。

「で、聞きたいことがあるんだろ?言ってみろ」

頭の上から降ってくるグルドの声。
相手の顔が見えないというのはどうにも話しにくい。

「とりあえず一番聞きたいのは、どうして誘拐なんてしているか、かな」

浚った目的が分からない事には、こちらも動きにくい。

「それか…。答えは一言で済むんだが、お前、俺達の事をどこまで知ってる?」
「どこまでって…」
「”魔族”は知らなかったんだろ?」

確かに”魔族”という呼び名は知らなかった。
けれど、日本でグルドとゲインに会ってから翔太に聞いた。
知っていると言えば、その聞いたことくらいだ。

「オーセイの方に住んでいるらしいこと、人と比べて長寿であること、持つ法力がとんでもなく強大である事、法術呪文なしで使える法術があること…くらい?」
「それだけ知っているのならば十分だ」

結局シリンが知らなかったのは”魔族”という呼び名だけくらいなものだ。
恐らくミシェルよりも彼らについては良く知っているだろう。
過去も、使う法術も、そして彼らへの対抗手段も。

「俺達種族は圧倒的に数が少ない」

それは何となく分かる。
法力を強大にする為に遺伝子改良されたイディスセラ族、そしてさらに強い生物兵器を作ろうとして誕生したのが彼らだ。
イディスセラ族よりも後に生まれただろう彼らは、そう人数は多くないだろう。
酷い大戦の時代は、彼らの存在が増え続けるほど長くは続かなかったはずだ。
何よりも、彼らは生殖能力が低い。
子孫をなかなか残せないのならば、その数は年を追うごとに減っていくしかない。

「加えて俺達種族の中で女は少なく、さらに種族間では子が出来にくい」

女が少ないのは彼らが元々は生物兵器として生まれたからなのだろう。
戦場に投入する兵器で、わざわざ肉体的な力が劣るだろう女を理由なく使おうとは思わないはずだ。

「子を残すためには、人間の女が必要だ」
「それってつまり…」
「誘拐した小娘達は嫁候補ということだ」

その言葉にシリンは大層複雑な気持ちになる。
少し前にぽっと浮かんでいたロリコン疑惑が再び頭の中に思い浮かぶ。

「えっと…、お嫁さん必要な事情とかは分かるけど、、それにしたって何で10歳前後の女の子が対象なの?」
「俺達の姿は怖いだろ?」
「ワンコが二本足で立ってペラペラしゃべってるのを急に目にしたら、確かに色々な意味で怖いとは思うだろうけど」

ぶっと吹きだす音が横から聞こえた。
噴き出したのはゲインのようで、げほげほっと更にむせている。
シリンの頭上からも、くくくっとグルドが笑いをこぼしている。
何がそんなにツボに入ったのだろうか。

「まだ幼い少女を対象としているのは、俺達に慣れてもらう為だ。昔は年頃の女を浚ってたらしいが、怯えるばかりでどうにもならかったことが多かったらしくてな」

笑いを堪えながらクルドが答える。

「でも、慣れるって言っても何で10歳前後?どうせなら生まれたばっかりの子か、物心つく前とかにすれば恐怖もないんじゃないの?」

怖いものであると知らなければ恐怖を抱く事もないだろう。
彼らが当り前の存在だと教えてしまえば、怖がって近寄らない事もない。

「それも試してみたが、そうなると子を産む相手の対象して思われなくなってしまうらしくてな。何よりも、脆い赤子の面倒を見るような忍耐強い奴ばかりじゃないという理由もあったな」
「色々試してみた結果、10歳前後がちょうど良かった、と」
「そう言う事だ」

10歳前後の少女を浚う理由はこれで分かった。

「でも、何で貴族の子供ばっかり狙ってるの?」

浚われたのは、良家の令嬢ばかり。
わざわざ貴族の令嬢を選んだ理由は分からない。
最も、ガルファのシリンへの態度を見れば想像はつくが。

「俺達種族はどこにいても追われる立場だ」
「つまり、生まれてくる子供は強い子でないと困ると?」
「絶滅する気はないからな」

彼ら種族がオーセイでどんな立場なのか、世界でどう思われているのかシリンは知らない。
イディスセラ族が決して歓迎されていなかったように、彼らも決して歓迎はされていないのだろう。
その姿と強大な力のせいで。
しかし、大人しく滅びるつもりなどないからこそ、彼らは強い子孫を望み、種族を残す事を願っているのだろう。


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