WOT -second- 11



島からあの2人を無事に追い出し、シリンが受けた傷と言えば動きまわったからできた小さな切り傷数か所くらいだった。
過剰なほどに心配する翔太に言いくるめられて、桜に傷の手当をしてもらっている。
翔太の姿が見えないのは、まだ映像機能が完全に回復していないからだという。

『無事でなによりじゃ』
『何が無事でなにより、だ!あんな危険な連中まともに相手しないで、とっとと強制転送させれば良かったんだよ!』
『けど、怪我という怪我はなかったわけだしさ』
『それは結果だろ!』

声の様子から怒っている事が分かる。
手を貸す事も出来ない、けれど状況だけは会話から伝わっていたので、かなり心配をしたのだろう。

『ったく…。相手が意外とあの種族にしては、物分かりが良さそうな奴だったから良かったものの』

くすくすっと桜が笑っている。

『あの種族ってことは、翔太は彼らの事を知っているの?』

姿を見ていないはずなのに、”ドゥールガ”という名を聞いてグルド達の姿が分かったらしい翔太。
そこではっとなるシリン。
翔太がグルドの姿を知っていたという事は、恐らくグルド達と似た姿の”種族”が翔太の生きていた時代に存在したという事ではないだろうか。
この間桜が言っていた”姿もすでに人とは異なるものとされた哀れな者たち”がいた事を思いだす。

『もしかして、かなり酷く遺伝子改良とかされた人たちの子孫…てこと?』
『ああ。当時は俺達にとっては敵だったんだけどな』
『子孫というよりも、彼らは長寿ゆえ本人も存命のようじゃがの』
『へ?』

翔太の生きていた時代から、今は800年以上が経っている。
人間は頑張って生きても100年少しくらいだろう。

『以前、オーセイに厄介なヤツがいるって話しただろ?』
『うん』
『それがそいつら種族で、強大な法力を持つ事と引き換えに法術理論の理解が出来なくなったのは今の強大な法力を持つ”人間”と変わらないんだけどさ、人の姿を失う事と引き換えに長寿になるよう遺伝子改良されたヤツらなんだ』
『けど、長寿にしても800年は人の平均寿命を考えてもちょっと長すぎない?』
『そーなんだよな』

考え込んでいるかのように少し黙る翔太。

『以前父上がドゥールガ・レサと戦った時の遺伝子データを解析した限りでは、長くても500年かと思っておったがの』
『ドゥールガ・レサ?』
『俺が知ってるその種族のヤツの名前。ドゥールガとは何度か戦ったことあってさ、その種族は共通して法力がとんでもなく強大な上に腕に特殊な法術陣を埋め込んであってな、かなり厄介だったんだよ』

”ドゥールガ”という名の人物に対してグルドは”父上”と言っていなかっただろうか。
そのドゥールガはまだ存在しているかのような言い方だった。
それはグルドはドゥールガの息子であり、父であるドゥールガ自身はまだ生きているという事。

『ドゥールガは右腕に闇系の法術陣埋め込んであったんだよ』
『さっきのグルドって人ももう一人も、呪文もなしに法術使ってたってことは…』
『法術陣埋め込んであるんだろーな。てことは、法術陣を埋め込む技術が受け継がれているって事になるな』
『法術陣までは遺伝されぬからの』

厄介な技術が伝わっているものである。
だが、法術陣を埋め込むという事はその法術を使う時に身体に相当負担をかけることになるだろう。
だから、普通の人間に埋め込まれる事はないかもしれないと思えるのが唯一の安心という所か。

『ドゥールガ・レサが生きておって、しかも子までいるとはの』
『あいつらって確か長寿になったから生殖能力が落ちてて、子供作るの難しいんじゃなかったっけ?』
『800年も経っておるからの。子供の1人や2人いてもおかしくはないじゃろ』

生き物が子を生み育てるのは種の保存の為という説がある。
長寿となった獣人の彼らは、自分たちの寿命が長い為に短期で多く子を残す必要性がなくなったと身体が認識したのか、生殖能力が衰えたと桜が説明する。

『翔太はそのドゥールガと戦って勝ったの?』
『ん、ああ…、仲間の助力と桜の補助があったからな。案外あっさり』
『あっさり?!』
『あやつらは、使える法術が限らておるからの』
『しかも目に見えるモノしか認識しないという欠点もあってさ』
『妾が姿を見せずに罠を仕掛けての』
『仲間達で攪乱して、隙が出来た所をあいつらが知らない法術を組み上げて俺が止めの攻撃、ってわけだ』

けろっと明るく簡単に言っている翔太だが、言うほどそんなに簡単なことではない気がする。
ドゥールガという人物は知らないが、グルドを直接見たシリンは簡単なことではないと思えるのだ。
彼らの法力は桁違いだ。
その攻撃を防ぐこともかなり大変だろうと思えるほどに。

『大事なのはあいつらの強大な法力に呑まれないこと、だな。はっきりいってイディスセラ族でも勝てる気がしないほどアイツの法力は強大だったしな』
『底なしの法力であったしの』

強大な法力を持つ者はそれだけ存在感が違う。
その場に立ちはだかり、存在感に呑まれずにいられるものが果たして何人いるか。

『グルドも結構強大な法力だったけど、あれくらい?』
『いんや、あれはまだ少ない方。ま、さっきのあいつが全力で姉さんの相手をしていたかどうか分からないが、少なくともドゥールガの法力は感覚がマヒするくらい強大だったぜ』
『感覚がマヒって』
『強大すぎてまともに感じたら狂うかもしれないほど強かったってことだろ』
『そんなの相手にあっさり勝ったの?』

法力差があり過ぎる相手に、隙を見つけて攻撃したからといって勝てるものなのか。

『戦いの時はあっさりだったけどな、使う法術を作るのに結構時間がかかったさ。姉さん、二重、三重の効果ある法術作ったことあるか?』
『色々な属性を混ぜた事はあるけど』
『その応用みたいなモンだよ。法力封じと相手への攻撃、周囲に被害が及ばないような強力な結界、3つくらいの効果重ねた法術を組み立てたはずだ』
『はず?』
『生憎と法術関係の知識はまだ”思い出せない”からどうやって組み上げたのかはさっぱりわからんがな』

法術を使って、このような効果を出してドゥールガを倒した記憶はあるのだろう。
だが、使った法術の詳細までは分からないという事か。

『にしても、複数効果を持った法術となると、陣と呪文を組み合わせないと難しくない?』
『だろうな。俺も法術陣と呪文を重ねて組み上げたんだろうけど、今の状態じゃ分からねぇし』

シリンは少し考える。
あんな危険そうな相手を好き好んで相手をしたいとは思わない。
翔太の言い方では、シリンと先ほど戦った時はまだ状況が良かったのときっと相手が本気ではなかった。

『姉さん。物騒なこと考えるなよ?』
『別に考えてないって。けど、対策の1つ2つは考えておくべきかな、って思ってさ』

無駄になっても、それはそれで構わないだろう。
彼らに対抗できる法術を組み上げる事を真剣に考えるべきかもしれない。
シリンは好奇心で法術を時間のある時に組み上げるだけにしていたのだが、それではグルドのような存在がティッシに攻めてきた場合、対応しきれないかもしれない。

『そうじゃな、彼らはオーセイにいる筈の一族。日本に来ること自体がとても珍しいことじゃ』
『そうそうオーセイから出てこない一族?』
『彼らの風習までは分からぬが、朱里でもティッシでも、そして他国でも、オーセイ以外では彼らの存在は表沙汰にはなっておらぬはずじゃ』
『つまり、そうそうオーセイからは今までは出てきていないってことだな』
『だから一般には存在が知られていないってこと?』

桜が頷く。
シリンはティッシ学院に通っているわけではないので、もしかしたら学院内では彼らのような存在を教えているのかもしれないと思った。
そして口止めをされているのならば、シリンがその存在を知らないのも分かる。

『もしかして、アイツらユーラシア大陸に移住でもするつもりとかか?』
『けれど、全然噂もなにも聞かないよ?』

その存在をティッシのごく一部の者が知っているだけにしても、姿を目撃しなければ噂にもならない。
そしてそれらしい噂は聞いた事もない。
あのような独特の容姿を持つ者の存在が目撃されていれば、少なからず噂にはのぼるはずだ。

『たまたまあいつらが日本に観光に来た…』
『可能性は低いじゃろうな。”まだ”噂になっておらぬだけかもしれぬ』
『だよな。噂にならないように上手く隠れているのかもしれねぇし』

シリンはティッシ内の細かい噂まで知っているわけではない。
お嬢様のような生活をしている為、寧ろ世の中の動きには疎い方だ。
今のこの少ない情報の中では判断が出来ない。

『姉さん。渡してあったインカムまだ持ってるよな?』
『ん、持ってるけど』

上の島を散策する時に、案内をすると言って翔太から渡されたものだ。
まだ返していないので、それはシリンの手の中にある。

『それ、持ち歩いててくれ。姉さんがあの一族に襲われても逃げることくらいはできるとは思うんだけどさ、他に誰かいた場合、姉さん絶対に1人で逃げるなんてことしないだろ?』
『ま、そりゃ、自分に何かできるなら逃げるなんて出来ないだろうけど』
『だから、インカムは持っててくれよ。法術使えなくてもアドバイスくらいはできるから』
『さっきみたいに?』

先ほどのグルドとの対峙では、シリンは翔太に言われるままに法術を使った。
気配をつかめないシリンに翔太のサポートはかなり有難いものだった。

『本当なら、姉さんだけでもさっさと逃げて欲しいんだけどさ…』
『主の性格を考えるにそれは無理じゃろ。父上にそっくりじゃ』
『似た者姉弟ってことになるかな?』
『そういう所は似てなくても良かったんだけどな。俺としては姉さんにとっとと逃げて欲しいし』
『ま、性格はそう簡単に変わるものじゃないし、仕方ないって』

自分にできる事があるから、助ける事が出来る者を放っておけない。
自分だけの安全を確保して安心できるような性格ならば、翔太はイディスセラ族になどならなかっただろうし、シリンも恐らく朱里に関わることなくここにもいなかっただろう。

『インカムはありがたく持っておくよ。最も、使う機会なんてないと思うけどさ』
『本当か?』
『私を何だと思っているの?一応いいところのお嬢様ではあるけど、厄介事に巻き込まれるような生活はしてないよ。殆ど屋敷から出ないし』

朱里とティッシの戦争に巻き込まれそうになったのは、たまたまだ。
あれ以来シリンの生活は静かなものだ。
いや、静かと言い切るのは語弊があるかもしれない。
クルスの訪問と、甲斐とのお茶会、ついでに2人への法術講座、それを除けば概ね静かな普通のお姫様の生活だろう。

『今まではそうだっただろうけど、これからは分からないだろ?』
『ティッシ国内が荒れない限りは、大丈夫だよ。……多分』
『多分って何だよ、多分って。なんか不安なことでもあるのか?』
『不安というか、エルグ陛下が何か言ってくることはあるかもしれないかな〜と』

シリンに何か危険がせまるとすれば、エルグから何か頼みごとを引き受けた時くらいだろう。
命の危険はないだろうが、何の能力もない幼いお姫様でなければ潜り込めないだろう場所が完全に安全とは言えないだろう。

『ティッシの国王?何でそんなんと姉さんが関係あるんだ?』
『まぁ、色々あって何度か会ったことがあるんだよね』
『無力な小娘、と騙しきれなかったってことか?』
『あの人を騙しきるとしたら相当の演技力が必要だと思う』

翔太の溜息が聞こえてくる。
芸の細かい事だ。

『ティッシも結構な大国だからなぁ。それを治めるとなると性格なんてねじ曲がって当たり前って所か?』
『翔太も一応朱里の建国主みたいなものじゃなかったの?』

始祖と呼ばれているという事は、朱里を治めた立場ではなかったのだろうか?
ティッシと朱里では領土も人口も大きく違う。
それでも国を治めるという事には違いはない。

『自慢じゃないが俺は政治関係は全く駄目だったぞ!』
『本当に自慢じゃないよ、それ』
『だってさ、ごくごく平凡に生きてきた俺に国を統治なんて出来るはずがないだろ?』
『翔太…』

呆れたようにため息をつくしかないシリンである。
少なくとも翔太が生まれてから15年、本当にごくごく普通の平凡な人生であったことは一緒に育ったシリンが誰よりもよく知っている。
その平凡だった弟が、相当な努力があったのだろうという事もなんとなく分かる。
でなければ、朱里で始祖と呼ばれるほどにはなり得なかっただろうから。


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