WOT -second- 08



『始祖?』

恒例になりつつある午前中の甲斐とのお茶の時間、シリンは翔太の事を甲斐に聞いてみた。
勿論”紫藤翔太”の名を出したわけではなく、甲斐達紫藤家の始祖と呼ばれる人物の事を聞いたのだ。

『この指輪、始祖が作ったもので使っていたものなんだよね?どういう人かなって』

弟が周囲にどういう人物として認識されていたのか、それが気になってしまうのが姉心というものだ。
どう思われていたかが分かったとしても、今のシリンにそれが変えられるわけでもないのだが、知ってはいたいと思ったのだ。

『どういう人かって聞かれても、本人の絵姿と父さんに聞いた話くらいしか知らないぞ?』
『絵姿が残ってるの?』
『ああ、朱里建国に携わった人の絵姿は城にあるんだ』

今のこの時代には写真というものが存在しない。
過去生きていた人の姿を残す場合は、それなりの画家に頼んで絵を描いてもらうしかない。
それが絵姿だ。
だが、翔太の生きていた時代のものならば、それは恐らく絵姿でなくて写真だろう。

『聞いてる話じゃ50歳くらいの時の姿らしいけど、全然50には見えなかったな』

(そういえば、法術使って若造りしてたって言ってたよね)

シリンの前に現れた立体映像の姿も20代くらいに見えるものだった。
遺伝子レベルのプロテクトなどをかけられるあの時代、法術を使って若造りくらいはできたのだろう。

『見た目普通に見えたけどさ、あの当時、周囲の国々から朱里…ってまだ朱里はなかった頃らしいんだけど、朱里国民になる人達を守ったのは始祖だって』
『法術で?』
『そう聞いてる。法術を補助するものとか色々作るのも得意だったらしいし、始祖が作ったもの、色々残ってるしな』
『この指輪以外にも?』
『ああ。ただ、オレ達じゃ全然使い方分からないけどな』

シリンは自分の指にはまった指輪を見る。
これだけでも十分細かく複雑な法術陣が刻まれている。
他のものも高度なレベルのものばかりなのだろうか。

『使い方が書かれた書物があるわけでもないし、どうしても使わなきゃならないものでもないし、殆ど保管庫にしまいっぱなし』
『結構たくさんあるの?』
『それなりに。数を数えたことはないけど、数えるのに時間かかるくらいにはあると思う』

(そんなに何を作ったの?…翔太)

物騒な時代だったことは想像がつく。
それなりに法術を補助するものが必要ではあったのだろう。
だが、そんなに何を作ったというのか。

『”紫藤”の始祖は兄さんや過激派の人たちからすると、憧れの存在なんだ。実を言えば、オレも昔はすごい憧れててさ』
『…ごほっ!』

甲斐の言葉にシリンは思わずむせてしまう。
非常におかしな言葉が耳に届いた気がしてならない。

『大丈夫か?シリン』
『だ、大丈夫…。ちょっとお茶が変な所に入っただけみたいだから。話続けて』

ぱたぱたと手を振りながら、何回か咳をするシリン。

『紫藤の始祖、名前は翔太さんって言うんだけどさ。国外のどの法術師と戦っても負けなしで、相当法力差があった相手にでもあっさり勝つほど強かったんだってさ』

(翔太にさん付け…。なんかものすっごく妙な気分なんだけど)

どこか目を輝かせながら話す甲斐。
この指輪を見ただけでも翔太の法術を組み上げる才能は分かる。
戦いの場で新しいものを次々と組み上げられたら、対応など難しいだろう。
憧れるような存在になったのも頭では納得できる。

(強かったと評されるのは分かる、分かるんだけど…気分はすごく微妙なんだよね)

『無敵って言えるくらい強かったらしいから、好戦的な過激派には神様的存在なんだよな』
『かみさま…』
『あ、そんな強い人間なんているはずないとか思っただろ?けど、本当なんだぜ。イディスセラ族なんて昔から数が少なかったのに、それでも存続できたのは始祖が守ってくれたからなんだ』
『いや、別に強さを疑ってるわけじゃないよ…うん。この指輪に組み込まれた法術みれば凄い人だってのは分かるし』

分かるには分かるが、そんな偉大な人という印象がシリンには全くないので、ものすごい違和感がある。

『だろ?!オレ、翔太さんの子孫である事は今でもすっげぇ誇りなんだ。昔は純粋にその強さに憧れてただけだけど、今はそれだけじゃない。朱里の為に自分の全てを捧げて国を守ろうとしたその心の強さをすごいって思うんだ!』

(翔太。あんた、随分と過大評価されているみたいだね)

名前だけ同じ別人の事を話しているのではないかと思ってしまうほどだ。
甲斐のイメージを壊すのもなんなので、シリンは突っ込みたいところを堪える。

『エルグ陛下なんかが雰囲気的に一番近いじゃないか?なんつーか、王としての存在感とか雰囲気とか、当たり前に上に立つ者って感じだしさ』

ごんっと勢いよくテーブルに頭をぶつけてしまうシリン。

『シリン?!どうしたんだ?!』
『……なんでもない』

あまりにも甲斐の中のイメージの翔太と、シリンの中の翔太が違い過ぎるのだ。
甲斐の中の翔太はエルグのような感じなのだろうか。
それは、巨大な勘違いというものだ。
真実を教えてやりたいが、夢を壊すのも悪い。

『やっぱ、翔太さんにもエルグ陛下みたいにちょっと近寄りがたい所があったりしたのか?とか思ったりするんだ』
『…ち、近寄りがたい雰囲気ではなかったと思うよ』
『何でだ?』
『この指輪の法術の組み方の癖を見る限りじゃ、そんな感じがするから』
『法術で性格とかまで分かるもんなのか?』
『組み方に癖はあるから、大まかな性格はなんとなくね』
『ふぅ〜ん』

法術によって癖があるのは本当だ。
ただ、現存するものはお手本のように綺麗なものが多く癖という癖が殆どない。
翔太やシリンがオリジナルで組み上げたものには癖がある。
桜があまりにも複雑な法術を解読できないと言うのがいい証拠だろう。

『甲斐って、もしかしてエルグ陛下に好印象持ってる?』
『いい人だと思うぞ』
『いい人…。どういう過程を経てそういう結論になったのかすごく気になる』
『そうか?だって、朱里とティッシで業務連絡用にある通信機能を、家族との連絡っていう私情で使ってもいいって許可くれたのエルグ陛下なんだぜ』
『エルグ陛下が?』
『おう。だから愛理や父さんとはたまに話ができるんだ』

嬉しそうに言う甲斐。
家族と離れて全く知らない土地で、しかも周囲は必ずしも自分に好意的というわけでもないというのに、そこで暮らすのは精神的に大変だろう。
そんな甲斐を気遣ってエルグがそう提案したのか。

(いや、絶対に何か裏がある!)

善意だけで何かをするには、エルグの立場は大きすぎる。
絶対にティッシとしてのメリットがあるに違いない。

『エルグ陛下を全面的に信用しない方がいいよ?』

一応だが忠告めいたことは言っておく。
甲斐は一瞬驚いた表情をする。

『シリンもクルスと同じこと言うんだな。自国の王に対して警戒してどうするんだよ?』
『いや、だって…、ん?クルス殿下も同じようなこと言ったの?甲斐に?』

少し意外だとシリンは思う。
シリンの前では、クルスと甲斐は顔を会わせれば口喧嘩はいつもの事。
流石に王宮で喧嘩などはしていないだろうが、必要以上の事は話さないような状態かと思っていたのだ。

『クルスと王宮では結構話するんだよ。流石に王宮で口喧嘩なんかするわけにはいかないから、会話は普通に進むし』
『それなら、私の前でも普通にしてればいいのに』
『だってしょうがないだろ?オレもクルスも、シリンの前でなら気を張らなくて済むから本音がポンポン出て結局喧嘩になっちまうんだし』

それはちょっと嬉しい。
クルスと甲斐には口喧嘩しないで仲良くして欲しいとは思うが、シリンの前で本音を出せるからというが理由ならば、それはそれでいいと思えてしまう。

『でも、クルス殿下が甲斐に忠告めいたこと言うなんて、クルス殿下って思っていたよりも甲斐の事を気に入っているんだね』
『それは違うぞ、シリン』
『ん?』
『クルスは決してオレの為に忠告してるんじゃない。不思議に思って聞いてみた事があるんだよ。なんでオレに忠告してくれるんだ?って』

そこでクルスに理由を聞くのが甲斐らしい。

『”君の立場がまずい事になったら、シリン姫が悲しむからだよ”だってさ。それ聞いた時、すっげぇムカついたけどな!けど、確かにオレが何か失敗したらフィリアリナ家には迷惑かけるのは本当の事だろうし、クルスに何か言われる前に自分で気をつけるようにしようとは思った』

むっとした表情になる甲斐。
クルスの甲斐への言葉は確かにシリンのためのものかもしれないが、甲斐の事をなんとも思っていないわけでもないだろうとシリンは思う。
王弟殿下という立場のクルスにとって、甲斐のような自分を対等に見る相手というのはとても珍しいはずだ。

(口喧嘩するってことは、クルス殿下なりに甲斐のことは気にっていると私は思うんだけね。クルス殿下の性格だと、気に入らない相手は無視するだろうし)

よいライバル関係のようなものではないのだろうか。
性格も環境も似ているわけではないのが尚更いいのだろう。

『そう言えば、忠告で一つ思い出した。シリンなら平気かもしれないけど、一応言っておいた方がいいと思ってさ』
『何を?』

シリンは首を傾げる。

『シリンの父さんなら知っていると思うんだけどさ、ティッシの貴族が誘拐されたって話』
『誘拐?』
『その誘拐されたのが、シリンと同じくらいの年齢でそれなりの名家の令嬢らしいんだよ。詳しくはオレも知らないけどな』
『でも、父様が知っているってことは軍が動いているってことだよね?』
『そりゃ軍は動いてるだろ?けど、今までに2人浚われて見つかってないって話だからさ』

貴族の令嬢を誘拐するとは物騒な話である。
シリンも一応名家の令嬢ではあるのだ。
その犯人が名家の令嬢をターゲットにしているのならば、シリンも対象に入ってしまうだろう。

『私は外出すること自体が少ないから、誘拐されることなんてないと思うけどな』
『それに、シリンなら金目当ての犯人だったら自分でどうにかできそうだよな』
『逃げることくらいならね』

転移法術を使う事が出来れば、逃げることは簡単だ。

『けど、軍が動いているのに誘拐された子が見つからないってことは、金銭目当ての単純なものじゃないかもしれないね』
『かもな。噂じゃ、他国が関わってるかもしれないとかって言われてるし』
『他国?』
『ナラシルナとかオーセイとかな』

シリンは僅かに顔を顰める。
その2つの国は、先日翔太が気にしていた国だ。
桜と似たような存在である、人工知能生命体が存在し稼働している国。
今ここでその国の名前が出てくるのは偶然だろうか。

『早く解決するといいね』

シリンの口からこぼれたその言葉は、思った以上に真剣なものに聞こえた。
それに気づいた甲斐がシリンをじっと見る。

『シリン、もしかして誘拐事件に何かあるのか?』
『いや、別に何があるってわけじゃないんだけどね。あんまりいい予感がしないから』
『勘?』
『うん、ただの勘』

ティッシで噂に挙がった国がナラシルナとオーセイだからと言って、翔太の言っていた事に結び付けるのは、少し考えが単純すぎるだろう。
貴族の令嬢の世間一般のイメージは、比較的非力で逆らう事をしない大人しい箱入り少女という印象なので、金銭目当てだったり、その令嬢の親に恨みを持っていたりする相手に狙われやすいターゲットではあるのだ。
滅多に起こらない例外的な事件内容でもないので、ティッシ軍がすぐに解決するだろう。
シリンはこの時は、そう思っていたのだった。


Back  Top  Next