WORLD OF TRUTH 11



クルス・ティッシ。
現ティッシ国国王の年の離れた弟であり、16歳にしてティッシ国の副将軍の1人。
性格は穏やかでとても優しい笑みを浮かべ、とても戦いに向いているようには見えないが、戦場に出るとその穏やかな笑みを浮かべたまま、冷静に敵を葬っていく。
その身に宿す法力の量は、ティッシ国で3本の指に入るだろうといわれる程の才能に恵まれ、法術師としては国一と言えるだろう天才。
母は彼を産み数年ほどして他界。
乳母がその後彼を育てたというが、どういう教育をされてきたのかは明らかにされていない。
それは王室内のことであるから、貴族でも知らないのは仕方ないだろう。

(でも、感覚は普通の感覚があるみたいなんだよね)

シリンは城下町にクルスが用意した部屋に来ていた。
勿論クルスが案内してくれたのでクルスも一緒である。

あれからクルスが城下町に部屋を用意するのに10日程かかっていた。
いくら殿下と言っても、城下町に詳しくないだろうしそう簡単に用意することも出来ないだろうと思っていたシリンとしては驚きである。
しかも、用意した部屋がシリンが望んでいた通りの普通の部屋。
この国の城下町で暮らす一般市民の1人暮らしが使うような部屋1つのみの質素な部屋。

「ここでいいなら契約してしまうけど、ここでいいかい?」

歩けば床が軋む音がして、室内には小さな棚と木製の椅子2つと小さなテーブル1つ。
ベッドも1つあるが、これは使わないだろう。
最低限の家具付で、部屋としては十分なのではないだろうか。

(やっぱりこのくらいの広さが落ち着くよね)

広さとしては六畳間くらいだろうか。
生前一般市民だったシリンは、今でこそ自分の部屋の大きさには慣れてきていたものの、このくらいの広さの方がほっとする。

「うん、満足」
「それはよかった」

(あ、そっか。クルス殿下は軍の副将軍だったよね)

決してお飾りではない副将軍。
軍を出すときは、夜営等もあるだろう。
その時は、貴族の屋敷のような贅沢な状況などなく、テントの中で寝食をするはずだ。
それを経験しているのならば、城下町のこういう部屋に抵抗ないのも分かる気がする。

「よくすぐに見つかりましたね」
「早くしないと、シリン姫の気が変わってしまうかもしれないと思ったからね」

(うっ…鋭い)

「今日からここを使えるんですか?」
「仮契約はしてあるから大丈夫だよ。私がいない時は好きに使っても構わないからね」
「いえ、そういうわけにはいきませんよ」

シリンはそう言いながらぐるりっと部屋の中を見回す。

「クルス殿下は時間はどのくらい取れそうですか?」
「それはどのくらいの間隔でということかな?」
「それもありますが、教えるにしても長い時間が取れそうならそのつもりで準備しますし」

教本は屋敷の書庫にある本を持ってくればいい。
しかし、屋敷の中のものを持ち出すならば両親に許可が必要だろう。
無理なら無理で自分の持つ知識でどうにかしなければならないし、時間によってそれも変わってくるのだ。

「そうだね。軍の方もあるし、付き合いもあるから、月に1度くらいしか時間がとれないかもしれない」
「私は基本的に暇ですし、いつでも構いませんからクルス殿下の都合に合わせますよ」
「勉強やお茶会の都合はいいのかい?」
「礼儀作法の勉強は普通にサボっていますし、お茶会に呼ばれるほど親しい人はいませんし構いませんよ」

学院に通わないで、さらに勉強をサボるとなると、時間は結構余る。
だからこそカイへの所に結構頻繁に通うことが出来ていたのだ。
できればこの世界のことをもっと学びたいのだが、今一番の目的は城下町の散策だ。

「勉強をサボっているのかい?」
「可愛らしい笑顔の仕方、綺麗なお辞儀の仕方、静かに食事を出来るテーブルマナー、舞踏会用のダンス、必要最低限は身につけていますから」
「世界情勢についてとか、政治の基礎は…?」
「そんなもの法力のない私が学んだところで意味がないので、教えてもらっていませんよ。知っているのはこの世界の大国の名前くらいです」

法力の大きさが身分に繋がるようなこの国の仕組み。
それなのに法術の理解が全くされていないという、この矛盾。
おかしな世界だとシリンは思う。
クルスはほんの少しだけ顔を顰めたが、すぐににこりっと笑みを浮かべる。

「時間が出来た時に、私の方から連絡することにするよ」
「はい」

シリンはクルスから連絡が来るまでに、基本的なことをまとめておこうと思った。
やると決めた以上は、相手が満足するまで付き合うつもりだ。



この世界は紙というのが思ったより貴重なものらしい。
”現代”のように、紙をメモ用紙変わりに使うことなど出来ないし、紙の再生という技術もない。
ほんとうに文明が遅れているのだが、それでもそう不便でない暮らしができるのは、法術があるからだろう。

(でも、法術はあんまり生活の中では使われていないんだよね)

少し水を呼ぶ、火を熾すくらいのことにしか使っていないが、それだけも十分便利だ。
しかし、法術を他のことに使わないで、もっぱら戦の武器としてしか使用していない。

「それは、法術が思った以上に一般的じゃないからだよ、シリン姫」

城下町の部屋の中、クルスがやっと時間が取れたという事だったので今日は午前から法術理論の講義をやる予定だった。
そこでシリンが講義をする前にふともらした疑問にクルスが答えたのだ。

「貴族の屋敷では法術を使って水を呼び、火を熾す事は珍しくないけど、一般市民の中じゃ法術は使わない、いや、使えないんだ。戦の勝敗が決まるほどに重要な法術を教えることが出来るのは資格のあるものだけで、国の中ではほんの一握りだけ。恐らくそれはどの国でもそう変わらないことだよ」

一般に浸透していないから、生活に利用しようと思われない。
危険なものになりかねないから、一般に浸透させようと思わない。
何よりも、法術を使える者は本当に少ない。
利用するにしても一部でしか利用できない今の状況とそう変わりはなくなってしまうだろう。

「でも、法術の組み方によっては普通の人の少ない法力でも発動するものはあるんですけどね」
「そうなのかい?」

シリンはこういう理論じみた勉強の類は昔は好きではなかった。
でも、法術は魔法のようなもの。
誰だって魔法を使えるのは1度は夢見るものだ。
この世界では法術が当たり前にあるので、そんな夢など見ないだろうが…。

「法術って、数学みたいな感じなんですよね」
「すうがく?」
「数の計算方法…というよりこの場合は数列なんですけどね」
「すうれつ?」

素直に首を傾げるクルスに、シリンは小さく笑みを浮かべる。
”香苗”は決して数学が得意というわけではなかった。
だが、法術理論の理解にそれが役に立ったのは確かだ。

「調べてみると分かるんですが、基本的な法術が全部で6つ。それの系統がお決まりのように、炎、水、風、大地、光、闇となっているんです」

まるでどこかのファンタジー小説の魔法のように。

「あとはその6つの組み合わせで色々な法術が出来るんですよ。数列みたいに並べて何を何個、どういう順番で、という感じで」

実は法術を発動するときの言葉も印もあまり必要がなかったりする。
一番重要なのは法力のコントロールだ。
呪文や印はその補助となっている。

「自分の法力をその属性に変えて並び替えれば術の発動は可能です。呪文や印は、法力をその属性に変えるための補助的なもので、言葉を読み取って周囲の自然が力を貸してその属性に変えてくれているみたいです」
「みたい?」
「残念ながらそのあたりは確証が持てないので…。ただ、イメージするだけでも大丈夫だというのは分かっているので、そこから考えると呪文は印は補助かな〜と」

シリンはすっと両手を前に出し、手の平を上に向ける。
両手の平の上にぽぅと小さな粒とも言っていい大きさの光球が作り出される。
右手の上が淡い緑で、左手の上淡い青だ。
シリンはその光球を合わせるようにして、両手を向かい合わせる。
2つの光はくるりんっと混ざり合い、くるくるっと小さな水が渦を巻くように立ち上る。
それはしゅるんっとすぐに消えてしまう。

「分かりやすくするとこんな感じです。クルス殿下が作った法力封じの指輪は、補助的な印を指輪に刻み込んであったものなんです」

その印はいくつもの属性の補助となる印が重なり合ったものだろう。
シリンはその法術を解く時、その印をバラバラにしただけだ。

「基本的に法術はいくつかの核となる要素を基準として組み上げられます」

どんな法術にも属性というものがある。
その属性のものが核、つまり支点となるのだ。

「核となる支点が沢山ある法術ほど難しくて複雑です。でも、その支点を全て壊してしまえばその法術は霧散してしまうはずです」

はずとしか言えないのは、シリンにはそれが実行できないから。
簡単な法術を解くことはでき、その場合はそれで合っていた。
ただ、レベルの高い法術もそれが適用されるかと言うと、そうとは言い切れない。
だが、基本的なものは変わらないはずだ。

繋がっている鎖が透明の球体に閉じ込められているのを想像すると分かりやすいかもしれない。
ぎゅっと固まった状態では何がどうなっているのか、外からでは良く分からず、どれを攻撃していいのか分からない。
シリンが法術を解く場合は、その球体をぐいっと大きく広げるのだ。
そうすれば鎖はどの順番でどう繋がっているのが分かりやすい。
そしてその鎖の中にいくつか他とは色が違うように見えるものがあったとして、その色の違うものを潰してしまえば、全ての鎖の繋がりが断ち切れてしまうとすれば?
それが法術なのである。

「ただ、その支点を隠すようにして発動する法術もあるかもしれないので、これが正しいと一概には言えないんですけどね」

シリンも全てを理解しているわけではない。

「法術は組み合わせによっては、法力をたくさん必要としないで発動するように組み上げることもできます。私に使えるように、普通の人でも使えるものとかあるんですよ」

一気に話してしまったが、果たして理解できただろうかとシリンはクルスを見る。
クルスは難しい顔をして考え込んでしまっている。
簡単に言えば、法術は6つの要素の羅列であるという事だ。
その中にも中心といえる支点という弱点があって、それだけ集中的に壊せば術は無効になるが、普段はその羅列はごちゃごちゃしていいて普通に見えるもんじゃないという事だ。

「えっと、ごめんね、シリン姫。ちょっと1つ質問いいかな?」
「はい」
「法術が6つの要素が並んでいるだけとしても、その区別はどうやってつくんだい?」

シリンはぽりぽりっと頭をかく。
実はそれが結構難しいところだ。
半分勘でやっているところもあるが、見分ける方法がないわけではない。

「私の場合、慣れみたいなもので、触れば大体分かるんですけど…」

シリンが法術を学び始めたのは3歳の頃。
要素があるのに気づいたのは5歳の頃で、それから2年。
色々な法術を見て、解読したり遊んでいたので、今では感覚でなんとなく分かるのだ。
正確に理解するには、やはり法術を広げて解読するのが一番。

「触れなければ分からないという事は…」
「攻撃系や、弾かれる防御系はこの方法だと無理ですね。一番やりやすいのは形がある補助系の法術なんですけど…」

クルスが作った法力封じの指輪のように形として法術が組み込まれているのが一番解きやすいのだ。

「慣れれば攻撃系でも防御系でも、見てすぐに判断することもできるようになるんでしょうが…」

シリンには無理だ。
解読できでもそれをどうにかする法力がない。
法術は物理的なものではない為、物理攻撃で壊す事も出来ない。

「慣れれば私もできるかな?」
「え?…まぁ、クルス殿下なら慣れればできると思いますけど」

慣れるのはとても時間がかかるはずだ。
頭の中で瞬時に計算して、その羅列を読み取らなければならない。
どこがどうなってどれが核となっているのか。
だが、シリンはクルスの頭の良さならば、すぐにそれを成してしまうのではないかとこの時は思っていたのだった。


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