「スリュト様、素敵ですー!」
「頑張ってください!」
「いつもの華麗な舞を見せて下さい!」
「今日も連勝ですよね!」

黄色い声が私に集まる。
ここは王立サルディア騎士学院、女人禁制の男オンリーの学校である。
女人禁制なのにこの黄色い声は何かと言えば、勿論男の声。
男と言っても、まだまだ可愛らしい盛りの少年達の声だ。
可愛いものはいい。
うん、見てるだけで和むしね。
笑顔で手を振ってやれば、顔をほんのり赤くする所なんてほんと可愛いい!

いや、私は決して変態じゃないよ。
ほら、そこ!疑わしげな眼で見ない!
女人禁制の学院だが、私はこれでも女だ。
え?なんで女なのにこの学院にいるかって?

可愛い男の子が私に向って呼ぶ名は”スリュト様”。
勿論これは私の名ではなく、我が国の第五皇子の名前。
その第五皇子は私の従兄弟殿で、どんな不思議か年齢も性別も違うのに従兄弟殿と私は瓜二つ。
いや、私が男顔じゃなくて、あっちが女顔なんだ。
そこの所を間違えないように!

んで、その従兄弟殿は運動が大変苦手だ。
でも見栄を張りたい年頃なのである。
対して私は女でありながら運動は得意、従兄弟殿とチャンバラごっこをしても負けなしの全戦全勝。
ここまで言えば分かるだろう。
そう、なんのかんのと理由をつけて、何故がこの学院に私が身代りに入る事になってしまったのだ。

くどいようだが私は女だ。
確かに胸のふくらみは小さいだろうが、サラシを巻いているわけでもなし……、しかし、何故バレない?!
つまり、それは私が男らしいということか?
腹が立つので、今日も今日とて剣術の対戦相手を滅多打ち。
よし、今日もまた連勝。
ふっ、私の敵ではないな。
そして上がる黄色い声。
うん、悪くない。

いや、悪くないだろ?
だって、私は女だ。
男に喜ばれておかしい事はないだろう。
たまたま、相手が可愛いらしい少年ばかりなだけで。
うん、私は正常だ。





「スリュトは本当にすごいね」

うわ、でた、聖人君子第二皇子!
一戦終えて休憩している私のとこに、優しげな笑みを浮かべながら話しかけてきたのはこの国の第二皇子だ。
第二皇子という事は我が従兄弟殿の兄にあたるのだが、私とは血のつながりは全くない。
従兄弟殿と第二皇子は母が違うので、彼らは異母兄弟である。
顔立ちは似ていないのだが、無性に悔しくなるほど第二皇子は美形だ。
おのれ…っ!

「いえ、セフィラム兄上程ではありませんよ」

猫かぶりで一応対応しておく。
私はこの第二皇子が苦手なのだ。
何故かと言えば、この皇子、私の知る限り本当に非の打ちどころがないほどの聖人君子。
顔よし、頭よし、運動神経よし、世間さまの評判もよし。
遠目で鑑賞するには十分な素材だ。うん、遠目の場合はな。
近くで鑑賞すると厄介な視線がこっちに紛れ込むから嫌なんだ。
ほら、男が男に歓声をあげる時点で、ここの風習がちょっとは分かるだろ?
ま、そういうわけだ。

「そーいや、知ってるか? スリュト」

第二皇子の頭に両手を乗っけてひょっこり第二皇子の後から顔を出してきたのは、第二皇子の友人だ。
この完全無欠な第二皇子が玉座につくような事があれば、この友人が将軍となり第二皇子を支えるだろうと言われている。
え?我が従兄弟殿は玉座につかないのかって?
いや、あれは無理だろ。
私に身代わり押し付けている時点で無理無理。

「セフィラムのヤツ、好きな子ができたんだってよ」
「グロディス!!」

あ、珍しい反応。
第二皇子が顔をほんのり赤くして友人を睨みつけている。
この第二皇子がここまで感情あらわにしたのって初めてじゃないか?
いや、でも、好きな子って…そもそもこんな男ばっかりの学院行ってて出会いなんてあるのか?

「気晴らしに出かけた街中で見かけた子に一目ぼれってヤツらしいぜ?この聖人君子が」
「兄上が一目ぼれ…ですか」
「いや〜、あの時の呆然としたセフィラムの顔ををお前にも見せてやりたかったぜ」

ぽんぽんっと第二皇子の頭を軽く叩く彼。

「確かに見とれてはいたけど、あの時は彼女の顔に驚いたって事もあるんだ」
「知り合いに似ていた顔だったのですか?」
「スリュトに良く似ていたよ」

ちょ、ちょっと待て。
待て第二皇子。
なんか、ものすごく、かなり、強烈な嫌な予感がするんだが…。

「髪の長さと色が違えば、スリュトに確かにそっくりだったよな、あの子」
「うん。でも、活発な所がスリュトとはちょっと違うかな?」
「あの子は怒ってたみたいだからな。スリュトが怒ったところなんか見たことないしなぁ」

それは普段から分厚い猫を被っているから。
下手に感情任せの言動はできないんだよ。
だって、従兄弟殿に確実に迷惑がかかるんだからさ。

「あ、兄上。ちなみにその子をみたのはいつ頃ですか?」
「自分に似ている子だからスリュトも気になるのかい?」
「は、はぁ…、そんな所です」
「確か三日ほど前かな?」

うげっ…!
三日前と言えば、確かに私は街に出た記憶がある。
それもスリュトだとバレるとマズいからと長髪のカツラを被って。
流石にこれならバレないだろうとタカをくくっていたのが、まずかったか。

「なんか絡まれてた女性を助けていたみたいだね、身体の大きい男相手に怒鳴りつけていた所が、可愛くて好きだなぁって思ったんだ」

ひぃぃぃぃ!
ものすごく身に覚えがある…!

「まだ、声もかけてないし、相手は私の事なんか知らないだろうけど…、ね、スリュト」
「は、はい?! な、なんでしょう?!」

大丈夫、大丈夫、気づかれてない気づかれてない。
落ち着け、私。
もし、気づかれたら従兄弟殿に迷惑をかける事になるし、私もきっとただじゃ済まない。
ここで冷静に対処しなけりゃ、バレる確率が上がる。

「協力してくれないかな、と思って」
「…僕が、ですか?」
「スリュトが彼女に似ている事をきっかけにすれば、彼女に警戒心抱かせずに近づけるから。駄目、かな?」

ここで断る事ができたら勇者である。
会話が聞こえてこないだろう周囲からの視線がちくちくと突き刺さる気がする。
”この方のお願いを断ったら殺すぞ”とばかりの痛々しい視線だ。
確信犯か、第二皇子。
せめてそれを言うなら、人目のない所で言って欲しかった。
だから、あんたは苦手なんだよ…。

「でも、スリュトは彼女を好きになっちゃ駄目だからね」

妙に真剣に念押ししてくる第二皇子。
なりませんがな。
自分が自分に惚れるってどこのナルシストだよ。
素直にコクコク頷いておく。

「それじゃあ、今度時間を作って一緒に街に行こうね、スリュト」
「はい、分かりました」

けど、私が一緒ってことは、永遠に会えないと思うよ第二皇子。
会いたくないからいいんだけどさ。
ま、身分違いの恋なんてそもそも実るはずがいないんだから、第二皇子の熱が冷めるまで待てばいいわけだ。

「グロディスは彼女の事調べてくれるかな?」
「ああ、任せとけ。他ならぬお前の頼みだからな。取りあえず、現在平和で絶賛暇な情報機密部隊でも動かしとくさ」
「頼むよ」

ちょ…っ!!
かなりまて、激しく待て!!
情報機密部隊って、戦争起こった時に敵国に潜り込んで情報集める、その手のエキスパート連中じゃなかったか?!
確かに今は戦争とか起こってないから暇かもしれんが、たかが第二皇子のひと目ぼれ相手に動かせる部隊か?!

「兄上…、あの、そこまでする必要はないのでは?」

というより、やり過ぎだっ!
私情で部隊動かすなよ!

「うん、でもね、スリュト。彼女には最初から全力でいかないと、逃げられそうな気がするんだ。だから、使える手は何だろうが全て使わないと…ね?」

王族って、普通と感覚違うのか?
いや、従兄弟殿は街娘に一目ぼれしても軍隊動かすようなヤツじゃない。
付き合いの長い私がそう言いきれる。
第二皇子の感覚が人よりちょっと…いや、かなりズレているんだ。
ますます、苦手になってきたんだが……。

「スリュト?私の顔になにかついているかな?」
「いえ…、兄上は本気でその女性の事が好きなのだと思っただけです」
「うん、そうだね、自分でも不思議だよ。きっと私の隣に立つのは彼女だけだと思うんだ」

一時の気の迷いとかにして欲しいんだが…ものすげぇ、目が本気なのは私の気のせいか?
第二皇子は万能だとも言われるほど全てにおいての能力が高い。
唯一私が得意な剣を交えても、卑怯な手を使ってかろうじて私が勝てるかどうかって程だ。
ある程度ごまかせても、いずれバレるだろう。

こりゃ、従兄弟殿には悪いが…国外逃亡計画でも練っておくべきかもしれないな。
大きなため息を出さずにはいられない。
やれやれ…だ。