空から降ってくるものといえば雨か雪、まぁ、時によっては雹とか霙とかね。
だから、こんなモノが決して振ってくることはないとあたしは思うのよ。
これははっきり言って非常識、おかしいわ。
だって、だって…。
「きゅぅ? 」
空から降ってくるものは声なんか出ない。
そもそも温かいはずない。
ふわふわのもこもこの毛なのはおかしい。
ついでに言えば、大きさは手の平サイズ。
「何?」
「きゅっきゅぅ! 」
「きゅ…って」
あたしの手の平の小さな白いモコモコは嬉しそうに跳ねている。
本当になんなんだこれは?
突然振ってきたモコモコはいつの間にか、あたしの手の中にすっぽり。
別にあたしはモコモコが降ってくるのを待ち構えて手を出していたわけではない。
ふと手を伸ばしたらモコモコが降ってきたのだ。
「…とりあえず」
あたしは、そのモコモコをそっと地面に置く。
このまま持って帰るわけにもいかないだろう。
「きゅ? 」
モコモコが首を傾げたように見えた。って言っても、丸っこいモコモコなのでどこが首なのか分らないので本当に首をかしげたのか分からない。そういう雰囲気がしたようながしただけだ。
モコモコにあるのはくりっくりの蒼い目が二つだけ。
まさか…妖怪?
あたしはモコモコの頭らしき所をぽんぽんっと軽く撫でて、そのままその場を去ろうとする。
見なかったことにしよう作戦。
とりあえず、変なものに関わるのはやめよう。うん、そうしよう。
刺激のある生活も面白そうだが、こういう刺激は面倒そうなのでお断りだ。
あたしは今、何も見なかったのだ、うん。
「きゅ、きゅ!! きゅー!! 」
まるで何か抗議するかのような声が聞こえるが、きっと空耳だろう。
そう、空耳、空耳。
ぽすっぽすっと奇妙な音を立てながら、足のすね辺りになにか当たっている感覚な感覚も気のせい、気のせい。
「きゅー!! きゅー! 」
いえいえ、私は聞こえないよ。
ええ、本当に何も泣き声っぽいのも聞こえないよ、うん。
「…きゅぅ」
声がどこか寂しそうなものに変わったような気がするが、あたしは構わず、すたすた歩く。
「…きゅぅぅ」
再び聞こえたその声に、ぴたりっと思わず歩みを止めてしまう。
こんな声を出されて無視する事などできるわけない
あたしはモコモコを睨むようにしてばっと振り返る。
「一体なんなのよ! 」
「きゅ?! 」
ヤツ当たりするかのようなあたしの声に驚いたのか、モコモコは一瞬跳ね上がるが、あたしはモコモコをがしっと掴んでそのまま走り出す。
あ、結構感触が気持ちいい。
って、そんなこと思っている場合じゃないってばっ!
*
そのままモコモコを連れて家にたどり着いてしまった。
そうそう、自己紹介が遅れたがあたしは水上茅(みずがみかや)。
ごくごく普通の大学2年生である。
親元を離れての一人暮らし。
授業のない日は、短期のバイトをしながら暇つぶし。
適当に本を読んだり、一人で映画を見に行ったりと…比較的単独行動が多い。
今日もそのひとつ。
美味しい珈琲の飲める喫茶店があると小耳挟んだので、その帰りだった。
モコモコを拾ったのは。
「ほんと、何なの」
あたしの目の前でワンルームの狭い部屋の中をぴょんぴょん飛び回るモコモコ。
嬉しそうに見えるが…あたしは疲れた。
はっきり言ってこんな生き物見たことも聞いたこともない。
こんな感じの髪飾りなら…いや、髪飾りは動かないしもっと小さい。
思わず深いため息が出る。
「まぁ、いいや、テレビでも」
あたしはリモコンでぱちっとテレビの電源を入れる。
現実逃避をさせてほしい気分だ。
だが、そう簡単にはいかないのかつけたテレビに映っているのは、あたしのまわりでぴょんぴょん跳ねているものと同じものだった。
「は?」
『…繰り返してお知らせします。米合衆国のE社が試験的にバイオテクノロジーを駆使して創り上げた『キューラ』が世界中に散らばっています』
テレビに映るのは、モコモコそっくりの映像。
なにやらモルモットのように小さなケースに入っている映像なのだが…。
『この『キューラ』は害はありませんが、放っておくととんでもない危険性が出てくることもあり、E社が全力をもって探索しています。見かけましたら、近くの警察にご一報ください』
あたしはちらっとモコモコを見る。
モコモコはあたしの視線に気付いたのか、跳ねるのをやめてあたしの方を見る。
「きゅ?」
何?と尋ねているかのようだ。
『『キューラ』は、E社が極秘開発中の新型ペットでして、育成した本人によって形や性格が変わっていく不思議な力をも持つ生き物です。ただ、気難しく気に入ったものに懐かない点が問題となっており、見かけても様々な手段で逃げられてしまうという報告が相次いでおります。しかし、目撃証言だけでもほしいとE社は協力求め…』
気難しく、見かけても様々手段で逃げられてしまう…ね。
それじゃあ、あたしの側にいるこのモコモコは何なのか。
どう考えても懐かれているように思えるんだが…。
「きゅぅ?」
「はぁ、あんた『キューラ』ってのなの?」
「きゅう!!」
嬉しそうに肯定しないで…。
あたしはモコモコを手招きする。
するとモコモコは嬉しそうに側に寄ってくる。
とりあえずは警察に連絡だ。
*
「残念ですが…この子は貴女が気に入ってしまったようなので、貴女以外の言うことを聞かないと思いますよ。それに貴女の側から離れたら死んでしまうかもしれません」
警察に相談したらほんの数十分でそのE社の研究者が来た。
その研究者があたしとモコモコの様子を見て開口一番これである。
まてや、こら。
「あの、それは一体…」
頼むから、このモコモコの面倒を見ろと言わないでほしい。
「この子の面倒を貴女が見てほしいと言う訳ですよ」
「嫌です」
「こちらも気難しい『キューラ』の気に入る相手を探すのに苦労していたのですよ。『キューラ』を作り出したはいいが、実際その『キューラ』の面倒を見る試験的なシュミレーションができてない」
「嫌だと言っているでしょう」
「そこで貴女ですよ。まさか、こんなところに『キューラ』が気に入る人間がいたとは…、今後は『キューラ』の性格も研究していろいろ改良していきますが、現段階の問題点を見つけるためにやはり実際の生活をしていかねばなりません」
「ですから、私は嫌です」
「貴女の協力があれば、この『キューラ』が一般的に普及できるようになるのも早いでしょう。ああ、勿論、飼育の方法及び注意点、そして育成に必要な費用及び様々な援助をしましょう。」
「人の話を聞けや、コラ」
完全にこの研究者は自分の世界に入ってしまっているようである。
あたしはちらっとモコモコを見る。
手に擦り寄ってくるモコモコ。
毛並みはかなり良く気持ちいいものだ。
だが、この面倒をみろと言われても…。
「すみませんが、私には無理です。お引取りいただけませんか?」
昔からペットのようなものは飼ったことがない。
飼っても面倒が見切れないと分っているからだ。
だから、この子の面倒も飽きてしまったらこの子が可哀想だ。
「どうしても…駄目ですか?」
「はい」
ここはきっぱり言わないと駄目だろう。
研究者は深いため息をついてきた。
諦めたかのようにモコモコに手を伸ばす。
しかしモコモコはそれに気付いて、ひょいっと逃げる。
「きゅー!!」
「駄目だよ。君が気に入っても彼女は君を拒否したんだから戻りますよ」
「きゅーきゅー!」
研究者は一生懸命モコモコを捕まえようとするが、モコモコはぴょんぴょん跳ねて逃げる。
あの大きさであれだけちょこまか動かれたら捕まえにくいだろう。
跳ねて、あたしの方にやってくる。
ぽんっとあたしの肩に乗る。
「ほら、戻りなさい」
「きゅぅぅ…」
「駄目」
ぽんぽんっと軽くなででやる。
モコモコはあたしに擦り寄ってくる。
「これだけ、貴女を気に入っているようでは戻っても処分するしかないかもしれませんね」
あたしはその言葉にはっと顔を上げる。
処分って…。
研究者は苦笑するように肩をすくめた。
「ただ一人にしか懐いていない『キューラ』を生かしておく理由がこちらにはありません。仕方ありませんが、この子は処分という形になると…」
「待ってください、処分ってそれじゃあ!」
「それでは、貴女が面倒をみてくれるのですか?」
あたしはモコモコを見る。
ふわふわの毛から覗くくりくりの瞳はどこか寂しそうで悲しそうだった。
「きゅー、きゅー」うるさいけど、処分というのは酷いと思う。
あたしは深いため息をつく。
「この子、何を食べるんですか?」
諦めたように研究者を見る。
研究者はにこっと笑みを見せて…
「綺麗な水だけで十分ですよ。白い毛で見えないかもしれませんが、目の下に口もきちんとあるんですよ」
水か…。
それなら別にいいかな。
「この子達は、普通の人並の知能を持ち合わせています。今後の成長段階でどうなるかは分りませんが、きちんと感情もありますし、貴女の言っていることも大体理解できると思いますよ」
「散歩とかは必要ないんですか?」
「ええ。ただ、閉じ込めないで下さい。小さいですからいつでも側においてあげてください。それで十分です」
ということは毎日ひっつかれることになるのか。
「きゅ?」
モコモコはきょとんっとしているような表情になる。
あたしは苦笑しながらモコモコを撫でる。
モコモコはあたしと研究者の顔を見比べて…
「きゅ?」
「彼女が君のご主人様だよ」
「きゅ、きゅぅ!!」
モコモコはぴょんぴょん跳ねる。
あたしの肩の上で跳ねて、頭の上にまで上ってくる。
頭の上で跳ねているが、どうやらその位置が気に入ったようで降りてこようとしない。
まぁ、いいけど。
これから、よろしくね。
*
んで、その後…どうなったかって言うと…。
勿論大学を休むわけもなく、きちんと出席。
学校もバイト先も、あのきゅーきゅー言うモコモコをひきつれるあたし。
頭の上で跳ねているモコモコを目撃した友人に…
「あはははは!!あんた、なにソレ!!」
涙が出るほど笑われた。
あたしの頭の上が特等席となってしまっているモコモコ。
このまま飼わなければならないのは変わらないようなのだから、そろそろ名前を決めなきゃね。
そんな事を考えながらも、ため息を付かずにはいられなかった。