秘密06



お茶を飲んで少しゆっくりしてから、レイとガイはその禁呪を保管している屋敷を後にした。
あの屋敷から外に出るためには、空間転移魔法を使うしかない。
レイはとりあえず、水晶球のあった神殿へと転移した。

「リーズとサナが今どこにいるのか分かりませんし、少し急ぎながらここから向かった方が早いでしょう」
「ああ、そうだな」

悠長に歩いてでは、リーズ達に追いつくことは出来ないだろう。
となると走ることになるのだが、レイはそんなに長距離を走り続ける事ができるほどの体力はない。

「レイ、空を行くとすると魔法はどのくらい持つ?」
「空、ですか?スピードにもよりますが、丸1日は可能ですよ」
「ならば、それで行こう」

レイの魔力の保有量は半端じゃない。
風で空を移動する魔法はそう難しいものじゃない為、レイならば丸1日くらいは可能なのだ。
ガイはリーズ達がいる方向へと足を向ける。

「オレは走る。レイは魔法を使え」
「え?ちょ、ちょっと待って下さい、ガイ。いくらガイでも魔法の飛ぶスピードと同じ速度で走り続けるのは…!」

無茶苦茶だ。
魔法で飛ぶスピードというのはそんなに遅くないのだ。
人が全速力で走るスピード以上の速さを出すことも出来る。

「丸1日くらい走り続ける体力くらいはある」
「ま、丸1日?」
「普通だろ」

(普通じゃないです、ガイ…)

魔道士はリーズのように剣術を使える者は例外として、体力がない者が殆どである。
レイとて例外ではない。
全力で走れるとしても、精々数分程度だろう。
普通の肉体労働をしている人の方が体力がある。
だが、剣士はまた鍛え方が違うのだ。

「レイ、魔力が回復してないのならば、抱えていくが?」
「い、いいです!大丈夫ですからっ!」

大げさにレイは大きく手を振り首を横に振る。
どういう体力を持っていれば、丸1日誰かを抱えて走るなどと言えるのだろう。
ガイの基準が、レイが今まで会って来た剣士と違うものなのだと理解する。
恐らくサナも普通の剣士とは基準が違うのだろうとレイは思う。

「それじゃあ、私は飛んで行きますが…」

レイは自分の周囲に風を纏わせ、ふわりっと体を浮かす。

「先導してくれ、オレは追いかけるから」
「はい、分かりました」

ひゅんっとレイが纏っている風が少し強くなる。
その場で風が空を舞い、レイを道の先へと押しのける。
あまり大地に近いところを飛ぶのは、人がいる時に避けなければならないという事があるのだが、今回ばかりは仕方ないだろう。
レイは地上から少し離れた場所を浮きながら、人が走る程度の速度で飛ぶ。
ちらっと後ろを見れば、ガイが平然とした表情でついてくるのが見えた。

(息切れ全然していないのがすごいです、ガイ)

しばらくレイが飛び、ガイが走り続けるの続く。
魔法を使っているレイは話をしても平気だが、走りながら移動しているガイに声をかけるのはまずいだろうと思っていた。
体力が一般人並しかないレイは、走りながら喋るという事がとても大変だと思っているからだ。

「レイ」
「へ?あ、はい!」

会話をする事など思ってもみなかったので、ガイに声をかけられて一瞬びくりっとなる。

「どうした、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。ガイは大丈夫ですか?少し休憩した方がいいでしょうか?」
「いや、休憩は必要ないが…」

ガイは言葉を途中で止め、何かに気づいたように前方を睨むように見る。
何かあるのだろうかと、レイも前方を見てみるが何も変わったものは見えない。
ガイの視力が人以上にいいのか、感覚で何かを捉えたのか。

「レイ、少し速度を落とせ。何かある」
「魔物ですか?」

答えながらレイは風の強さを調整して速度を落としていく。

「いや、魔物というよりも…この気配は恐らく」

ガイが感じたものに近づいてくるにつれて、レイもやっとこの先に何かがあるのに気づく。
気づいたのは僅かな魔力の残り香と、そして異臭。
残り香とも言える魔力は、魔物と同じ魔力。
そしてその場に残されたのは、魔物だ。
だが、その魔物達は皆絶命している。

「魔物、だな」
「はい」

街道の丁度ど真ん中に絶命したままの魔物達。
魔物というのは、絶命すると核となる石のみが残る。
このように身体が残るのは殆ど有り得ない。
肉体が存在するという事は、まだ完全に生を失っていないことになるからだ。

「消しましょうか?」
「ああ、そうだな」

レイはふっと杖を虚空より取り出す。

『リ・フィール』

すっと杖を軽く振ると、淡い光が魔物達を包み込み、彼らをざっと砂と化す。
そこに残ったのは小さな宝石が数個のみ。
ガイはどこか厳しい表情で魔物達が倒れていた場所を睨むように見ている。

「ガイ?」

不思議に思うレイをよそに、ガイは魔物が倒れていた場所へと歩を進め、その場にしゃがみ込む。
大地に手をつけて何かを探るように目を閉じる。
レイは、ここには僅かな魔力の残り香しか感じないのだが、ガイはまた違うものを感じるのだろうか。

「…厄介だな」

ガイはどこか機嫌が悪そうな口調で呟きながら立ち上がる。
小さく息を吐き、道の先の方を見る。

「ガイ、何か…?」
「レイ」

尋ねようとしたレイの言葉よりを遮るように、ガイがレイの名を呼ぶ。

「街についたら、オレかリーズ、サナでもいい。誰かと必ず一緒にいろ」
「え?あ、はい」

何でまたそんな行き成り。
この倒れていた魔物に何か関係があるのかな?

ガイは何か言おうか迷っているようだったが、はぁと小さくため息をつく。
この魔物を倒した相手に心当たりでもあったのだろうか。
しかし、魔物の身体をそのままにして倒すなど、普通の剣士には出来ない芸当だ。

「知っているのですか?」

気になったのでレイは思いきって疑問を口に出してみた。
ガイは少しだけ顔を顰めたが、いずれ分かることだと思っているのか、口を開く。

「この独特な魔物の倒し方をする剣士を知っている。このやり方はオレでもサナでもやろうと思えば出来るものだが、わざわざこういうやり方をする馬鹿が1人だけいる」
「レストアの方ですか」
「ああ。確実にオレ達とは違う他の部隊が近くにいる。向かってる街で会うことになるだろう」

他の部隊、そう魔物討伐隊は他にもあるのだ。
幸いというべきか、今までレイが加わってからは他の部隊に出会ったことはない。
世界中をまわっているのだから、いくつ部隊があるのかは分からないが出会う確率というのはそう高くもないだろう。

「他の部隊ということは、やっぱりガイとサナの兄弟の誰かがいるのですか?」

いつだかサナが言っていた。
レストアの王位継承権を持つ者は全員この魔物討伐に参加していると。

「サナは比較的一般市民にも友好的だが、他のヤツラは王族である事で身分の低い者を見下す傾向がある。それが一番顕著なヤツが近くにいる」
「別に気にしませんよ」

貴族や王族にそういう人間がいることは承知している。
旅の間の依頼で、貴族に関わることが全くなかったわけではないレイは、子供だから、何の資格も持たないからという理由で、見下され甘く見られたことは数多くあった。
今更そんなことを気になどしないのだ。

「だが…」
「大丈夫です」

レイはにこっと笑みを浮かべる。
ガイはレイの笑みに困ったような表情を浮かべる。

「レイが大丈夫だと思っていても、オレは嫌だ」

誰だって大切だと思っている存在を軽んじられるのは嫌だろう。
レイが気にしなくても、ガイは気にするのだ。

「だから、なるべくオレ達の誰かと一緒にいて欲しい」

ガイ、サナ、リーズの誰かと一緒にいれば、レイにどんな言葉を投げようとも3人それぞれの方法で庇うだろう。
貴族や王族には権力を誇示する者が多い中、ガイ達は違う。

「はい」

レイは頷き了承する。
出会ったのがガイ達でよかった、とレイは思った。
彼らでなければ仲間にならなかっただろうし、彼らでなければ今も一緒にいなかっただろう。

「しかし、よりによってアイツか…」

忌々しそうに呟くガイの言葉。
全て母親が違うという現レストア帝王の子供達。
近くにいるらしいガイの兄弟が、ガイはそんなに嫌いなのだろうか。
レイには兄弟というものがいないので良く分からない。

「ガイ、とにかく先を急ぎましょう」
「ああ、そうだな」

身体を残して魔物を倒すという方法をわざわざ使うような人。
魔物は倒すと核の宝石のみが残るようになる。
身体を残して倒すというのは、仮死状態のようなものだ。
そういう倒し方ができるというのがすごいと思いながらも、何故こんな方法をとったのかがレイは少し気になった。
魔物の討伐隊というのは魔物を倒し、民衆を助ける為のもののはずだと思うから。

(レストア王族…か)

レイの生まれはファストだが、育った場所はファストにある森の奥深くの小さな村。
貴族だの王族だのと全く関わらずに育ったので、彼らは遠い存在であると認識はしていた。
だが、王族であるガイもサナも、そしてリーズも、普通の人と変わらない。
レイは身分で接し方を差別しようとは思わないので普通に接してきたのだが、それはガイ達もレイに普通に接してくれたから。
魔物の活性化、大量発生に人の手が加わっていたという事が分かっただけでも厄介であり、更にそれを仕掛けた魔道士はレイの父と関係がある人かもしれない。

(これ以上複雑なことが起こらなければいいけど)

ガイとサナの兄弟達のいる魔物の討伐部隊。
彼らとの出会いは何を引き起こすのか、今はまだ分からない。


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