禁呪回収01



村で朝食を摂った後、レイはすぐに空間転移で感知した魔力の場所へと移動した。
転移した場所は森の中で、人の気配は全くないように思える。
しかし、レイの目の前には使われなくなって何十年も経つだろう、小さな神殿があった。
神殿と言っていいほどのものか分からないが、所々砕けた石造りの建物。
木で出来た扉は朽ち、中が少しだけ見える。

(昔使ってた、どこかの魔道施設か何かかな?)

レイはひょこっと朽ちた扉の隙間から中を覗き込む。
その瞬間背後で空間が歪むのを感じた。

『ディ・レス』

レイは出現させ、呪文と同時に静かに杖を振る。
歪んだ空間からは魔物が出現し、レイはその魔物に目を向けることはしない。
魔物はがぁぁぁっと吼えてレイに飛び掛り、ばんっとはじけるように消えた。

(ここを守る為の魔物、かな?となると…)

ひゅんっとレイは杖をひと振りし、呪文を唱え始める。

『サーリスト・ラ・ディ・レス・ロウ・スィール』

レイの周囲を淡い光が一瞬包み込み、その光が溶け込む。
突然出現するだろう魔物への対策だ。
古代精霊語の魔法でも呪文が長くなると効果が色々あることを示す。
レイは朽ちた扉をゆっくりと開き、中に入り込む。
特に広くもない神殿は少し歩けばすぐに一番奥までたどり着いてしまう。
一番奥にはレイの身長の3倍の高さがありそうな神像。
その神像の裏をひょこっと覗き込めばそこだけ真新しい床になっている。
レイがその床に手を触れようとした瞬間、また背後に空間が歪む気配。

― ぐがぁぁぁ!!

魔物の吼える声が聞こえたが、レイは気にせずに床に触れ、コンコンと叩いてみる。

(薄い?この先に何かがある?)

魔物は2体、床をじっと見ているレイに襲い掛かるが、魔物の手がレイに触れたか触れないかという所でばしゅっと音を立てて、魔物は綺麗に消滅する。
2体とも同様にレイに触れると同時に消滅してしまった。
これは先ほどレイが自分にかけた魔法の効果だ。
自分に触れた敵意ある魔の力を持った存在を消滅させる魔法なのだが、有効範囲は魔物のみに指定はしてある。
万が一、魔の力に染まった人間が敵意を持っていたからといって消滅させてしまうわけにはいかないだろう。
レイはひょいっと顔を上げて後ろを見る。
残っているのは魔物だったものとおぼしき僅かな砂だ。

(物騒な仕掛けだ)

小さく息を吐き、レイは杖を床に立てる。

『ディン』

こつんっと杖を床に当てると同時に、床がざらっと砂となる。
その後に現れたのは空洞、重力に逆らわずにレイはその中に落ちていく。
階段か何かがあるのかと思っていたが、どうやら穴の近くにハシゴがかかっていたらしく、本来ならばそれを使って降りる事になるのだろう。
レイは少しだけ杖を振り、落下速度をかなり落とす。
一瞬自分の身体がふわりっと浮き、ゆっくりと降下していく。

どのくらい深くまで降下しただろうか。
しばらく降下してたどり着いたのは整備された石造りの通路だった。
ひんやりとする空気、通路を進むと広い空間に出るらしく、その空間が見える。
かつんっと音を立ててレイは足を進める。
レイが足を進めると、床や壁からずずっと魔物が這い出てくる。
まるで今まで壁に溶け込んでいたかのように。
気にせずに歩を進めるレイ。
現れた魔物達は、レイに触れるとすぐに砂となって消えていく。

― カツン

レイの足音が広い空間に響く。
通路を少し歩いた先に見ていた空間は、まさに地下神殿。
デザインがどこか古そうな所をみると、大分前に作られたものなのだろう。
ズズズっと床から次々と現れる魔物達。

「これはちょっと…」

かつんっとレイは杖を立てる。

(時間との戦いになりそうかな?)

レイの目の前に広がるのは水。
神殿の中に泉があるように見える。
そこから魔力が感じられ、底の方に淡い光が見える。
恐らくそれが禁呪なのだろう。

(本格的に発動していないにも関わらず、ここまでのことをするなんて…)

ばさりっとレイは着ていたローブを脱ぐ。
杖を一端置き、はいていたブーツと上着も脱いで最低限の軽装になる。
ひたりっと冷たい床に足をつける。

(余計な魔力は使わないほうがいいよね)

ぱちんっとレイは指を鳴らす。
すると一瞬風がレイを包み込み、レイの身体つきが少しだけ変わる。
ずっと自分にかけていた変化の魔法を解いたのだ。
胸の辺りが少しだけふくらみを持っている。
杖は置いたまま、レイは泉の方へと向かう。
ぴちゃりっと音を立てて水に入る。
どこかほんのり暖かいのは、きっと禁呪が半分覚醒状態にあるからだろう。

レイが水の中に入ると、水中からも魔物が現れる。
水中では魔物が触れるまで好きにさせておくわけにもいかない。
魔物が動くたびにその水圧がこちらにくるので、行動に支障がでて困る。

『リ・サーラ・シーラ・レル・キリ』

杖がなくともレイは魔法を使うことが出来る。
呪文を唱えながら水中で光球を作り、魔物が出現するたびにそれをぶつけ魔物を消していく。
禁呪回収時は基本的にレイ1人なので、遠慮しないで魔法を使っている。
誰かが同行している時などは間違って魔法が仲間に当たってしまっては困るので、あまり物騒な魔法は使わないようにしているのだ。

『ウォル・ヴィ・ディ』

呪文を唱えてレイは水中でも呼吸できるようにする。
そして底に見える光に向かって泳ぐ。
その途中でも出現する魔物達を魔法で倒す。

(思ったよりも魔力の消費が多くなってる。ちょっとギリギリかな…?)

光の下にたどり着くと、レイはそれをじっと見る。
水中に光を帯びた水晶球だ。
レイはそれに触れてどういうものか解析しようとする。

― ビス・ラ・クール

水晶球の中から言葉が聞こえる。
それが古代精霊語だと理解した瞬間、レイはばちんっと手をはじかれた。
少し驚いたが、触れたことでこれが何かが分かった。

(これ、禁呪だけど禁呪じゃない)

じっと水晶球を見るレイ。
ひゅっと軽く右手を振ると杖が右手に握られる。
置いてある場所から杖を呼んだのだ。

『リ・アーシ・シュラ』

レイのその呪文が唱え終わると同時に、大量の魔力が水晶球からあふれ出した。
ぶわっと目に見えるほどの強い魔力の波動。
レイは思わず小さく呻く。
これだけの魔力のものだからこそ、地下奥深く眠っていたのだろう。

― 在りし日の扉が開かれた世界
― 扉の先の聖獣界
― 扉の先の魔獣界
― 我らはずっとずっとその世界を暮らしてきた

”声”が魔力と共にあふれ出る。
この水晶球は禁呪ではない。
感じる魔力は膨大なもので、普通の魔道士ではとてもではないが扱いきれるものではない。
禁呪といえば禁呪なのかもしれない。
だが、この水晶球は魔法が封じられているわけでもなく、この水晶球を持つことで魔力が得られるわけでも何かを出来るわけでもない。

(これ、記憶だ。 多分、ずっと昔の、まだ古代精霊語の魔法が使われていた頃の記憶)

あふれ出る魔力と声と同様に、魔力に乗って映像がレイの頭を掠める。

(でも、まずい。 この記憶を開放するってことは、魔力も開放するってことだから…!)

地下深くにあるものとはいえ、それが膨大な力ならば大地を揺るがす。
大地が揺れれば、大地の上にあるものは被害をこうむることになるだろう。
この魔力はそれほどまでに大きい。

『ザス・レス・ガル』

杖を前に突き出し、レイが呪文を唱えると魔力の流れがだんだんとゆっくりになっていく。
開放されてきていた魔力の流れは次第にゆるやかに、そして静まっていく。
それを見て、レイはほっとする。
解析しようとして魔力を流したのは失敗だったのかもしれない。

(ここに来るまでに出現した魔物は、多分この知識を守る為にかけられた魔法なんだと思うんだよね。 この知識は確かにすごいものなのかもしれない。 ただ、古代精霊語をあまり理解できないみたい今の魔道士にはあまり意味がないものかな? どうしよう、これ置いておいてもあまり支障がないにはないんだけど、守る為の仕掛けが結構物騒だし、その仕掛けもこの水晶球に組み込まれてて、それは禁呪といえば禁呪レベルの魔法になるとは思うんだけど…)

― 大地に深く眠りし古の知識よ。我は開放を求める、あるべき場所へ還るを望む。

レイは頭の中に響いてきた言葉に目を開く。
これは水晶球からの声ではない、別の場所からの”呪文”だ。
細く細くこの場所へと送られる魔力と呪文。

― 光り輝く白き知識の望むまま

レイの足元に水晶球を中心とした巨大な魔法陣が出現する。

― 闇に静かに眠る知識の望むまま

この魔法陣を完成させてはいけないと思うが、これほどの魔法を途中で無理やり止めると、この魔法を作り上げている術者に還る負担が大きい。
中断させることは簡単だ、だが、レイは少しだけ迷ってしまう。

― 貴方はやはり優しい魔道士ですね

呪文ではなく、レイに呼びかける声。
この頭に響く声をレイは2度ほど聞いている。

― だから…

魔法陣に呼応するかのように水晶球から魔力がまたあふれ出した。
先ほどレイが引き出した魔力とは比べ物にならないほどの勢いで。
飲み込まれそうになるほどの魔力は、この空間ごと大地を揺らし出す。

(駄目!!)

レイは自分にかけた魔法を全て解き、全ての魔力を水晶球からあふれ出す魔力に向けた。
これほどの魔力、とめなければ地上にどんな被害でるか分からないのだから。


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