旅の目的06



案内されたのは神殿内の小さな一室。
案内される途中に自己紹介も済ませた。
リーズが大魔道士であることに、ルカナは物凄く驚いたと同時に恐縮していた。
レイは自分が魔道士である事は言ったが、ファスト魔道士組合の魔道士の資格を持っているわけではないので、簡単な魔法しか使えないけれど…と適当に誤魔化した。
その時、リーズを含む3人が何か言いたげな視線をレイに向けたのは言うまでもないだろう。

案内された部屋には4人分の椅子しかなかった。
4つしか椅子がないので、ルカナが座るとして1人は立っていなければならない。
レイは自分が立っていればいいかと思ったが、部屋に入ってすぐにガイが入り口付近に立ち、そのまま動こうとしなかった。

「レイ、いいのよ。一番体力があるのはガイだもの、平気よ」

座ろうとしないガイを見ているレイに、サナがいつものことだというように声をかけてくる。
いいものなのかと思いつつもレイは、椅子に腰掛けた。
この部屋には棚がひとつあり、そこに書物が少し立てかけられてある。

「申し訳ありません。書庫と兼任している客室しかないものですので…」
「いや、構わないよ。それより話を聞かせてもらっていいかな?できれば、3年ほど前に魔物の大量発生があった近くあたりの状況をね」
「はい…」

ルカナは小さく息をつき、少しだけ沈んだ表情になった。
この様子では、あまり良い状況ではないようである。
手を膝の上においてルカナは語りはじめる。

「3年ほど前に、ここから少し離れた小さな名もない村から突然強大な魔力を感じたんです」

3年ほど前、ルカナはこの神殿に左遷されるかのように配置された。
自分には能力がない事は分かっていたので、この処置にさほど不満はなかったらしい。

「ですが、私はあの時ほど自分の能力のなさを恨んだ事はありませんでした…」

ぎゅっとルカナは自分の手を強く握り締める。
突然の魔物の大量発生。
それがどんなものだったのか、レイ達は想像でしか分からない。

「魔物の発生には何の前触れもなかったのかい?」
「私が知る限りは全くと言っていいほど、それまではただの静かな田舎の村でした」
「……原因がない、ね」

ルカナでは感じ取れなかった異変があったのかもしれない。

「その当時の村の生き残りは?」
「残念ながら1人もいません。私がその村に行けたのは、魔道士組合へ応援を頼みその応援が来て、魔物達をなんとか一掃してからの事です」

残っていたのは食いちぎられた人の身体だとおぼしきもの。
そして食いちぎられた服と、引き裂かれた身体、そしてどす黒いまでの血。
ルカナはその光景を思い出したのか、顔色を真っ青にする。

「私が魔道士組合で習った限りでは、唐突に強大な魔力が出現するなど自然ではあり得ません。かといって人工的にもあれほどの魔力を発するのは、第一級魔道士以上の魔道士でないと無理ではないかと思います」
「それほどまでに強大な魔力だったんだね」
「はい」

レイはその言葉に少し考える。
そう、確かに一般的な魔法の理論からすると、突然強大な魔力がぽっと溢れる事などありえない。
それは一般理論に当てはめた場合のみだ。

「リーズ、突然強大な魔力があふれ出したということは、それが魔物の大量発生に関係があると考えていいのでしょうか?」
「かなり高い確率でそうだと言えるね。もしかして、レイは何か心当たりがある?」
「いえ、心当たりというか…」

レイの頭の中に心当たりらしきものはある。

「一般的に考えてありえないことならば、一般的なものではないのだと考えればいいと思うのですが、それだと最悪の場合はとんでもない事に繋がるんです」
「とんでもない事ね…。構わない、聞かせくれないか?レイ」

リーズはレイの先の言葉を促す。
ルカナが少しだけ不思議そうな表情をしながらレイを見ている。
レイの姿は魔道士には見えるが、高位魔道士と考えるには若すぎる姿だ。
それが不思議なのだろう。

「現在一般的に使われている魔法は、現代精霊語、純粋な精霊語を分かりやすく解読されたものですよね」
「そうだね。元になった精霊語は、いまでは古代精霊語と呼ぶね」

魔法は呪文という言葉によって紡がれる事が多い。
呪文を必要とせずに使える魔法は、その魔道士の魔力のコントロールがとてつもなく優れているからこそできる事である。
そして古代精霊語は今では殆ど使われなくなってきている。
あまりにも難しい為、使おうと思う魔道士が殆どいないのだ。

「古代精霊語の使い方によっては、強大な魔力を一気に放出する事が可能なんです」
「それは魔力の増幅?」
「はい」

レイは指を2本立てる。

「方法としては2つ。自らの魔力を古代魔法によって何重にも増幅する事、もうひとつは自然界の魔力を時間をかけて集め、それを増幅し、なにかの鍵を持ってして発動させる事」

そういう事ができることをレイは両親から学んでいた。
その類のものが禁呪に当る事も。
古代精霊語は使い方によってはとても危険なものになりうるのだ。

「古代精霊語を使った魔力の発動…、つまり誰かが禁呪を使ったという可能性が高いという事だね」
「はい」
「となると現場に行って魔力を”視た”方が早そうだね」
「そうですね。魔力の残り香でも感じ取る事ができれば、何が起こったのか多少なりとも分かるでしょうし」

そうと決まればここから、実際魔物の大量発生があった現場に向かうべきだろう。
そういう結論となったリーズとレイを呆然としてみたのはルカナだ。
サナとガイは、魔法関係の専門はさっぱりな為口出しするつもりは全くないようだ。

「それじゃあ、ルカナ。案内を頼んでいいかな?」

リーズが声をかけると、ルカナははっとなりリーズを見る。

「あ、申し訳ありません!物凄いレベルの高い魔道関係のお話をされていたので…」

確かにレイとリーズの話は専門用語が飛び交っていた。
ルカナはレイの方を見て感嘆のため息をこぼす。

「リーズ様は大魔道士ですから分かりますが、レイさんも魔道の知識はとても豊富なのですね」
「え?あ……、はい。でも、私はどちらかといえば研究者タイプでして、頭でっかちなんですよ」

笑みを浮かべてレイは自分の実力を誤魔化すような事を言う。
再びリーズ達のもの言いたげな視線が降り注ぐが、気にしない事にする。
言いたいことは分かる。
だが、ファスト魔道士組合の魔道士資格を持っていない魔道士が、かなりの実力を持っていると知られると色々面倒なのだ。
面倒ごとをなるべく避けたいレイは、1人で世界中をまわっている間、本気で魔法を使ったのは禁呪を対処する時くらいだ。
ファスト魔道士組合の魔道士資格を持たない魔道士がどういう扱いをされているのか、リーズならば知っているだろうに、どうしてそうもの言いたげな視線を送ってくるのだろうか。

「今から、あの場所にご案内しましょうか?それとも一晩お休みしてからにしますか?」
「今から頼めるかな?なるべく早い方がいいと思うんだ」

ルカナの言葉に答えたのはリーズだ。

「分かりました。それではご案内します」

かたりっとルカナが席を立つ。
それに続くようにリーズ、サナが席を立ち、最後にレイが席を立つ。

「すみません。ご案内する前に少し準備をしてきてもよろしいでしょうか?」
「ああ、そうだね。神殿を空ける準備もあるだろうから神殿の入り口で待っているよ」
「はい、お願いします」

ルカナはぺこりっと一度頭を下げてから別の部屋へと向かっていった。
移動陣があるこの神殿を空にする場合は、やはり移動陣や重要な書類などがある部屋に結界でも張るのだろう。
魔法を悪用する者というのはどこにでもいるものだ。
移動陣の管理者には、悪用されない為の守る結界を張ることが義務付けられているのだろう。

「で?レイ」
「はい、なんでしょうか、サナ」

腕を組んでレイをちらりっとみるサナに、レイはにこりっと笑みを浮かべる。

「なんでまた、自分は大したことない魔道士です〜、みたいな自己紹介したのよ?リーズが言うには、レイってリーズ並みの魔道士なんでしょう?」
「リーズ並みはちょっと言いすぎですよ、サナ。ただ、私はファスト魔道士組合の魔道士の資格を持っていませんので、世間一般からみると魔道士として認められていない存在なんですよ」

この世界の魔道士の殆どはファスト魔道士組合に所属している。
ファスト魔道士組合公認の学校に通い、見習いの称号を受け、そしてさらに上のレベルの魔法を学ぶ為に魔道士の弟子になったり、ファストにある専門の学校に入学したりするのだ。
まれに称号のないレイのような魔道士もいるのだが、そんな魔道士は大抵非合法で魔法を学んだ為、裏でよからぬ事をしている事が多い。

「魔道の事件で捕まる魔道士は、大抵称号がない魔道士か称号を剥奪されている魔道士ばかりだからね。世間一般からみる称号のない魔道士ってのはあまりいいイメージがないんだよ、サナ」
「あら、でも大賢者の例があるじゃない?」
「そうだね。だから一部の地域ではそこまで悪いイメージがあるわけでもないと思うよ。ただ、ファスト魔道士組合所属の魔道士は、称号のない魔道士をあまりいい目で見ないからね。その魔道士がレイのようにかなり高い実力を持っていれば尚更だよ」

魔道士同士の複雑な事情というものである。
レイも最初は知らなかったが、実力を誇示するような性格でもなかったので目をつけられることはなかった。
旅をしているうちに、称号がなく力ある魔道士がいい目で見られないというのを知り、なるべく実力を隠すようにしていた。

「ただ、称号がなくても大した魔法を使えない魔道士でしたら結構いるんですよ、サナ。お金の面で学校に行けずに独学で少しだけ使えるようになった魔道士とか」
「へぇ〜、魔道士も色々なのね」
「魔法を学ぶのには、それなりの金銭が必要になりますからね」

レイは両親がかなりの魔法の使い手だったこともあり、魔法の知識について困る事はなかった。
両親が教科書代わりとなり、父が師匠だった。

「レイはずっと魔道士としての実力を隠してきたのか?」

ぽつりっと何の前触れもなくガイが口を開く。
少し驚いた表情をしながらレイはガイを見た。
リーズとサナも口を挟んできたガイに驚きの表情を浮かべている。
ガイがこういう会話に加わる事は少ないのかもしれない。

「隠すという大層なものではありませんが…、魔道士としての実力を誇示しながら旅をするのもおかしいでしょう?私の旅の目的は、自らの魔道士としての力を世界に知らしめる事ではないわけですし」
「そうだろうが…、自分が力ない者だと思われるのは不快に思わないのか?」
「いえ、思いませんよ。だって、私の力は他に誇る為にあるものではなく、大切だと思う人を助けたい時に助ける事ができるようにする為のものですから」

当然のようにレイはそう語る。
だが、その言葉に驚いたのはガイ、そしてサナとリーズもだ。
彼らは環境がレイと違っていた。
自分の今持っている力があるのは、その力を身につけなければならないいわば強制感のようなものがあり、決してレイの思うような想いは抱いていなかったのだ。
だが、そういう考え方もある。

「レイには大切な人がいるのか?」
「う〜ん、そうですね…。とりあえずは両親が大切なんですけれど、私に守られるほど弱い人達ではないんですよね」

寧ろ自分の方が守ってもらう方になってしまうだろう、とレイは思う。
それほどまでに両親の力とは差がある。

「それでも、いつか命をかけてもいいと思えるほど大切な人ができた時、その人が生きているこの世界を守れる程の強さがあるととても心強いと思いませんか?」

大切な人が恋人であったり、親友であったり。
どんな人になるかは分からない。
それでも、持てる力でその人の”世界”を守ることができればとても嬉しい事だと思えるだろう。
ガイはレイの言葉にふっと口元を緩める。

「レイのそういう考え方、見習いたいものだ」

レイは両親がとんでもない実力の魔道士であることを除けば、ごくごく普通の田舎村で育った子にすぎない。
王宮育ちのガイ達と考え方が異なるのは当然かもしれない。
だからこそ、ガイ達は思う。
レイの考え方が新鮮で羨ましい、と。


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