プロローグ



ここは魔道大国ファストの外れの小さな村。
森に囲まれて、隣の森には大きな古い神殿がある。
その神殿には使われていない禁呪魔法が沢山あり、私の父と母は、それを見張る為にここにいるのだと、冗談交じりに言っていた。

世間ではとても優秀な魔道士だった父と母。
双方の身分の違いから結婚を反対されて駆け落ちしたらしい。
それはいいんだけど、下手に優秀な魔道士だったせいか、魔法の知識のレベルと基準がすごく高い。
娘である私も当然のごとく魔法を覚え始めたはいいけれど、師が父と母だったので、世間一般のレベルではかなり高位の魔法も使えるようになっていた。
それを知ったのは、始めて村の外に出てからなんだけどね。

今の私は村から出て旅をしている。
外を見るのはいいことだし、色々な経験をつむことはいいこと。
だからいつかは旅に出てみたいって思っていた。
でも、こんなに早く旅に出ることになるとは思ってもいなかったんだ。

私、レイ。
15歳の旅の魔道士。
私が旅に出るきっかけになった事件は、村の近くにある古い神殿で起きたことだった。



古い神殿には大抵古い魔法がある。
それは世間では”禁呪”と呼ばれ、使ってはいけないもの。
普通の魔道士では使いきれない、もしくは効果がとても危険で大きなものが禁呪とされる。

なんでもない、いつもの日常。
突然のように禁呪の発動を確認した。
どんっと大地を震わせるような強大な魔力の波動。
それに気づいたのは、私と両親だけ。

「アホなごろつきでもいたか?」
「結界は張ったはずなのに、なんらかの要因が重なって結界が無効化されてしまったのかしら」

両親は意外と冷静だった。

「レイ、よく覚えておくんだ。人の力ではどうしようもないこともあるという事をな」
「そして、強大な魔力があっても、多くの魔法を知っていても、助けられない人もいるという事をね」

両親に連れられ、私は古い神殿に行った。
その神殿はいつもは静かにその場にあるだけなのに、その日の神殿はどこか暗い雰囲気に見えた。
ここには両親が張った強力な結界があり、誰も近寄ることが出来ないはずだった。
私でも普通には中に入ることができない。

「俺達でこの神殿の禁呪を使わせないための手段はうった」
「それでも人というのは欲深く、それを越えてしまうことがあるのよ」
「暴走する禁呪、それに飲み込まれる欲深い人」
「レイ、貴女は助けたいと思う?」

ごっ!!と壁が割れるような大きな音と共に、神殿から”何か”が出てくる。
ソレは緑色の触手を何本も体から生やしており、もはや人とは呼べなかった。

ケケケケケケ

発した声は笑い声なのか狂った声なのかよく分からなかった。
本能的な恐怖で私は思わず一歩引く。
人の形をしたソレから生えた触手。

「助け…られないの?」

人とは呼べないものでも、私は両親にそう問う。
両親は頷いた。

「かつては俺達も禁呪に飲み込まれた人を救おうと思っていた時期があった」
「でもね、レイ…」
「人は欲深すぎる…」

そう言った両親の表情がとても悲しそうで、でも何かを憎んでいるようなものだった。

「でも、禁呪だって知らずに手を出したかもしれないよ?」
「知っていて手を出したのかもしれないんだぞ」

そうかもしれない。
でも、目の前で苦しんでいて自分がどうにかできるかもしれないのに、黙っているのは嫌だと思う。

「私達はもう諦めてしまったの」
「そう、俺達はもう諦めてしまったんだ」
「世界中をまわって、禁呪を使う人達を止め、禁呪を集めて封じる」
「助かった人には感謝されるが、助からなかった人がいるとその身内に罵倒される」

私はそのことを昔、少しだけ聞いた事があった。
駆け落ち同然の結婚だった父と母。
しばらくは世界中を旅して、魔法で助けられる人がいるならと人助けもしてきた。

「レイがどうするかは分からないけどな」
「私達は、レイが助けたい、止めたいと思うならば反対はしないわ」

私はそれに頷いて、目の前のソレと対峙する。
魔法に関することは嫌でも両親に散々叩き込まれた。
基本的なことは、魔力の使われ方と視る事。

魔力を紡ぐ、ソレに巻きついている禁呪を引き剥がすように。
呪文を紡ぐ、ソレに巻きついている禁呪を無効化するために。

『母と大地の力にて、滅びを、癒しを…消滅を!』


ぐぅぉぉぉぉぉぉ!!


うめき声のような悲鳴を上げて、ソレは滅びゆく。
ざらざらっと砂になっていく緑色の触手。
後に残ったのは禁呪を使っていた人の…体だけだった。

「レイ」

父と母に名前を呼ばれても、私は反応できなかった。
目の前の事実だけを見ている。
ぼろぼろっと涙がこぼれてきてしまう。

「なん…で…」

魔法の組み立ては間違っていなかったはずだ。

「人の命は強いけど脆いのよ」
「心までが飲み込まれてしまえば、禁呪が解けた後、残るのは魂のない肉体だけだ」
「禁呪を制御できないのに発動してしまえば、待っている結果は全て一緒よ」
「それだけはどうあっても変える事ができない」

声を上げずに涙だけこぼす私を、両親は優しく抱きしめてくれる。

悲しかった。
悔しかった。
魔法に関しては自信があった自分のその自信を、打ち砕かれたような気がした。
自分がうぬぼれていたことに気づいた。
高位魔法を使える自分は、きっといろんなことが出来るのだと。
自分が出来る事は思ったよりも少ないかもしれない。

「私、このままは嫌だ…!」

村で魔法を使えると分かっていて、のんびり暮らすのは嫌だ。

「禁呪はね、それを回収して完全に封じるか、壊してしまうかしか安全な方法はないんだ」
「使い切る魔力と知識がある人の手に渡っているならば構わないわ。けれども、何の知識も魔力もない人の手に渡ってしまうと暴走しかしないの」

レイはどうする…?と問われた。
私は両親を見上げる。

「私が、世界中の禁呪を回収する」

その時の私はその結論に至った。
これは義務ではなく自分の決意。

その時のことはもうそんなに詳しく覚えているわけじゃない。
ソレが村を襲うとかなんとか言ったような気がしないでもないけれども、私にとっては救えなかったことの方が大きかった。
まるで自分がその命を絶たせてしまったような、そんな気持ちだったのだ。

私は確かに高位の魔道士であるという自覚はある。
でも両親はそれ以上の魔道士のはずだ。
なぜ両親は何もしないのだろう。
そう思っていた。
その理由が分かったのは、旅をして1年の間のこと。

旅途中でまわる村で、昔救ってくれた魔道士がいたことを聞く。
その特徴から両親のことだと分かった。

― 私達はもう諦めてしまったの
― 俺達はもう諦めてしまったんだ

諦めてしまった両親が回収した禁呪の数は相当のものであることが分かった。
何年かけたかわからないのに、全ての禁呪の回収は未だに終わらない。
あの両親が諦めてしまうほどに、人は欲深く、そして禁呪の数は多すぎる。

私は、まだ頑張ってみようと思う。
自己満足にしか過ぎないけれども、一生をかけても終わらないかもしれないけれども…。


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