ひだまりの君 05



少しだけヴィシュレルの仕事を手伝い、法力のコントロールの方法を教えてもらいつつ、日は結構早く過ぎていく。
法力のコントロールはやはり簡単にできるはずもなく、まだまだ何もできない頃と変わらないと言ってもいいほどだ。
本当に自分にできるのだろうか、と少しだけ不安になる陽菜。

「ヴィス、どこへ行くの?」

今日は、いつものようにヴィシュレルの手伝いをしようと思っていたのだが、いつも手伝いをしている部屋とは別の所へ向かっている。
いつもの部屋に行ってすぐにヴィシュレルがついてくるように言ったのでそのまま素直についていっているのだ。

「先日もう1人この区域にはいると言ったのを覚えていますか?」
「あ、うん」
「今日はその子を紹介しますよ」

歩く先は、普段仕事の手伝いをしている部屋や陽菜の部屋よりも奥。
この人が簡単に立ち入ることができない区域とはどれだけ広いのだろう。
部屋数が多いわけではないが、廊下が異様に長い気がする。

「どういう子?」
「少し人見知りをしますが、可愛い素直な子ですよ」
「女の子なの?」
「私の娘です」
「は…?」

心臓がどくんっと音を立てるほどに驚いた。
娘という言葉が返ってくるのが予想外だったからだ。
この区域に奥さんらしき人がいないというのに、まさか娘がいるとは思わないだろう。

「む、娘さん?」
「養女ですよ。十数年ほど前、彼女には身寄りがなかったので引き取ったんです」

養女と聞いて何故か陽菜はほっとした。
何故ほっとしたのか分からず首を傾げるが、ヴィシュレルの”十数年ほど前”という言葉に別の疑問が思い浮かぶ。

(あ、れ?ヴィスって20代後半くらいの年齢に見えるんだけど、十数年前って私とそう変わらないか年下の頃のはず…だよね?その頃に引き取った、子?)

陽菜がぐるぐると考え事をしているうちに、その子がいる所へとついたらしい。
そこは部屋ではなく、温室のようなところと言えばいいだろうか。
外ではなく、上から日の光がガラスのようなものに遮られているのが分かる。
足元に広がるのは芝生と、色とりどりの花、遠くに木々が何本か植えられている。
中央には小さな噴水があり、その側に小さな人影。

「イーシュ」

ヴィシュレルの声に小さな影はぱっとこちらを向く。

「おとうさん!」

とてとてっと嬉しそうにこちらに駆け寄ってくるのは、見た目7〜8歳の少女。
ヴィシュレルと同じ長いサラサラとした銀髪に、珍しい金色の瞳。
少女はこちらに向かってくる途中で陽菜の姿に気づいたようで、陽菜を少し避けるようにしてヴィシュレルの側で立ち止まる。

「おとうさん…?」
「イーシュ、彼女はヒナと言います。暫くここにいる事になりますから、仲良くして下さいね」

陽菜は少女、イーシュの視線に合わせるようにしゃがみ込む。
にこりっと怯えているように見えるイーシュを安心させるように笑みを浮かべる。

「はじめまして、私は陽菜」

陽菜がイーシュの反応をじっと待っていると、イーシュはおずおずとだが、陽菜の方に近づいてくる。
こくりっと首を傾げる姿がとても可愛い。
さらりっと揺れる銀髪はヴィシュレルと同じ色だ。

「ヒナ?」
「うん」
「仲良くしよう。私、ここでできる事少ないから、話し相手になってくれると嬉しい」
「おはなし?」
「イーシュちゃんが好きなものとか、楽しいこととかお話したいな」

ぱちぱちっと瞬きをして、イーシュは不思議そうに陽菜を見る。
まるで陽菜の反応を予想していなかったような表情だ。
こうして今の陽菜のようにイーシュに接する人が少ないのだろうか。

「わたしのこと、こわくない?」

少し怯えた口調でぽつりっと呟くイーシュ。
その疑問に、陽菜は首を傾げる。

「怖くないよ。どうして?」

怖いなんて思いつかないくらい可愛い子だと思う。
サラサラの銀髪は、ヴィシュレルと親子だと思えるような程似ている。
珍しい金色の瞳も、黒以外の瞳は珍しいものだと思う陽菜にとっては、ヴィシュレルの瞳が怖くないのと同じようにイーシュの瞳も怖くなどない。

「目がこわいの」
「目?」
「目がこわいから、会う人はこわいの」

今まであった人がイーシュに感じの悪い視線でも送ったりしていたのだろうか。
だから、こうやって静かな人が寄り付かない所にいるのか。

「わたしとみんなは、目がちがうの」
「目?別に違わないよ」
「でも、ちがうの」
「色が違うってこと?」

イーシュは陽菜の言葉に少し迷うが、ゆっくりとこくりっと頷く。

「ヒナとわたしは色がちがうけど、ヒナはわたしがこわくない?」
「怖くないよ。目の色が何色だって、イーシュちゃんはイーシュちゃんだよ」

金色の目はもしかしたらすごく珍しいのかもしれない。
実際、陽菜も金色の目を初めて見た。
と言っても、ヴィシュレルやディスティドールの蒼い目を見たのも初めてだ。
日本人の黒と、自分の茶色以外の目はどれも陽菜にとっては同じ珍しいになる。

「おとうさん!ヒナはわたしのことこわくないって!」
「良かったですね、イーシュ」
「うん!」

嬉しそうにすぐそばにいるヴィシュレルに報告するイーシュ。
その姿が子供らしくて可愛らしい。

「イーシュ。お願いがあるのですがいいですか?」
「おとうさんのお願いなら何でもきくよ?」
「イーシュは本当にいい子ですね」

ヴィシュレルはイーシュの頭を優しく撫でる。

「ヒナに法術を教えることはできますか?」
「ヒナに?」
「へ?」

ヴィシュレルの言葉に思わずきょとんっとしたのは、イーシュと陽菜両方だ。
イーシュはどう見ても小さな女の子。
話す言葉もどこか幼さを残している幼い子供だ。

「イーシュは見た目は幼いですが、こう見えても法術に関しては詳しいのですよ、ヒナ」
「そう、なの?」

陽菜はまじまじとイーシュを見てしまう。

「法術は、お父さんが作ったもの以外ならば、大体わかるよ」
「ヴィスが作ったもの以外?」
「お父さん、新しいのを色々作っちゃうから、多すぎて全部おぼえられないの」

法術の事は少ししか分からないのだが、新しい法術を作ると言うのはすごい大変なことではないのだろうか。
法術そのものをきちんと理解しなければ、そこから新しいものを作り上げることなどできない。

「ヒナはどんな法術からおぼえたいの?」
「え、どんなって…」
「法術はぞくせいとかもあるから、おぼえたいモノからおぼえた方が、かんたんだと思うの」

覚えたいものもなにも、陽菜が覚えるべきはとにかく基礎だろう。
属性が何なのかすら分からない。
キラキラした目で、楽しそうに聞いてくるイーシュに答えを返せずに困る陽菜。

「ヒナは法術のぞくせいとかわかる?」

答えない陽菜にイーシュは問いを変えてくる。
陽菜が法術の属性も分からない事に気づいたのだろう。
正直に首を横に振る陽菜。

「えっとね、法術は使う法術によって、ぞくせいがあるの」
「水とか火とか?」
「うん、そう」
「たくさんあるの?」
「ううん、大きくは6つに分かれるの」

イーシュは右手を広げて、左手は人差し指を立てる。
一生懸命陽菜に分かりやすく説明をするつもりらしい。
その姿がとても可愛らしく微笑ましい。

「イーシュ。その様子ならヒナに法術の説明、できますね?」
「うん、だいじょうぶ」

嬉しそうにコクコクと頷くイーシュ。
自分に出来る事があって嬉しいのだろう。

「必要な教材がありましたら、ディスティドールに言って下さい」
「ディスもくるの?」
「時間のある時には来させるようにしますよ。2人より3人の方が楽しいでしょう?」
「うん!」

イーシュの反応から、ディスティドールはイーシュと親しいようだ。

「ヒナもそれで構いませんか?」
「え?あ…うん」

実際今の陽菜より、イーシュの方が断然法術に関して詳しそうだ。
小さな女の子というのに、誰かに教える事が出来るほどとは、幼い頃からたくさん勉強してきたのだろうか。
ヴィシュレルがグレイヴィア教団の宗主で、養女とは言えその娘だから英才教育でもしたのか。

「おとうさん、それじゃあ、ヒナは毎日ここに来てくれるの?」
「そうですね、どうしましょうか…」
「毎日がいい!わたし、毎日法術がんばっておしえる!たくさんお話したい!」
「ですが、ヒナは私の仕事の手伝いもしてくれますし」

陽菜がいなくなると困りますしね、とこぼすヴィシュレルに、イーシュはしゅんっと一気に落ち込む。
その反応にヴィシュレルはくすくすっと笑う。
ヴィシュレルは陽菜がいなくて困ると言うが、陽菜がやっているのは誰でも出来るような簡単な書類整理だ。
まだ英語が完璧とは言えない陽菜にできるのはそのくらいだ。
ヴィシュレルがどんな仕事をしているのかさえ分からない。

「ヒナは毎日勉強でも構いませんか?」
「うん、平気」

元々学校の勉強もそんなに嫌いじゃなかった。
だから成績も悪くなったし、優等生だと周りに認識されていた程だ。
ぱっとイーシュの顔が明るくなる。

「ですが、毎日勉強づめでは効率の問題も考えてよくありませんよね。適度に休みは必要です」

再びしゅんっとなるイーシュ。
ヴィシュレルはその反応を楽しそうに見ている。
娘の反応を見て遊んでいるようにしか見えない。

「法術の勉強は週に5日にしましょう」

にこりっとこれで決定だとばかりに言い切るヴィシュレル。
この世界はどうも、単位や時間の数え方が陽菜のいた世界と全く一緒なのだ。
英語なので英語の数え方なのだが、7日を1週間と言い、ほぼ30日が一ヶ月、12ヵ月が1年、距離はメートルが基本だ。

「週の残り2日は、勉強ではなくてお茶の時間を設けましょうか。勿論時間がある時は、私も混ぜてもらいますよ?」
「ほんとうに?!」
「ええ、本当です」

ぱあっと再び顔が輝くイーシュ。

「ヒナもそれで構いませんか?」

こくりっと頷く陽菜。
教えてもらう身でお世話になっている身としては、文句をつけるつもりなど最初からない。
毎日勉強でも構わないのだが、勉強のない日があるのは陽菜としてもありがたい事だ。
やっぱり勉強づめは嫌いでなくても大変だろうから。

「ヒナ、ヒナ!いっぱいお話しようね!」

はしゃぎながら陽菜に笑顔を向けるイーシュ。

「うん。よろしくね、イーシュちゃん」

可愛い女の子が嬉しそうにしているのは、見ているこっちも嬉しくなる。
陽菜は自然と笑みを浮かべた。
その光景をヴィシュレルが笑みを浮かべて見ていた。
だが、その奥には、陽菜を試すような、陽菜の本心を探るような感情があった事を、陽菜は知らない。


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